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26 国のために




「……!? 殿下!!」



 執務室の扉から連れてこられたのは、ラインハルト第二王子だった。


 ――縛り上げられ床に転がされて、頬を赤く腫らしている。


 驚きながらも、アンジェリーナはソファから立ち上がって第二王子に駆け寄った。


「ラインハルト殿下! どういう……ご無事ですか!?」

「……ジェ、リーナ……」

「どうして……!」


 第二王子の反応が鈍い。おそらく服の下にも怪我を負っているのだろう。

 国王に向き直り、キッと睨みつけたアンジェリーナに、ラインハルト第二王子が慌てたように声を絞り出して叫んだ。


「あ、アンジェリーナ! 助けてくれ、()()()()()()()()()!」

「おかしいのはお前だ、この不届き者が!」

「ぎゃっ!?」


 ソファから立ち上がった国王は、第二王子に近づいたかと思うと、アンジェリーナの目の前で、杖で第二王子の背を横凪に殴りつけた。

 一応手加減はしているようだが、第二王子から聞き苦しい悲鳴が上がる。


「へ、陛下! おやめください!」

「いいんだよ、アンジェリーナ。このような奴は捨て置きなさい」

「……っ」


 国王の合図で、近衛兵がアンジェリーナを下がらせようと手を伸ばしてくる。


「わたくしに触れないで!」

「おやおや、未来の義娘はとんだお転婆のようだ」

「……! 陛下、ラインハルト殿下は陛下の息子ではありませんか! なぜこのような無体をなさるのです!」

「もちろん、この愚息が君に無礼を働いたからだ。アンジェリーナ」


 冷ややかな目で第二王子を見下ろす国王に、アンジェリーナは息を呑む。


「私とアンダーソン侯爵との間で取り決めた婚約を、あろうことが冤罪と偽証で、自分の一存で破棄しようとはな。しかもよりによって、学園の卒業パーティーという公の場で、高位貴族の令嬢たるアンジェリーナを一方的に罵倒するとは、嘆かわしい!」


 再度第二王子を打ちつける国王に、アンジェリーナは悲鳴をあげる。「やめて!」と叫んだ彼女は、第二王子を庇うように二人の間に割って入った。

 そんなアンジェリーナの背後で、第二王子が声を上げる。


「ち、父上が何故それをご存じなのです!? まだ計画段階なのに……い、いや、そうだ! そもそも私はそんなことをしていません! それこそ冤罪です!」


 第二王子は、まだやっていない、これから行うはずだった愚行を責め立てられて、目を白黒させている。


 ここまで具体的に言われてしまっては、アンジェリーナも認めざるを得ない。

 国王は、これまでのループ中の出来事を知っている。

 《時戻り》の秘宝の存在を元に当てずっぽうに話をしているのではない。これはどう考えても、今まで起こってきた未来のことを知っていての発言だ。


(覚えているのは、わたくしと術者、そしてニコラス卿だけのはずなのに……!)


「そうだったな。今のお前は、まだそのような愚行には及んでいないな」

「そ、そうです! いや――元よりそのようなこと、私が行うはずがないではありませんか!」

「では、これは何だ」


 国王陛下は、書斎の机に置いてあった書面を、ラインハルト第二王子に向かって投げつける。


 そこには、第二王子が学園の至る所で、マリアンヌと睦み合っている姿が写っていた。


「こ、これはっ……!」

「我が国の王族は、一夫一妻制を重んじるデルライト神の巫女の血筋を引くと言われているのは知っているな。その我が国で、婚約者がいるにも関わらず、公の場でこのような行為に及ぶとは……王族として示しがつかぬ」

「ち、違うのです、父上! これは違うのです!」

「今更何を言っても無駄だ。お前に王族たる資格はない」


 国王の言葉に、第二王子は唇を噛んで黙り込む。

 アンジェリーナは、誰からも見られない角度でチラリと第二王子を盗み見る。すると、第二王子は一瞬だけ、知性の戻ったような表情で、頷くかわりのようにゆっくりと目を瞬いた。


(……! どうしてなの。ここまで調べていて、陛下がラインハルト殿下にかけられているマリアンヌの魅了魔術に気がつかないはずがない。なぜ、自分の息子であるラインハルト殿下に責を押し付けて、見ないふりをするの。そしてなぜ、ラインハルト殿下はそれを許容しているの!)


「さて、アンジェリーナ。愚息にはやったことに見合う罰を与えよう。」

「……あ」

「私は、君のことを大切に思っているんだよ。そうだな、この愚息が婚約者のままでは、君も嫌だろう。婚約は解消させようか」

「……!?」

「安心したまえ。第一王子に第三王子、どちらでも好きな相手を選びなさい。君が私の養子に入るのもいいかもしれないが……いや、養子はよくないな。他所の国にとられる可能性が大きい。まだ私の弟を選ぶ方がマシだな」

「だ、第一王子殿下や王弟殿下には、奥様が……」

「そんなもの、離縁でもなんでもさせれば良かろう」


 震えるアンジェリーナに、国王は笑う。


「さあ、アンジェリーナ。私は君を逃すつもりはない。我が国のために、素直に協力した方が賢い選択だと思うが、どうかね」


 血の気がひいたまま、言葉もないアンジェリーナに、国王は眉を顰めた。


「ふむ。君は思ったより賢い娘ではなかったようだね」


 国王が暗部の長と思しき人間に合図をする。


「初めまして、アンジェリーナ様。このような形でお会いすること、本当に残念に思いますよ」


「……おじ様、何をなさるおつもりなのです」

「安心しなさい、アンジェリーナ。少し君が素直になれるように、(まじな)いをかけてもらうだけだ」

「……!」


 近づいてきたローブの人物の手に、ふわりと紫色の魔法陣が現れて、アンジェリーナは後退りする。


(闇魔法! どんな種類の呪文かはさっぱり分からないけれど紫色だし闇魔法!)


 当然、アンジェリーナはそんなものをかけられるのは真平ごめんである。

 とはいえ、周りを近衛兵と暗部数人に取り囲まれたアンジェリーナに避けられるはずもなく、その魔法は無情にも彼女の上に降りかかる。


 しかし、魔法陣がアンジェリーナに触れた瞬間、紫色の魔法陣ごと、暗部の長と思しき人物が吹き飛んだ。吹き飛ばされた彼は家具にぶつかり、気を失ってしまった。

 悲鳴が上がる中、呆然としたアンジェリーナを睨みつけつつ、国王が叫ぶ。


「……!? どういうことだ!」


「陛下、彼女には師の魔法よりもはるかに強力な闇魔法が常時かけられているようです」

「闇魔法を更にかけることができない……?」

「いや、違う。アンジェリーナ嬢はテラス席でテレーザ嬢の闇魔法を受け入れていた。闇魔法であること以外に、何か弾かれる条件があるはずだ」


 残った暗部の人間と思しき三人は、口々に今起こったことについて考えを吐露している。

 そんな三人に、国王は苛立ったように杖で床を強く突いた。

 静まり返る室内で、国王は暗部の者達に尋ねる。


「要は、今のアンジェリーナに自白魔法は効かないということだな?」

「おそらくは」

「もう一人、試すか?」


 曖昧な返事への皮肉に、尋ねられた暗部の一人は焦ったように首を振る。


「……いえ、また同じことが起こるだけだと存じます。吐かせるのであれば、別の有効な手段を取るべきかと」

「ふん、ではそうしろ」


 頷く三人がアンジェリーナに近づいてくる。

 能天気なアンジェリーナも、これから自分の身に何が起こるのか、流石に理解していた。


(どうしましょう、どうすればいいの。自白剤? いいえ、まさかの物理的な拷問? どうしたら……!)


 アンジェリーナは血の気が引く思いで、必死に頭を回転させる。しかし、全く解決策は思い浮かばない。


 いや、一つ方法がない訳ではないのだ。

 それはアンジェリーナにも分かっている。


「そうだ、アンジェリーナ。念のため、最後にもう一度問おう。私に協力するつもりはないのかな」


 アンジェリーナの迷いを察したように、国王は甘言を口にする。


(ここで、わたくしが折れれば……)


 国王の言うとおりに、全てを吐いて協力すればいいのだ。《時戻り》をしていると、助けてほしいと訴えればいい。全ての思考を放棄し、持っている情報を渡し、ご褒美をねだればいい。


 俯くアンジェリーナに、国王は笑う。

 彼女の足元にいる第二王子が、身じろぎした。


「いいんだ、アンジェリーナ。君の決断を責めることは誰にもできない」

「……殿下」

「我が愚息も、たまにはいいことを言うではないか。さあ、アンジェリーナ。君の知る情報を、私に委ねたまえ」


 国王の手が差し出される。

 アンジェリーナは、その手をじっと見つめた。


「わたくしが、知るのは……」


 アンジェリーナの脳裏に、今までのループ中の出来事が浮かぶ。


 なんだか、色々あったような気がする。卒業パーティーで謎の断罪をされ、一ヶ月を繰り返し、引きこもっていたこともあったし、殺されたこともあった。


 なのに、どうしてだろうか。


 真っ先に思い浮かぶのは、一つだけなのだ。



 あのとき、彼に言われたあの言葉。



「わたくしが知るのは、わたくしが侯爵令嬢だと言うことだけです」

「……アンジェリーナ?」

「わたくしは、この国の侯爵令嬢です。この国の貴族として、誇り高き王国民として、わたくしはこの国のためになることをいたします」


 アンジェリーナは、ゆっくりと目を伏せる。そうして、目を見開き、真っ直ぐに目の前の壮年の男を見据えた。

 その瞳に、もう迷いはない。


「陛下。わたくしには、陛下がおっしゃることが何のことか、一切分かりません。けれども、陛下のおっしゃる、時を戻るという魔術が本当に存在するのであれば、それはこの国だけでなく、世界を乱す災厄となるでしょう。明るみに出る前に闇に葬るべき存在であると、陛下の(しもべ)の一人として進言いたします!」


 執務室は水を打ったように静まり返った。


 手を硬く握りしめ、真っ直ぐに向かい合うアンジェリーナに、対峙していた男は、ふと息を吐く。


「……そうか。残念だよ」


 国王は、目を再び開いた後、アンジェリーナを見ることはなかった。


「――連れて行け」

「おじ様! ……陛下、お願いです。陛下!」


 アンジェリーナは叫びは届かない。


 別室へと去っていく彼は、アンジェリーナだけではない、第二王子のことも、振り返ることはしなかった。






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