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25 王城への呼出し





 王城に招かれたのは、アンジェリーナただ一人だった。



 未成年の令嬢が単独で王宮に呼び出されることは、通常ありえない。

 18歳でデビュタントを迎えるまで、彼女達はあくまでも子どもだ。しかも、成人したとしても、この国の女性は基本的に一人で行動することは少ない。父親か夫、どちらもいなければ親族の代表的な男性が付き添うことが多い。

 一人で行動するのは、王妃や女侯爵などの爵位を持つ女性くらいであり、かなりの例外的な存在だ。


 ただし、アンジェリーナはまだ、第二王子の婚約者である。アンジェリーナの王子妃教育は既に修了しているとはいえ、第二王子や王妃に個人的に呼ばれるのであれば、内々に王宮に参上することはある。


 しかしその手段を使わず、アンジェリーナ本人のみを、ライトフット国王自らが正式に呼び出したのだ。

 アンジェリーナの父が動揺するのも無理はないことだった。



「アンダーソン侯爵家が長女、アンジェリーナ。ただ今参上いたしました」


 震える気持ちを抑え、アンジェリーナは毅然と淑女の礼をする。


 呼び出されたものの、場所は国王の間ではなく、国王の執務室だった。

 呼び出したのは国王だと示したかった反面、これから話す内容については公にするつもりはないということなのだろう。


「よく来てくれた、アンジェリーナ」

「陛下直々のお声がけ、誠に嬉しく思います」

「いや、そう構えないでくれ。君は我が息子の婚約者だ、いつもどおりに話してくれていいんだよ」

「……分かりましたわ、おじ様」


 内心冷や汗をかきながら、アンジェリーナは顔を上げ、いつものように国王をおじ様と呼ぶ。


 執務室の応接用の長ソファに掛けているのは、国王とアンジェリーナのみ。

 しかし、周りには通常よりも多い数の近衛兵と――おそらく、暗部の人間と思しき者が数人控えている。


 その物々しい様子に、気づかないでいられる訳がない。


「おじ様か。ふむ、私は君にお義父様と呼ばれる日を楽しみにしているんだがね」

「……ありがとうございます」

「そんなに緊張しないでくれたまえ。……そうだな、こんなに私と君との距離が空いてしまったのは、あの馬鹿息子のせいだな」


 国王はひどく楽しそうにアンジェリーナの反応を見ている。

 アンジェリーナは、感情を乗せない笑顔でそれに応えた。


「おじ様。おじ様は、ラインハルト殿下の最近の様子をご存じですの」

「最近、そこの暗部から聞いてな。アンジェリーナ、君という婚約者がいるというのに、不届きな息子で本当にすまない。学生とはいえ第二王子としての自覚がないにも程がある」

「……」


 私は上手く返事をすることができなかった。

 今の言い方だと、国王は魔女マリアンヌの魅了魔法には気がついていないようだ。

 しかし、そんなことが本当にあるのだろうか。国の暗部や衛兵達がじっくり観察していてなお、気がつかないなんてことが。


 しかも、この面会は、今までのループではなかったことだ。国王がアンジェリーナに関与してきたことはない。


(わたくし、何かしてしまったかしら。今までのループでしていなかったこと。陛下の気持ちを変えてしまうようなこと……)


 今回のループの中では、まずニコラスにしばらく放置されたので、テレーザと一緒に勉強していた。

 その後、第二王子に接触を図った。


(でも、ラインハルト殿下はきっと、国王陛下には何も言っていない)


 第二王子の様子を見る限り、誰かに助けを求めるとは思えなかった。


(……あら? そういえば、おかしいわ。どうしてラインハルト殿下は、国王陛下に助けを求めていないの?)


 魔女という、一学生の力では敵わない敵に(おとしい)れられているのであれば、最も頼りになるのは国家魔術師や暗部ではないのだろうか。そして、相談すべきは、国の最高権力者であり父親でもある国王のはずだ。

 それなのに、第二王子はこの数年、おそらく国王を頼っていない。これはどういうことなのか。


 そんなふうに思考にふけるアンジェリーナに、国王が声をかけた。


「それで、最近不便なことや、おかしなことなどないかね?」

「……特にはございません」

「そうかね? 色々あると思うが」


 意味深に笑顔を深める国王に、アンジェリーナはにっこりと微笑み返す。


「それよりも、おじ様。わたくしに何をお尋ねになるおつもりだったのですか? このようにわたくしだけを正式に召喚するだなんて、父も驚いていましたのよ」

「これがその用事だよ、アンジェリーナ」

「……その」

「ふむ。自ら話す気はないということか」


 向かいのソファにすわる国王が、背もたれに背を預けた。

 長いため息が、これ以上なく怖い。


「時間というのは、有意義に使わなければならない。私は君からの歩み寄りを望んでいるのだがね」

「なんのことでしょう。わたくしには分かりかねます」

「――時間遡行(そこう)


 目を瞬き、小首をかしげるアンジェリーナに、国王は笑みを歪ませる。


「……? 一体なんのお話なのでしょう」

「アンジェリーナ。そなたは時を遡っているな。それも、何度も」

「おじ様」

「アンジェリーナ、安心したまえ。私は君を助けたいと思っているんだよ」


 アンジェリーナは困惑した顔をしてすっとぼけている。

 しかし、国王はそんなアンジェリーナを逃すつもりはないようだ。


(ここが勝負所よアンジェリーナ、王子妃教育の成果を全力で発揮するのよ)


 アンジェリーナが繰り返している《時戻り》はおそらく、国の秘宝によるものだ。

 アンジェリーナは、その発動の軸となってしまっている。下手に《時戻り》のことがバレて、王家の秘宝を横領しようとしたなどという濡れ衣を着せられても困る。


 それに何より、アンジェリーナは怖かった。

 国王はいつも柔和で、アンジェリーナを快く迎えてくれた。しかし、いま対面にいる彼は違う。その空気に呑まれそうになるのを必死に堪えているが、基本的に能天気なアンジェリーナをもってして、心の内に警鐘が鳴り響いていた。


「おじ様。本当に申し訳ないのですが……わたくし、何を言われているのか分かりません」

「可愛いアンジェリーナ。未来の義娘。君は賢い娘だ」

「……あ、の」

「私を(たばか)るつもりかね」


 急に威圧的な空気に変わった彼に、アンジェリーナは内心震える。


「君を中心に、時を遡る魔術が何度も起動している」

「……」

「国として、そのような大きな問題を把握できないと思っているのかね」


 ぎらつく国王の目に、それでもアンジェリーナはなんとか踏み留まる。



 ――王家の秘宝。この国には、確かにそういったものが存在するわ。

 ――どういう秘宝なのか知っているのは、()()()()()()



 そう。

 目の前のこの男は、王家の秘宝がどのようなものなのかを知っているのだ。


 歴代国王が、連綿と口伝でその情報を繋いできた。

 いつかその秘宝を手に入れるときがくると信じて。


 そしてその糸口が――アンジェリーナが、目の前にいる。


 この場合、彼は国王として、どのように動くのだろうか。


(分からない……全然、分からないですわ……けれど)


 アンジェリーナは、膝の上に重ねた手をぎゅっと握り込む。


「……ふむ。ならばそうだな。連れてこい」


 国王は背後にいる近衛兵に命じる。

 頷いた彼は、燃えるような赤い髪をしていた。彼は近衛隊長――すなわち、マルセルの父なのだろうか。


 緋色の髪の彼の指示により、執務室の扉からある人物が引きずられてきた。


 そのハニーブロンドの人物に、アンジェリーナは悲鳴を上げた。




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