39 図書館の地下
「学園の図書館の地下にこんなところがあったのか」
素直に驚きの声を上げたのは、ラインハルト第二王子だった。
オルトヴィーンはアンジェリーナ達三人を図書館の地下書庫に案内した。
その書棚から本を取り出し、その棚に書かれた記号に魔力をこめる。それを幾つもの棚で何度か繰り返したところ、床から更なる地下へと繋がる階段が現れたのである。
「これは、地下書庫の仕掛けだけを起動させても現れるものではありません。学園内の各所と、王都の施設に散らばっている仕掛けを全て解除しないと開かない仕組みになっています」
「すごいわ! ヴィーは地図も無しにどうやってこの仕掛けに気がついたの?」
「王宮に、小規模ですが似たような仕掛けがあるんですよ。あとは東部辺境伯領のラジェルド山にある遺跡にも古代ライトフット語でのヒントが残されていました」
「ヴィー以外にとってはヒントにならなさそうな記述とみたわ……」
「そんなことはありませんよ。西部辺境伯領にあるゲイル火山の麓の遺跡の記述と合わせると分かりやすいのですが……」
「その話はとりあえず置いておいて、先に進もうぜ」
話を切ったニコラスを、オルトヴィーンは憎々しげに睨みつける。
「結論にしか興味がないとは、本当にクズだな」
「いや、興味はあるぞ。俺も自国の遺跡はいくつか見て回ったからな。ラジェルド山といえば、初代ライトフット国王ラジェルドの残した記述がある場所だろう? 王家の秘宝について以外にも、あの時代に起きた別件のヒントを残してそうだし」
「……別件?」
「そうだ。ラマディエールの遺跡の中に、古代ライトフット語で書かれた記述もあって」
「ニューウェル卿やめないか。ミイラ取りがミイラだぞ」
結局古代の謎談義に混ざり始めたニコラスに、ラインハルト第二王子は苦言を呈する。
第二王子の促しによって、四人はようやく地下への階段を降り始めた。
真っ暗なはずのその廊下は、ほのかに床が発光しており、視界に困ることはない。思いの外広い空間で、縦は成人男性二人分、横は五人は横並びで通行できそうな広さがある。その不思議な空間を、オルトヴィーンを先頭に、ラインハルト第二王子、アンジェリーナ、次いでニコラスの順に進んでいった。
(埃臭くもないですし、なんだか不思議なところですわ……)
全て石でできたその廊下は、天井や壁に古代語が刻まれている。アンジェリーナは、前と後ろを守られている安心感もあり、興味深く周りを見ていた。
「リーナ、キョロキョロしてるとつまずくぞ」
「だ、大丈夫ですわ」
「アンジェリーナ、足元を見ないと危ないぞ」
「だ、大丈夫、です、わ……」
「アンジェリーナ様、用心しないと怪我をしますよ」
「わたくし、そんなに頼りないと思われているんですの?」
この三人の一体感はなんだろうか。
アンジェリーナは釈然としないものを感じながら、足元を見る。
すると、前を行くラインハルト第二王子が立ち止まったので、アンジェリーナも立ち止まった。顔を上げると、ラインハルト第二王子が手を差し伸べている。
「アンジェリーナ。周りを見たいなら、私が手を引こう」
「えっ……」
「私は君の婚約者だからな。それくらいはするさ」
アンジェリーナはラインハルト第二王子の手を見ながら固まる。
ラインハルト第二王子の言うことは、確かに正論だ。別に、婚約者同士で手を繋いで歩いても、なんら問題は生じない。
しかし……。
(どうしたのかしら、わたくし。この手を取るのが、なんだか……)
ラインハルト第二王子の手を取ること自体が嫌という訳ではないのだ。
そうではなく、なんだか、その。
(……わたくし……見られたく、ないの……?)
何故だかアンジェリーナは思考が固まってしまい、動けない。
そんな彼女を見たラインハルト第二王子は、寂しげな顔をして手を下げた。
「ラインハルト殿下。こういった場所で手を繋ぐのはお勧めできません。罠の発動時に回避行動が遅れますからね」
「……それもそうだな。アンジェリーナ、すまないな」
「……いえ」
オルトヴィーンの助け船にアンジェリーナは安堵するとともに、酷い罪悪感にみまわれる。前を見ることも、後ろを振り向くことも、とてもではないができなかった。
暗い表情のラインハルト第二王子とアンジェリーナに、オルトヴィーンはくつくつと笑った。
「ところで、ついてきている羽虫は放っておいていいんですよね、アンジェリーナ様」
「……え!?」
「問題ない。どうせオルトヴィーンには昼夜問わず見張りがついていて、撒くのは難しいから、諦めてる。だよな、リーナ」
「えっ!?」
「なんにせよ、私達が秘宝にたどり着くまでは、向こうも手出しはしてこない。見つけてからが問題だな、アンジェリーナ」
「ええ!?」
三人の注目を浴びたアンジェリーナは、涙目で三人を見返す。
「アンジェリーナ様。あなたが主導しないとこのパーティーは崩壊ですよ」
「この三人全員と屈託なく仲が良いのはリーナだけだからな?」
「アンジェリーナ、私はいつまた魔女に連れ戻されるか分からない。悪いが頼む」
それぞれの勝手な言い分に、アンジェリーナは狼狽える。
(三人とも言っている内容は同じですわよ! やっぱり仲良しですわ!? わたくしが中心にいる必要は果たしてあるんですの?)
アンジェリーナの思考は迷走する。しかし、ここで反論しても、三人ともが苦笑する図しか見えない。
アンジェリーナはため息と共に、話を逸らすことにした。
「ちなみに、羽虫って何よ」
「国王軍」
「ゲホッ!?」
待ってほしい。
そんな話は聞いていない。
絶対に聞いていない。
アンジェリーナは何も口に含んでいないのに咳き込んだ。




