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34 協力要請(後編)




「協力してほしい」




(おおぉおぉおおおおお!!?)




 真っ青な顔で頭を下げる友人に、オルトヴィーンは内心、諸手を上げて喜んだ。

 パンパカパーンと脳内クラッカーが鳴ったし、天使がラッパを吹いた。


 オルトヴィーンは、協力を求めてきた友人が、本心ではオルトヴィーンに断って欲しいと願っていることを知っていた。友人のため()()に動くならば、オルトヴィーンの回答は『否』だ――。



「心の友よ。喜んで協力しよう!!」


「…………断らないのか……」



 もはや白い顔をしている友人に、オルトヴィーンは上気した顔でウキウキで答えた。


「当然だ! 君は私がチャンスを逃す男だと思っているのか」

「……君は、もう少し、私のことを大切にしてくれると思っていた」


 その甘えた言葉に、オルトヴィーンは笑う。


「君は、私という人間の理解が足りない」

「……そうみたいだな」

「あの二人なら違っただろう」

「……?」

「ラインハルトとアンジェリーナ」


 固まる目の前の友人に、オルトヴィーンはあの日のことを思い出す。




****




『ヴィー。わたくしと殿下と、ずっと友達でいてね』




 彼女がオルトヴィーンにそう言ったあのとき、彼女は確か9歳だった。

 無邪気な顔でそういう彼女に、若かりし頃のオルトヴィーンは――。


『それは保証できない』


 断りを入れた。


『なんでよ!』

『僕は僕の人生を、探求に費やすと決めてる。ラインハルトとアンジェリーナは権力者になるじゃないか。きっと対立する時がくる。いつか、僕の探求を邪魔するようなお願いをするに決まってるから嫌だ』

『あら、ヴィーったらそんなこと気にしているの』

『思ったより可愛いやつなんだな、ヴィーは』


 意外そうな顔をする二人に、オルトヴィーンはムッとしながら、本に向けていた顔を上げる。

 オルトヴィーンに理解していないことを、彼らは知っている。そんな気配に、苛立ちを覚えたのだ。


『なんだよ。僕の言ってること、正しいだろ』

『うーん、正しいけど、正しくないな』

『そうね。わたくし達をみくびりすぎだわ』

『何が言いたい?』


 彼がジロリと二人を睨むと、二人はケラケラと朗らかに笑った。


『わたくしと殿下だってそうだわ。もしかしたら、婚約を解消して、敵対するかも』

『……解消しないけどな』

『例えばの話でしょう、殿下ったら。それに、結婚したとしても、それぞれにやりたいこと、優先順位が違うことがあって、対立することだってありえるわ』

『俺達は高位貴族で、しがらみは増える一方だしな』

『特に、殿下は王族ですしね』

『……アンジェリーナも、すぐに王族になる』

『ふふっ』


 楽しそうにしている二人に、オルトヴィーンが眉根を寄せていると、アンジェリーナがオルトヴィーンの方にふりかえった。


『でも、それを承知した上で、お互いを大切に思うこともできるはずだわ。そうでしょう?』


 その迷いのない笑顔に、オルトヴィーンは怯む。

 そんなことは、できるのだろうか。そうまでして、気持ちを繋げることは可能だというのか。可能だとして、何故、そんなことを。


『だいたいオルトヴィーンはさ、探求を犠牲にして俺たちを助けるような奴じゃないだろ。俺達はそのくらい、ちゃんと知ってるよ』

『そうよそうよ。逆にわたくし達だって、なんでもしてあげられる訳じゃないしね。いつも味方でいられるとは限らないわ』

『……なんだそれ。そんな、無理してずっと友達でいるメリットなんかないだろ。何も考えず、利害が一致する時だけ仲良くした方がよっぽど楽だ。なんでそんな』

『何言ってるの。そんなの、わたくし達があなたのことを気に入ってるからに決まってるじゃない』


 オルトヴィーンは目を丸くした。

 珍しくポカンとした表情の彼に、ラインハルトとアンジェリーナは肩をすくめる。


『ヴィーは本当、人の機微に興味がなさすぎだ』

『ね。この顔、本気でびっくりしてるわよ』

『本当、自分が絡むと急に鈍くなるんだよなぁ』


 固まっているオルトヴィーンをよそに、二人は楽しそうに会話を続けている。

 それがどうしようもなく悔しくて、けれども、オルトヴィーンは何故だか、その光景から目を離すことができなかった。


『将来オルトヴィーンが俺達の頼みを断ったとしても、あるいは敵側について何かやらかしたとしてもさ。きっとそれは、俺達をどうでもいいと思ったからじゃなくて、ヴィーにとって必要なことだからだ』

『ヴィーが、わたくし達を傷つけたくてやってることじゃないって分かっていれば、それでいいのよ。そうしてお互いを大切に思っているうちは、わたくし達はずっと、友達でいられるわ』


 穏やかに笑う二人に、オルトヴィーンはなんだか素直に反応を返すことができなくて、色々と考え込んだ後、結局口をついて出てきた言葉はこんなものだった。


『じゃあ、好きにすれば』


 目を丸くした二人にはきっと、そっぽを向いたオルトヴィーンの耳が赤くなっていたのが目に入ったのだろう。


 オルトヴィーンの態度に構わず、『そうする』と言いながら、二人はケラケラと笑っていた。




****




「……そうか。二人は、そんなことを」


 目の前の友人は、噛み締めるようにそう呟いた。


「そうだよ。いいかい、()()()()。私は君のことを友人だと思っている。けれども、私はこの探求に、人生の大半を捧げていて、この機会を逃す選択肢はないのだよ。――さあ、君は私の力を必要としているのだろう。そのために持っているもの全てを、私に委ねたまえ」


 そう言って向き合ったオルトヴィーンに、カルロスは、その長いまつ毛をゆっくりと持ち上げ、視線を上げた。


「オルトヴィーン=オルクス。君は悪魔みたいな男だよ」

「そうだね。今知ったのかい?」

「いや。そうだな、私はずっと知っていた。君がそういう、自分の目的のためなら手段を選ばない男であることを、ずっと昔から分かっていた」 

「それで、友達を止めるって?」

「……いや」


 カルロスは、クスリと笑う。


「自分でも意外なことに、私はそんな君を嫌いじゃない」


 オルトヴィーンは、満面の笑みで笑った。


「それじゃあ、友達は継続だ」

「そうだな。――私の友、オルトヴィーン。私がこれからやること、やらされることを、どうか他の人には言わないでいてくれないか」


 穏やかな顔でそうお願いしてくる友人を、オルトヴィーンはにこやかに受け入れる。


「いいとも、カルロス。私の友。私の利害が絡まない限り、私は君の立場を(おもんぱか)って動くとしよう」

「うん。ありがとう」

「なに、お互い様だ」

「そうだな。……うん、そうだ。私達は、友達だからな」

「そうだ。そして友達は、私と君だけじゃない」


 オルトヴィーンの言葉に、カルロスは目を見開く。


「きっと彼女は助けに来るぞ」

「……そんな、ことは」

「ないと言い切れるのかい?」


 動揺で目を彷徨わせるカルロスに、オルトヴィーンは目を細める。


「フサフサまつ毛のカルロス君。君が、やたらまつ毛の長いあのピンクの女と関係があるってことは分かっているんだよ」

「……分かっていて何も言わないのか」

「私には魔女に関わっている暇はないのでね」

「……」

「それに、君を悩ませている者は、魔女だけじゃないだろう?」

「……全部、分かって」

「もちろんだとも。……みな、私を謎解きの天才と呼ぶ。私も、そうありたいと思っている。このくらいのことは分かっていて然るべきだ。そして、私以外は、まだ誰もこの事実に気がついていないようだね――今のところ」


 カルロスはその言葉に、手を握り締める。


「果たして、このまま秘匿できるのだろうかね」

「……してみせるさ」

「そうなるといい。君の友人として、それを願っている。しかし、きっといつか秘匿できない事態になるだろう。君のやろうとしていることは、それ程のものだ。そのとき、君はどうするつもりなんだい」

「覚悟はしてるさ」

「私はね。全部ひっくるめて、助けに来るんじゃないかと思っているんだ。そのくらい、私は彼女に期待している」


 自信たっぷりのオルトヴィーンに、カルロスは目を瞬く。


「君らしくない考えだ。謎解きの天才が、確率の低い結果に期待するのか」

「確率が低いというのは、君が思っているだけのことさ。私はそうは思わない」

「…何故」

「彼女にとって大切なものが何か、君は知らないのかい?」


 目を見開くカルロスに、オルトヴィーンは笑う。


『ヴィーにとって大切で価値あるものは探求でしょう? それと同じでね、わたくしにも大切で譲れないものがあるの』

『……アンジェリーナにとって?』

『そうよ。それはね――』


 当時のアンジェリーナの答えを聞いたカルロスは、頬を緩めた。


「……そうか」

「だから、君は彼女がやってきた時の言い訳を考えておくべきだと思うな」


 オルトヴィーンの軽快な言葉に、カルロスは「そうなったら、私は彼女に頭が上がらないな」と呟きながら、儚げに微笑んでいた。



 オルトヴィーンは思考する。



 あの時の彼は、もういない。


 このまま、いつまで待っている必要があるのだろうか。


 これ以上待つのは――オルトヴィーンの利害に反する。オルトヴィーンが友達のためにできることの範囲を、超え始めている。



「あら、暇そうにしてるのね」



 その鈴の音がなるような声に、オルトヴィーンは、自然と笑みが溢れるのを感じた。

 予想したこと、考えた結論が当たった時の快感。

 その何物にも勝る喜び。

 そしてそれだけではなく、期待を裏切らない友への想いで、オルトヴィーンは心からの笑みを浮かべた。


「いらっしゃい、アンジェリーナ様。お待ちしていましたよ」

「そうでしょうね! あなたは全部分かって待ってると思っていたわ、ヴィー!」


 いつもどおり学生服に身を包んだ彼女は、変装しているのだろう、いつもと違うミルクティー色の髪の毛を揺らしながら、プリプリ怒っていた。

 そして、怒ってはいるけれども、彼女はオルトヴィーンを嫌いになった訳ではない。

 オルトヴィーンとアンジェリーナは、今までもこれからも、ずっと友達なのだから。



「さあ、オルトヴィーン=オルクス! あなたが気持ちよく協力できるように、材料を揃えてきましてよ。わたくしの日常を守るために、協力してちょうだい!」


 

『わたくしの大切なものはね、わたくしの平穏な日常よ。わたくしの日常を構成するみんながいなくなったり、困ったりするのは嫌なの。だから、ヴィーに困ったことがあったらきっとわたくし、勝手に助けに行くわ。覚悟してくださいまし!』



 真っ直ぐにオルトヴィーンと向き合う彼女に、オルトヴィーンは答えた。



「もちろんです、アンジェリーナ様。私はあなたの友達ですからね」

「全くもう!」



 彼女の悪態に、オルトヴィーンは声をあげて笑った。




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