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32 約束のために


本日2話目の更新です。





 アンジェリーナは一週間前、マリアンヌの助力のもと王宮を脱出した。

 そして、ニコラスと、その友人だというジェフリーという男と共に、二人がライトフット王国の王都にいくつか設置しているという隠れ家に潜んでいた。


 医者を呼ぶことはできなかった。

 足がつくようなことをすれば、瞬く間にアンジェリーナ達を捕らえに王宮の兵士達がやってくるだろう。


 ニコラスはこの一週間、昏睡状態だった。


 マリアンヌは水の魔女だ。

 そして、人の体の主成分は水である。

 マリアンヌは他のどの種類の魔女よりも医療に詳しく、いくつかの秘薬を消費しながら、彼の治療をした。

 しかし、聖女による治癒魔法と違い、それはあくまでも医療行為に過ぎない。ニコラスの怪我は致命傷であり、マリアンヌのしたことは延命行為にしかならなかった。


 ニコラスはこのまま死ぬ。


 だからアンジェリーナは、なんとしても《時戻り》をしなければならない。


「わたくしは、卒業パーティーに出席します」

「嬢ちゃん!?」


 驚くジェフリーに構わず、アンジェリーナはニコラスの手を握ったまま動かなかった。彼女の決意は固く、今の言葉はあくまでも報告に過ぎない。


「あら……それは何故なのかしら?」


 対して、マリアンヌはアンジェリーナの宣言に驚かなかった。ニタリと口を歪め、アンジェリーナを愉しそうに見つめている。


「わたくしは《時戻り》の術の核になっている。そうでしょう?」

「そのようね」

「今まで、《時戻り》の魔術が発動した瞬間に、術の核となるわたくしが行方不明だったことはないんです」


 目を伏せたアンジェリーナは、今まで繰り返した一ヶ月のことを振り返る。


 初めの1回、アンジェリーナは卒業パーティーに出席していた。

 2回目もそうだ。

 3回目は、断罪返しのため、やはりパーティー会場にいた。

 4回目と5回目は、自宅に引きこもっていた。

 6回目はマリアンヌに殺されたけれども、遺体は王都の教会に保管されていた。

 7回目は、ニコラスと共に、卒業パーティーに……。


「《時戻り》の発動時、わたくしの体はいつだって、誰の目にも明らかな場所にありましたわ。わたくしが居場所を隠しているのは、今回だけ」


 アンジェリーナはゆっくりと目を開いて、マリアンヌの方を見る。


「術の発動のために、術者が、魔術の核となるわたくしの居場所を把握している必要があるのかどうか、わたくしには分かりません。けれども、把握できていなかったから発動できなかった、では困るの」


 そのまま今の時間が確定してしまうことだけは、許容できない。それだけは、防がなければならなかった。

 真っ直ぐに見つめるアンジェリーナに、マリアンヌは容赦のない言葉を浴びせる。


「仮に《時戻り》が発動しなかった場合、あなた、王国兵に捕まるわよ」

「分かっていますわ」

「拷問は免れないでしょうね」

「そうでしょうね」

「私は助けないわよ」

「承知しています」

「それでも行くのね?」


 マリアンヌは、面白いものを見つけたような顔で、アンジェリーナを見ている。

 アンジェリーナは強く頷いた。


「わたくし、いざという時はやる女なんですのよ」




****




 そうして、アンジェリーナは隠れ家を出てきたのだ。


 卒業パーティー会場で、ラインハルト第二王子の前に立つアンジェリーナは、不思議と凪いだ気持ちでそこにいた。


 今まで培ってきた全ての学びを総動員し、アンジェリーナは立っていた。


 王族の妃となるべく、磨き上げてきたもの――気品と知性と、何よりも強い意思の力で、アンジェリーナは全力でその場を支配していた。


 ここでアンジェリーナが衛兵達に連れて行かれたならば、《時戻り》が発動しないかもしれない。


 そう思うと、自然と優雅な笑みが溢れた。


 学生も衛兵も、目の前の婚約者も、動くことができない。


 誰も、彼女に触れることはできない。


 それを、アンジェリーナは許さない。


 アンジェリーナは、この国の侯爵令嬢としての誇りにかけて、約束を果たさねばならないのだから。



「――まだ、時が満ちていません」


 

 ハッと顔を上げたのは、ラインハルトだった。

 そして、アンジェリーナをただ見つめる、マリアンヌ。


 他の者は、その声に魅入られるようにその場に立ち尽くしている。



「ラインハルト殿下。アンジェリーナはここに居ます。さあ」



 アンジェリーナが促すと、ラインハルトは一瞬躊躇(ためら)いをみせたが、すぐに口を引き結んだ。

 その様子を見て、生徒達が身を端に寄せたため、アンジェリーナと第二王子達を囲むようにぽっかりと丸い空間ができる。



「――アンジェリーナ。お前との婚約は破棄する! そして私はこの場をもって、心優しいマリアンヌと婚約する!」



 何度も聞いたその婚約破棄に、アンジェリーナは真っ向から立ち向かう。

 背筋を空に向けて伸ばし、顔をあげ、ラインハルトを見据える。


 ラインハルトも、それをしっかりと受け止めた。


 アンジェリーナは毅然として声を上げた。


「婚約を破棄したいというお言葉、しかと承りました。けれども、わたくしの一存ではお返事いたしかねます」

「何を生意気な! 私は王子だ。そしてお前は侯爵令嬢にすぎない。私の意向が婚約破棄なのだから、お前には従う以外の選択肢はないはずだ!」

「そうでしょうか。わたくしには、婚約を破棄される瑕疵はございません。お隣のご令嬢と懇意にされているラインハルト殿下こそ、婚約を破棄されるお立場なのではありませんか」

「なんだと!? なんと生意気な女だ。このような輩は、我が国に相応しくない。アンジェリーナ=アンダーソン、本日をもってお前を国外追放とする! 衛兵、連れていけ!」

「で、殿下、しかし……」

「第二王子の命令だぞ、聞けないのか!」

「……」


 卒業パーティーのために配置されていた衛兵達が、アンジェリーナの方に近寄ってくる。

 彼らは拘束のために手を伸ばしてきたので、アンジェリーナはぴしゃりと言ってのけた。


「わたくしに触れることは赦しません!」


 近づいてきた衛兵達は、アンジェリーナの強い言葉に息を呑んだ。


 目の前にいるのは貴族といえども、ただの令嬢のはずだ。

 なのに、誰も手を出すことができない。この気迫は一体、どうしたことなのだろう。


「――どうした。大人しく連行されないということは、何か思うところがあるということか」

「わたくしは連行されるようなことはしていません。それを示すためにも、わたくしはこの場で、己の潔白を主張いたします!」

「そうか。では、私も行動で、お前がマリアンヌに嫌がらせをした罪人であることを示さねばなるまい」


 会話をしながら、アンジェリーナは内心焦っていた。


(もうそろそろ、時間ではありませんの!? 気が急いて、時間の感覚がありませんわ。このまま、ここで茶番を続けるべきですの、それとも……!)


 目の前にいるラインハルトも、焦れたような目でアンジェリーナの方を見ている。


 それを見て、アンジェリーナは覚悟を決めた。


 ラインハルトを見返し、ゆっくりと瞬きをする。

 そんなアンジェリーナを見て、ラインハルトも覚悟を決めたようだった。


「一体、何をなさるおつもりですの」

「……罪人の証に、この場で耳を落とす」


 ラインハルトの発言に、会場から悲鳴が上がる。

 衛兵達も、彼の発言に狼狽えていた。


「殿下! 裁判なしにそのように処刑行為を行うなど許されません!」

「うるさい!! こいつが悪いのだ、私に歯向かうのか!」


 目の血走ったラインハルトの気迫に、周囲は混乱するばかりだ。


 そんな中、動いたのはやはりラインハルトだった。

 衛兵の一人が腰に携えていた剣を抜くと、アンジェリーナの方へ歩み寄ってきた。


「……私が、行動で、お前に思い知らせてやる!」

「殿下ぁ! だめですぅ、そんなことをしたら……!」


 静止の声を上げるマリアンヌ。

 しかし、ラインハルトはその言葉を無視して、剣を振り上げた。

 会場の悲鳴が大きくなる。


 しかし、アンジェリーナは、毅然とラインハルトに立ち向かった。

 じっとりと汗で濡れた手を握りしめ、その白刃を見つめていた。


 振り上げられた刃に対する恐怖はない。


 彼女はもはや、自分が斬りつけられても構わなかった。


 ここで自分が死んでしまっても構わない。



 思い出すのは、アンジェリーナの手を握りしめながらも、震えていたその手。



(わたくしは、どうなってもいいの。だから、お願いだから――)







 目の前に、アンジェリーナを中心とした、幾重もの紫の魔法陣が浮かび上がった。







 その光景に、アンジェリーナは、ポロリと涙を一筋溢す。






 そんなアンジェリーナを見て、ラインハルトは微笑んだ。






 そして「待ってる」と小さく呟いた彼に、アンジェリーナは、深く頷いた。









****







 自室のベッドの上。


 アンジェリーナは気がつくや否や、毛布の中から飛び出し、身支度をした。


 プリムローズ学園の制服ではなく、街行きの軽装に身を包み、髪を後ろで一つに束ねる。

 カバンに制服と制靴を詰め込み、ローブを羽織って部屋を飛び出したところで、侍女のナサリーに会ったので、「今日は学園を休むわ!」と叫んでおいた。


「お嬢様!? 一体どちらへ……休みの理由は!?」

「ちょっと野暮用、理由は体調不良よ!」

「分かりました!」


 物分かりのいい侍女に満足しながら、アンジェリーナは侯爵家の廊下を駆け抜ける。裏口からこっそり屋敷を脱出し、屋敷が見えなくなったところでローブのフードをすっぽり被り、目立つホワイトブロンドの髪を隠す。


 そうして向かったところは、王都の一角にある集合住宅の角部屋だった。


 アンジェリーナが急いたように5回ノックをすると、中から声が返ってきた。


「……新聞は取ってませんよ」


 その待ち望んでいた声に、アンジェリーナは思わず、くしゃりと顔を歪めた。


「牛乳配達の者です、新聞じゃありません!」

「牛乳も遠慮してる」

「そう遠慮するから、お子さんの身長が伸びないのではっ」

「悪口を言う奴は入れられねーな」

「ちょっと!」


 合言葉を言い終えたというのに、この男は、まだアンジェリーナを室内に入れないつもりなのか。


 クハッという笑い声が聞こえて、扉の鍵を開ける音がする。

 扉が開くと、そこには黒髪の、アンジェリーナが会いたくてたまらなかった人物が立っていた。



「よう、リーナ。久しぶりだな」



 その満面の笑みを見たアンジェリーナは、迷わず彼の胸に飛び込んだ。

 驚く彼に構わず、アンジェリーナはしっかり彼の体に巻きついた後、体を離して、彼の脇腹付近をベタベタと手で触り倒した。


「おいおい、リーナ待て」

「怪我は!? 治ってる? ねえ、ちょっと、脱ぎなさいよ!」

「脱がすな!! いや、時を戻ってるからな、怪我はしてない」

「本当に? 本当に、大丈夫?」


 涙目で顔を覗き込むアンジェリーナに、ニコラスはクハッと笑う。


「リーナは本当に泣き虫だよなあ」


 その笑顔に、アンジェリーナは涙をボロボロこぼしながら、ニコラスの胸に再度飛び込んだ。


「こら、リーナ」

「ばか! ニックのばか! もうもうもうもう、信じられない!!」

「……あー。えーと、苦労かけたみたいだな」

「こ、怖かったの! 本当に、怖かったんだから!」

「そうか、ごめんな」

「ニックのばか!!!」


 ワーッと大泣きを始めたアンジェリーナに、流石のニコラスも所在なさげに、目を彷徨わせる。

 そうしてしばらく彼女の好きにさせた後、ニコラスは彼女の頭を優しく撫でた。


「リーナ」

「……な゛、なに、よっ」


 涙でぐしゃぐしゃになった彼女が顔を上げると、ニコラスは、はにかむような顔で、アンジェリーナに言った。


「助けてくれて、ありがとう」


 その言葉に、アンジェリーナは一瞬、時が止まったように固まる。

 しばらくすると、今度はすごい勢いで体温が上がっていった。自分でも、顔が真っ赤になっているのが分かる。これはまずい。


「あああああ当たり前でしょう!? わたくしを、誰だと思っているの!」

「最高に格好良い侯爵令嬢だよ」

「……っ!!」


 思った以上の言葉が降ってきて、アンジェリーナは困り果ててしまった。

 目の前の男といると、どんどん体温が上がっていく。このままだと憤死するかもしれない。そのくらい、心臓が早鐘のように打っている。


 でも、それが嫌じゃないのだから、本当にタチが悪い。


「ニックは、最高にズルい男だわ……」


 アンジェリーナは、不満たっぷりにそう呟いた。

 そんなアンジェリーナに、ニコラスはいつもとは違うあどけない顔で、本当に嬉しそうに笑った。



 部屋の奥からそんな二人を見ていたジェフリーは、全力で気配を消しながら朝食を食べていた。






【獲得情報】

ラインハルト第二王子は、アンジェリーナの味方である。

ラインハルト第二王子をマリアンヌの魅了魔法の支配下におくために、マリアンヌを手助けした人物がいる。

ニコラスは、ラインハルトからのヒントにより、マリアンヌを手助けした人物が誰なのかを察した。

闇魔法の使い手たちは、ループ前の記憶を取り戻しつつある。

マリアンヌを味方にする手段がある?



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