33 協力要請(前編)
いつも変わらぬ快晴の中。
オルトヴィーンは、あいも変わらず、プリムローズ学園の図書室にいた。
本棚の背表紙に目を通しながら、オルトヴィーンはため息をつく。
円形に作られたこの図書館は、この学園の中で最も古い建物だ。堅牢な作りをしていながらも、本の最適な保管環境を保つべく、さまざまな工夫が施されている。
ここに置いてある蔵書はかなりの数だが、最初の半年で読み切ってしまった。
それからは、新しい蔵書が入る度にそれを読んだり、持ち込んだ図書を読んだりして過ごしている。
要するに、彼はこの図書館に、図書館としての機能をさほど期待していなかった。
それでも、彼がこの学園生活で、特にここ1ヶ月近く、この図書館を根城のようにしていたのには訳がある。
彼は待っているのだ。
彼が欲しいものを揃えて、現れる者。
そしてそれはきっと、彼が思い描いているあの人物に違いない。
そう信じ、心踊らせながら待機している。
――しかし、だ。
(…………そろそろ、飽きてきましたね……)
オールドブルーの髪をさらりと揺らしながら、オルトヴィーンは深いため息をつく。
オルトヴィーンは本来、一所にとどまっている性分ではない。
様々なものを見て、知見を増やし、世界の謎に迫る。
それを史上の喜びとしており、実家のオルクス伯爵家一同も、そんなオルトヴィーンの性分を理解し、小さな頃から好きにさせてくれていた。
6歳の頃からいくつもの遺跡の探索に参加し、それは国内のものに留まらなかった。
遺跡の碑文を読むために可能な限りの言語を習得した。
現代魔法の解析にも興味を持ち、様々な論文を読み漁りながら、痒いところに手が届かず悩みを吐露する論文の『最後の一押し』をしてみたことも一度ではない。
国際謎解き大会に出場してみたことは、オルトヴィーンにとっても良い結果を残した。大会自体にさほど興味はないが、連続で優勝したことにより、国の支援を受けることができるようになり、王宮図書館への自由な出入りが可能たなったのだ。
分からないこと、謎解きであれば、オルトヴィーン=オルクスに――。
そんなふうに言われ始めたのは、いつ頃からだっただろうか。
そんなオルトヴィーンにとって、プリムローズ学園という狭い学舎に通うことは、非常に苦痛なことだった。
ほとんどの教科の知識は、復習にすぎない。
オルトヴィーンは、短い一生の中、新たな探求を求めて止まないというのに。
そんな彼が、このプリムローズ学園に大人しく通っている理由は、ただひとつ。
ここに、オルトヴィーンの大好物――世界級の秘密が眠っているからだ。
ライトフット王国の王家は、オルトヴィーンが学園を卒業し、国家魔術師契約を結んだ後に、この国の謎解きのための情報を与えるつもりらしい。
しかし、そんなものを待っているオルトヴィーンではない。
国内の遺跡や初代国王の軌跡を巡り、様々な文献に触れ、時に忍び込み、時に盗み見る。各国に伝手を作り、生きた情報をかき集める。
オルトヴィーンは人生の初期の大部分を、この国の謎解きに費やし、悠長な王家を嘲笑うがごとく、自らの力で多くの情報を入手した。
一つ。王家の秘宝が存在すること。
一つ。秘宝の内容を知るのは、歴代国王だけであること。
一つ。初代国王は王家の秘宝を隠し、同時に、秘宝を探すための地図を残したということ。
一つ。秘宝の力を扱うことができるのは、王族のみであるということ。
これらの情報に至っては、ライトフット王国の王族が敢えて外に流しているので、各国の伝手を辿るだけで容易に入手できた。
(……伝手といえば、ニコラス=ニューウェル……ラマディエールの爺さんが構い倒している秘蔵っ子……)
隣国の伝手――とある初老の知人を思い出しながら、オルトヴィーンはふと、黒髪の留学生に思いを馳せる。
あのチョビ髭の初老の男は、彼が初めて作った他国の伝手だ。オルトヴィーンが邪険にしても、懲りずに飄々と現れる彼はなんともおせっかいな爺さんだった。
貴族として紳士の仮面を被り、情報を入手する技術をオルトヴィーンに植え込んだのも、彼の仕業だ。
そんなふうにオルトヴィーンにおせっかいを焼きながら、合間合間に、彼は自国ラマディエールで最近面倒を見ている公爵令息について延々と語るのだ……。
(私の方が優秀で素晴らしい存在なのに、ニコラスニコラスと……!)
ぎりりと歯噛みをし、握り込んだ手の痛みに、オルトヴィーンは我に返る。
……とにかく、オルトヴィーンは、この国に隠された秘宝の存在に気がついていた。
そして、地図なくして、彼は秘宝探しを既に始めていた。
王家は地図の解読に必死になっているようだが、別に地図がなくても物捜しをすることは可能だ。
オルトヴィーンは、国内のあらゆる場所で得た情報をまとめ、最終的にいくつか候補地を絞った。
そして、オルトヴィーンは分析する。
(物を隠す時、人は大事なものであればあるほど、自分の目の届く範囲に隠そうとする。あるいは、よほど信頼している人物に託すこともあるか。けれども……)
初代ライトフット国王は、秘宝を次世代に引き渡さなかった。
――人を見る目、育てる力がないからだ。彼の周りに、彼が安心して秘宝を託せる人物はいなかった。
初代ライトフット国王は、秘宝を壊さずに隠した。それが、次世代に悪影響を及ぼすと分かっていてもだ。
――彼には、大きな力を有する秘宝を壊す胆力がなかったからだ。そこに垣間見えるのは、小心、執着、割り切りができない、判断力の低さ。
初代ライトフット国王は、秘宝の力を隠さず、後世の国王に伝承した。
――いつか、秘宝を使うにふさわしい人物が現れると信じたのだ。顕示欲、己の子孫への過信、楽天的思考……。
オルトヴィーンの描く、初代国王の像。
小心、孤独、執着、判断の甘さ、慢心、先見の明のなさ、ある側面において、暗愚の王。
(そのような人物が、己の手の届かないところに大切なものを隠すことはしない)
では、手の届く場所とはどこか。
初代国王の軌跡の中、常に手の届く範囲にある場所。
彼の遠征の軌跡、遺跡における古代共通語の石板に残された記録、国家建国に当たっての防衛力の高い拠点、当時から変わらぬ王都の場所とその構造、古代ライトフット語で書かれた古い魔法陣の伝承、その発動のために必要な素材として多く使われたもの。
――プリムローズ学園。
それが、オルトヴィーンの出した結論だったのだ。
入学してみると、案の定、学園の中にはオルトヴィーンの興味をひく手がかりに満ちていた。
オルトヴィーンは一年という月日をかけて、最終的にこの図書館に辿り着いた。
そして、長い時をかけて着手してきた謎に、あと一歩というところで辿り着け――――なかったのだ。
(地図が、要る……!)
地図は地図としての機能だけでなく、鍵としての機能も果たしていたのだ。
オルトヴィーンは、悶えた。
(どうする……どうする? 地図を無理矢理……くそっ……)
最後の一押しが足りない。
オルトヴィーンの未来をライトフット王国に差し出せば手に入ることは分かっているが、ここまで自力でやってきたのに、そこに頼るのは癪に障る。
だいたい、オルトヴィーンは、国家魔術師になるつもりはないのだ。
(あんな制約魔法、結ばされてたまるか)
解除の方法を知らない訳ではないが、何故、オルトヴィーンがコソコソと制約魔法を解除し、制約魔法にかかったフリをしなければならないというのか。
(王宮図書館にも、もうさほど用はないしな……この謎さえ解ければ、ライトフットに用はない……)
そうやって、ここからの戦略に悩み、悶々とする日々。
そんなオルトヴィーンの前に、卒業間近となったある日、とある友人が、地図を持ってやってきた。




