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38 手を貸さなかった理由




「いやはや。どんなメンバーで来られるのかと思っていましたが、このお三方でしたか」


 アンジェリーナに図書館内の自習室に連れてこられたオルトヴィーンは、そこに揃っていた人間を見て目を細める。


 そこには、ニコラスと、ラインハルト第二王子が待っていた。

 なお、ジェフリーは学園の外で待機である。いざという時は潜入してくれるそうだけれども、学園に大人が潜入すると何に扮していても印象に残りやすいので、《時戻り》が続くことを懸念して後の回のためにとっておくらしい。


 全員で集団議論用の自習机の席に着くと、ニコラスが部屋の中に防音魔法を展開した。

 その様子を見て、オルトヴィーンが目を細める。


「プリムローズ学園内では魔法が禁止されているというのに」

「授業用の小規模魔法や、食堂での生活魔法は使えている。魔法防止結界にかからない程度の魔法なら使えるってことだ」

「慣れたものだ」


 あからさまな敵意を向けるオルトヴィーンに、ニコラスは驚いた顔をする。

 そんな二人を見ながら、アンジェリーナはラインハルトは目を合わせて首を傾げつつも、話を切り出した。


「ヴィー。ようやく分かったわよ、あなたこれまでのこと、全部覚えているんでしょう?」

「もちろんですよ。認識阻害に惑わされているようでは、謎を解くことなどできませんから」

「もう! だったらすぐ教えてよ!」

「アンジェリーナ様にお教えしても、私が危険に晒されるだけでしたからね。事態は解決しないですし。何より、カルロスとの約束がありましたから」

「カルロス様と……」

「あなたに手を貸さなかった理由も同じです、ラインハルト様」


 思うところはあれども、反論の言葉が出てこないアンジェリーナ。

 話を振られたラインハルト第二王子も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「それはつまり、どういうことだ」

「魔女に魅了されたあなたに手を差し伸べるということは、魔女と敵対するということだ。私にもこの国にも魔女退治の力はありませんからね、私の手の及ぶところではない」

「……それはそうだが、しかし多少は助けてくれても」

「おや。その様子だと、カルロスがなぜあなたを魅了する手伝いをしたのか、あなたは知らないのですね。……あれも不器用な男だ」


 ぱちくりとラピスラズリの目を瞬くオルトヴィーンに、ラインハルト第二王子も目を丸くする。


「あれは、自らの曽祖母に脅されていたのですよ」

「脅す? いや、しかし何を……」

「あなたの命です」


 息を呑むラインハルトに、オルトヴィーンはニタリと悪魔のような笑みを浮かべる。


「魔女マリー。あれはここ数百年、ライトフット王国を根城としていた魔女です。彼女は、とある理由で王家に恨みを抱いた。そして、可能な限り王家に思い知らせてやると、復讐の鬼になった訳です」

「そして魔女マリーは、第二王子を魅了して王家の評判を落とすことにした。けれども、魅了することだけが嫌がらせになる訳じゃない。魅了にかからないのであれば、第二王子の命を奪うという嫌がらせに走っても構わない訳だ」

「横から口を出して知ったかぶるのはマナー違反ですよ」

「……そりゃ、失礼」


 ぎろりとオルトヴィーンに睨みつけられて、ニコラスは肩をすくめる。

 アンジェリーナは流石に不思議に思って目を瞬いた。


「ヴィーはニックと知り合いなの?」

「「ニック!?」」

「えっ? あ、あの、ニコラス卿と……」


 オルトヴィーンとラインハルト第二王子に仰天されて、アンジェリーナは小さくなる。

 二人の鋭い目線に、アンジェリーナは涙目だ。


(なんなんですの。そんな二人とも、わたくしを責めるみたいな目で見ないでくださいまし!?)


 小さくなってモゴモゴ言っているアンジェリーナに、オルトヴィーンとラインハルトは見切りをつけたのか、ニコラスに向き直る。


「ニューウェル卿、随分とアンジェリーナと仲良くなったみたいじゃないか」

「あー、これあれか。ラインハルトは前回の記憶がないから、余計ややこしいやつか」

「わ、私も呼び捨てなのか!? どういうことだ……」

「ラインハルト様。こいつはただの下賤な不埒者です、この件が終わったらアンジェリーナ様の近くから排除しましょう」

「げ、下賤?」

「おいおい、初対面なのに嫌われたもんだな」


 流石に様子がおかしいオルトヴィーンに、残りの三者は首を傾げる。


「ヴィー、いつも冷静なあなたがどうしたっていうの」

「そうだ。君がここまで感情を剥き出しにするなんて、なかなかの事態だぞ」

「別に、なんでもありませんよ」

「いや、なんかおかしいだろ。俺が何をしたっていうんだ」


 ニコラスの追求に、オルトヴィーンは苛立ちを隠さないまま、舌打ちする。

 舌打ちされたニコラスだけでなく、アンジェリーナとラインハルトも目を丸くした。


「爺さんに気に入られてるからって調子に乗るなよ」

「……ん?」

「ラマディエールの爺さんだ。毎回毎回、来るたびに溺愛する弟子の話ばっかりしやがって。お前より私の方が優秀なのに、やれ闇魔法が得意だの天才じゃないかだのツンデレなところが可愛いだの……」

「――分かった! 全部分かった、もういいやめろ!」

「あんなの親バカ目線の褒め言葉だからな、図にのるなよ!」

「そんなガキ相手の褒め言葉で図にのれるか!」


 ニコラスは顔を真っ赤にして、「あのくそじーさん」と呟いている。

 オルトヴィーンは、本気でニコラスを睨みつけていた。

 アンジェリーナにはよく分からないけれども、とりあえず二人が『じーさん』様を取り合っていることだけは察した。そしてそれに触れてはいけないことも。


(『じーさん』様、罪な男すぎますわ……!?)


「とにかく、カルロス様は、ラインハルト殿下を人質に脅されていたのね」

「……そうです。カルロスが魔女マリーの手助けを断った場合も、私が魅了魔法解除のために介入した場合も、ラインハルト様は殺されていたでしょうね。実際、アンジェリーナ様は魔女マリーに一度殺されているようですし」


 アンジェリーナの質問に、ようやくオルトヴィーンは生来の調子を取り戻したのか、ゆったりと微笑む。

 一方、ラインハルト第二王子は青くなっていた。


「わ、私はこの三年ずっと、カルロスを裏切り者だと思っていたんだ……」

「殿下」

「私は本当に、至らない」


 肩を落とすラインハルト第二王子の手を、アンジェリーナはそっと握る。

 頼りない顔でアンジェリーナの方を見た彼に、彼女は微笑んだ。


「これから助けに行けばいいんです。無事助け出したら、きっとカルロス様は許してくれますわ。わたくし達、友達ですもの。そうでしょう?」


 ラインハルト第二王子は、一瞬泣きそうな顔をした後、ふわりと微笑んだ。


「……うん。そうだな」

「そうです。まだ皆生きてますわ。だから、まだ遅くありません。それに、ラインハルト殿下も怒っていいと思うんです」

「うん?」

「理由があったにせよ、何も言われずに魅了魔法の飴を盛られたんですから」

「……それもそうか」

「はい」


 アンジェリーナの言葉に、気持ちが軽くなったのか、ラインハルト第二王子は儚げな笑みを浮かべた。

 そんな二人の横で、ニコラスはオルトヴィーンに尋ねる。


「しかし、こんなに情報を漏らしていいのか。『カルロスとの約束』ってやつはどうなった?」


 オルトヴィーンは、なんでもないことのように答えた。


「カルロスは私に『私がこれからやること、やらされることを、どうか他の人には言わないでいてくれないか』と言った。そして私は、私に可能な限りその願いを叶えると約束した」

「へえ」

「けれども、カルロスの本当の願いは私が口を閉ざしていることではないから、別に問題はない」


 オルトヴィーンはアンジェリーナに向き直る。

 アンジェリーナは、ラインハルト第二王子の手を離して、オルトヴィーンに向き直った。


「アンジェリーナ様。カルロスの本当の願いは、()()()()()()()()()()()ことでした。そして、彼は常に助けを求めていましたが、誰にもそれを伝えることができなかった。誰かに助けを求めるということは、自分と曽祖母である魔女マリーとの関係を明るみに出すだけではなく、失敗した際にラインハルト第二王子の命を危険に晒すこと、それに加えて、助けを求めた相手自身を危険に晒すことを意味したからです」

「……そう」

「だから私もカルロスも、口を閉ざした。けれども、カルロスが助かるための手段があるなら、そのために必要なのであれば、彼は私に口を閉ざすことを望まない」


 オルトヴィーンは、その唇を弓形に曲げて、挑むような瞳でアンジェリーナを見てくる。


「アンジェリーナ様。今のあなたにはカルロスを救うだけの知識と手段があり、何よりカルロスを見捨てることはしない。そうでしょう?」


 アンジェリーナは、その信頼を喜んで受け取った。


「もちろんよ。カルロス様も無事に生きて幸せになってくれないと、わたくしの平穏な日常は戻ってこないもの。だから、ヴィーもこうして協力してくれるんでしょう?」

「私はアンジェリーナ様の友人であり、カルロスの友ですからね」

「ふふっ」


 にこやかに笑うアンジェリーナとオルトヴィーンに、口を挟んだのはラインハルト第二王子だった。


「しかし、その()()が問題だ。地図が必要なんだろう。けれども、先程二人に話したとおり、私はまだ地図を与えられていないんだ」


 こうしてオルトヴィーンに接触する前。

 アンジェリーナとニコラスは、ラインハルト第二王子と三人で話をした。

 彼は《時戻り》前のことを覚えていない。なので、初めから丁寧に、アンジェリーナは彼に事態を説明した。そして、マリアンヌの目的を伝え、王家の秘宝を壊したいこと、そのための協力の願い出たのだ。王家の秘宝の地図を提供するよう、心を込めてお願いした。

 それに、ラインハルト第二王子は応えた。

 けれども、彼はそもそも、地図を持っていなかったのだ。


「私は、この国の王子として、王家の秘宝を壊すことに躊躇いはある。しかし、既に一部の者がその力を利用している今、このまま放っておくことはできない。……父上達の能力を疑問に思うのも分かる。今回のような事態を避けるべく、秘密裏に壊す、という選択肢も当然あるのだろう」

「ラインハルト殿下」

「けれども、私はそもそも、地図を持っていないんだ。国王とその王子は、学園卒業後に成人の儀を行う際に、その地図を与えられる。私がそれを与えられるのは、まだあと1ヶ月以上先なんだ」

「大丈夫だ」


 ラインハルト第二王子の懸念に、ニコラスは頷いた。

 彼の目線は、オルトヴィーンに向けられている。


「そこのそいつが知ってるから」

「ヴィーが?」

「……何故そう思うんです」

「公爵令嬢テレーザ=テトトロン」


 ニコラスの言葉に、オルトヴィーンはつまらなさそうに、チラリとニコラスに目をやる。


「王弟の娘、国王の姪。あの女、なんらかの形で父親の知る地図を手に入れたんだろう。だから、オルトヴィーン=オルクス。お前は王家の秘宝に辿り着くことができた」

「そうなの、ヴィー?」


 ニコラスの断定に、オルトヴィーンは息を吐く。


「そのとおりです、アンジェリーナ様。あの女の情報と、ラインハルト様がいるのであれば、目的の場所に案内することは可能です」

「……!」

「ところで、アンジェリーナ様。あの女のことはどうするおつもりなのですか?」

「え?」


 目を瞬くアンジェリーナに、オルトヴィーンはなおも問いかける。


「あの女は、王家の秘宝に近寄る羽虫です。その目的についても、本当のところは私も知りません」

「そ、そうなの?」

「あの女はアンジェリーナ様の幼馴染ではありますが、私の友達ではないですからね。だから、私はあの女がどうなっても構わない」


 その冷たい笑顔に、アンジェリーナは息を呑んだ。

 アンジェリーナは知っている。これは、オルトヴィーンが怒り心頭なときにする笑顔。テレーザは、ここまで彼を怒らせてしまっているのか。


「あれは私の友、カルロスを()()()目的を達成しようとした輩です。……この一件、ライトフット国王にバレたら、彼女はどうなるでしょうね」


 ニタリと歪んだ彼の口元に、アンジェリーナは冷や汗をかいた。



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