23 ラインハルト第二王子(後編)
「さて。俺からリーナへの今まで起こったことの事実確認は以上だ。殿下はなにか呟きたいことがあるんじゃないか」
ここまで、7回分のアンジェリーナ達の時戻りの記憶を聞いたラインハルト第二王子は、唖然とした顔をしていた。
(それはそうでしょうとも。ご自分が、卒業パーティーという祝いの場で婚約破棄をするだなんて……!)
「ふむ。これは私のただの呟きだが……卒業パーティーでそのようなことが起こるなど、みな驚いて当然だろう」
「はい。まさかあのような歴史上類をみない暴挙に出る人物が現れようとは、誰も想像だにしなかったに違いありませんわ」
「ゲッホゲホごほ!? そ、そうだな、それくらい驚いたのはまあ仕方のないことだ。そして、うん、まあそうだな。私がそのようなことをしようとしていたのは、うん、なんだ、……困るな、なんだこの、頭の中を覗かれているような……」
「……殿下?」
「ゲフン。えーとううむ、仮にその話のような婚約破棄が実際に行われたとして、だな」
「はい」
「止めない周りの者は全員、バカなのか?」
「……え?」
ラインハルト第二王子の言葉に、アンジェリーナは間抜けな声を出してしまう。
そんな彼女を見て、何度も咳払いをするラインハルト第二王子は、顔を赤くしながら、視線を床に落としたまま続きを呟いた。
「仮にも卒業パーティーだぞ? 祝いの席で婚約破棄など、乱心したと思うのが普通だろう? しかも第二王子と侯爵令嬢の王家肝入りの婚約だぞ、何かおかしいと思って止めるのが普通じゃないのか? 大体、王子が命じたからといって侯爵令嬢を連行しようなどと、周りの者たちはどうかしているんじゃないか? そんなふざけた王子は遅かれ早かれ廃嫡だろうが、牢にぶち込まないか!」
一気に呟ききったラインハルト第二王子は、肩で息をしている。
呆気に取られているアンジェリーナの横で、ニコラスがくつくつと笑った。
「それだけあんたは周りに大事にされるってことだよ、王子様」
「……!」
「おっと、直接話しかけちまったな。失礼。……それでリーナ、ここからが本題なんだが」
「え? ここからなんですの?」
「……もしかしてリーナ、事態の解決を俺に丸投げしてないか?」
図星だったアンジェリーナは、サッと顔を逸らす。
呆れた顔で「こんなのを権謀術数渦巻く王宮に入れようとした奴は誰だ」と呟くニコラスに、ラインハルト第二王子は沈黙していた。
アンジェリーナは愕然とした。
「殿下、フォローは!? わ、わたくしのこと、庇わないんですの!? わたくし、こんなのじゃありませんわよね?」
「……」
「……」
「殿下ぁ!?」
何もなかったような顔で、ラインハルト第二王子とニコラスは呟き合いを始めた。その様は、そこにアンジェリーナという存在はいないと錯覚するほど自然なものであった。
「あの魔女、何の得があってこんなことをしているんだ? 権力の甘い汁を吸うにも、もっと上手いやり方や、ターゲットの選択肢があるはずだ。なぜ、婚約者のいる、王位を継ぎもしない第二王子を選んだ?」
「……」
「うん、魅了魔法に抵触するんだな。下手に話そうとすると向こうに伝わる。黙った方がいい」
目を伏せる第二王子に、ニコラスは呟きを続ける。
「わたくしだって、わたくしだって……」という不満タラタラの背景音楽は、二人の耳には入らない。
「何か動機があるはずだ。まあ、なんとなく見当はついているんだが……あと一押し、確信が欲しい。第二王子に表立って女が擦り寄り、それによって得をする人物。……ちなみにリーナは第二王子との婚約破棄を望むか?」
「え!? は、破棄!? いえ、そんなこと、そっ、その……」
「へえ。婚約破棄したいとも破棄は嫌だとも言わないのか。悪い女だなぁ」
まさかの問いかけと酷い言われように、アンジェリーナは動揺する。
正直、こんなことになるまでアンジェリーナは、自分の婚約は当然解消されるだろうと思っていたのだ。プリムローズ学園でのこの三年間を通して、ラインハルト第二王子とマリアンヌが仲睦まじくしているのを見てきた彼女にとって、婚約継続の選択肢はなかった。
それに、なんだか目の前の男に第二王子との婚約のことを言われるのは嫌だった。悪い顔で笑うニコラスを見ると、何故だかズキリ胸が痛むのだ。しかも、そんなアンジェリーナを見て、ラインハルト第二王子がなんだか悲しそうな顔をするものだから、今度は罪悪感が込み上げてくる。
そんなアンジェリーナの気持ちを置き去りに、ニコラスは話を続ける。
「つまりこういうことだな。第二王子とその婚約者アンジェリーナは、放っておけばそのままつつがなく結婚するはずだった。しかし、第二王子に身分の低い女が近づき、表立って不貞を働いたことにより、このままだと二人は婚約はなかったことになる。その影響によって起こることはなんだ?」
「第二王子の婚約者の枠が空くわ。そこにマリアンヌが収まって、第二王子妃になるんじゃないの」
「どうだろうな。侯爵令嬢との婚約破棄の原因になった男爵令嬢との婚姻を、王家が認めるとは思えないけどな」
「……」
「二人が真実の愛を貫くなら、第二王子は王族から籍を抹消、平民になった二人が仲良く暮らすってところだろう」
アンジェリーナは考える。
確かに、マリアンヌにとってのメリットはなんなのだろう。
ラインハルト第二王子に横恋慕しても、権力や地位、お金が手に入る可能性は低い。魅了の魔道具であるあの飴があるならば、第二王子ではなく、男爵令嬢として子爵家や伯爵家の嫡子を狙う方がよほど効率的で現実的ではないだろうか。
「なるほど、マリアンヌの狙いは、権力でも地位でもお金でもなくて」
「そうだな」
「殿下だったんですのね! なんて罪な男なんですの……!」
知らなかった。
まさか本当に、彼女が真実の愛を追い求めていたとは!
「……リーナ、それならさ」
「え?」
「先にリーナを魅了して、婚約解消させてから、フリーの第二王子に近づいた方がまだよくないか」
「……」
「婚約者であるリーナに、第二王子との仲を見せつけた理由はなんだ」
「……」
「魅了魔法の対象数が限られる……てのは考えがたいよな。取り巻きは複数いるしな」
「……」
「女であるリーナに魅了魔法が通じないってこともないな。確か何回か前、リーナもまんまと魅力魔法にかかってたよな」
「……」
「……俺もう手を引こうかな」
「考えますわ! 考え中なの、ちょっと待ちなさいよ!」
ジト目で見てくるニコラスに、アンジェリーナは慌てて言い訳をする。
マリアンヌは、円満にラインハルト第二王子を手に入れる方法を選ばなかった。
その結果、アンジェリーナは傷ついたし、マリアンヌを嫌悪したし、ラインハルト第二王子に失望した。そしてこのまま婚約解消又は破棄となれば、王家とアンダーソン侯爵家の間に亀裂が入るだろう。
「……わたくしの家……アンダーソン侯爵家の、対立派閥? でも……」
「アンダーソン侯爵家から私の婚約者が選ばれた理由は、アンダーソン侯爵家が中立の位置付けの家だったからだ。今の我が国では、大きな派閥はなく、小規模の派閥が乱立している状態だ。各派閥に権力を与えないよう、勢力図に影響を与えない家の令嬢が婚約者候補だった」
「はい。なので、わたくしの家の力を削ぐため、とは考えづらいです。かといって、王家の威信を削ぐにも、やり方がぬるすぎますわ。例え殿下が女性にだらしなくとも、第一王子夫妻はしっかりした方々ですし」
アンジェリーナは必死に考える。必死すぎて、だらしない、と呟きながら青ざめているラインハルト第二王子には気が付かない。
(王家や侯爵家の関係とは思い難いですわね、……あら? となると……)
「……どういうことですの?」
「……」
「わ、わたくし? まさか、わたくし個人への私怨?」
残された選択肢に、アンジェリーナは震える。
まさかの事態だった。3年近くこんなにもアンジェリーナを苦しめたマリアンヌの目的が、アンジェリーナ個人への何かしらを目的にしたものだとは。
――お前とは長い付き合いになると思っていたのだけれど、残念だわ。
(もしかして……長く嫌がらせをしたかったって、そういう意味でしたのぉおおお!?)
泣きそうな顔で震えるアンジェリーナに、ニコラスがクハッと笑った。
「リーナの自己評価が低いのは、誰かさんが三年間冷たかったからだなぁ」
「……アンジェリーナ、本当にすまない」
「何がですか!?」
「さてリーナ。俺は、あの魔女の言うあの子に鍵があると思っている。リーナを殺したら怒るという人物。マリアンヌが肩入れするそいつは、一体誰なんだろうな?」
マリアンヌのやっていることで手に入るもの。
ラインハルト第二王子本人。
そして、傷ついたアンジェリーナ。
王家とアンダーソン侯爵家の亀裂。
多少ではあるが、王家の威信への傷。
マリアンヌの肩入れするあの子。
アンジェリーナを殺すと、怒る……?
「要するにさ」
ニコラスが、天気の話でもするような軽いノリで言う。
「あの子ってのは、リーナのことが好きなんだろうな。マリアンヌがラインハルト第二王子に近づき、その結果傷ついたリーナを慰めてくれていた人物。大分候補は絞れただろう?」
アンジェリーナは真っ青になった。




