22 ラインハルト第二王子(前編)
遠く視線の向こうには、マリアンヌと取り巻き達。
そこはとある空き教室、中にいるのは、アンジェリーナとニコラスと、もう一人。
「なんだ。どういうことだ。私をこんな場所につれてきて、大した話でなかったらどうなるか分かっているんだろうな」
ラインハルト第二王子は、チラチラとカーテンの影からマリアンヌを気にしながら、居丈高にそう宣った。
「ラインハルト殿下、呼び出しに応じていただき、誠にありがとうございます」
「下々の嘆願に応じるのも王族の勤めだからな」
「素晴らしいお考えですね。さすがは王子殿下だ」
そう言うと、ニコラスは第二王子に対して見せるように、机の上に紙を差し出す。
その紙に書かれた内容を見て、第二王子は大きく目を見開いた。
『あなたに伝えたことは、マリアンヌに自動的に伝わりますか?』
震える手でその紙に触れた第二王子は、しっかりとニコラスの目を見る。
「これは私の独り言だが……そのようなことはないが、真実の愛の前で隠し事はないな」
その言葉に、ニコラスは頷いた。
要するに、監視魔法などで常に見張られている訳ではないが、マリアンヌに直接尋ねられてしまった場合、魅力魔法によって答えを言わざるを得ないということだろう。
だから、彼はわざとこのような話し方をしている。
マリアンヌに「何か秘密を話したか」と聞かれても、独り言を呟いていただけで「話していない」と答えられるように。
「殿下」
「なんだ」
「わたくし、分かっています。殿下の置かれている状況も、殿下がわたくしを庇いながらも、ずっと助けを求めていたことも。お伝えするのが遅くなってしまって申し訳ございません」
アンジェリーナはそれだけ言うと、ラインハルト第二王子の目を真っ直ぐ見た。
ラインハルト第二王子は、一瞬泣きそうな顔をした後、机の上の紙に視線を移す。
「私は何もできなかった。そして、これからも」
「殿下」
「けれども、このままにはできない。このまま、いいようにされる訳には……」
ラインハルト第二王子は、耐えるように、固く手を握り締めている。
その手からつう、と血が滴って、アンジェリーナは慌ててその手をとった。
「殿下、いけません!」
「気にするな」
「そんなことできません! 御身を大事にしてください」
アンジェリーナは自分のハンカチをラインハルト第二王子の手に巻く。
そんな彼女の様子を見ながら、第二王子は「こんなことをしてもらう資格はない……」と呟いていた。
「そろそろいいか?」
「えっ?」
振り向くと、手を組んだニコラスが、面白いものを見るような目でアンジェリーナとラインハルト第二王子を見ていた。
「悪いな。婚約者同士、色々積もる話もあるだろうが、時間がない。俺も素で話をさせてもらうぞ。殿下も構わないだろう?」
「……いいだろう。それで、何が理由で君はここにいる?」
「俺がここにいるのは、俺がアンジェリーナの味方であると自分で決めたからだ。なあ、リーナ」
「はいっ!?」
いきなり話を振られて、動揺するアンジェリーナ。
第二王子は、そんなアンジェリーナとニコラスの様子に、ビキビキと血管を浮き上がらせた。
「ほう。人の婚約者を愛称で呼ぶとは、ラマディエール王国では風紀が乱れているようだ」
「あんたに風紀の話をされるとは、世の中何があるか分かったもんじゃないな」
「ちょっと、ニコラス卿!」
暗にマリアンヌとのことを指摘され、青くなったラインハルト第二王子を見て、アンジェリーナは非難の声を上げる。
ニコラスはケラケラ笑いながら、「悪い悪い」と手を挙げて降参した。
「友人を愛称呼びするのは、俺の育ちが悪いからだな。まあその辺があるからこそ、協力できると言っても過言じゃないから、見逃してくれ」
「――廃嫡予定の嫡男。ニューウェル公爵家の長男、ニコラス」
ラインハルト第二王子の言葉に、ニコラスは目を細める。
「へえ。よく知っているじゃないか」
「うちの国に留学にくると分かって、国内上層部もざわついたからな」
「……国内、上層部……?」
なんのことだか分からず不安そうな顔をするアンジェリーナに、ラインハルト第二王子は微笑む。
「そうだ、アンジェリーナ。この男はただの公爵家の令息ではない。世界的に有名な闇魔法の使い手だ」
「……ん? いや、そこまで有名では」
「ラマディエール王国の聖女出現が絡んだ一件、近隣諸国で知らない国はない。高レベルの闇魔法耐性を有し、精神魔法や認識阻害魔法が効かない高位貴族の令息。その存在にどれだけの価値があるのか、アンジェリーナにも分かるだろう」
ラインハルト第二王子に言われたことを、アンジェリーナは頭の中で咀嚼する。
精神魔法に影響されない彼が、側近として――身内として存在してくれていたら、それはどれだけ心強いことだろうか。特に、マリアンヌが開発したような、魔法探知を掻い潜るような洗脳魔法が存在するなら尚更だ。実際、アンジェリーナはこれほどまでに、彼の存在に助けられている。
しかし、納得するアンジェリーナとは正反対に、ニコラスは嫌そうに眉を顰めた。
「大袈裟にするな」
「ニューウェル卿」
「俺はただ、小さい頃から闇魔法で遊んでいただけの不良学生だ。聖女はともかく、俺自身は大した存在じゃない。これ以上ここでその話をするなら、俺は手を引かせてもらう」
「えっ!?」
真っ青になって振り向いたアンジェリーナに、ニコラスは少し驚いた後、苦笑する。
「俺のことはいいから、本題に移ろうってことだよ」
「ほ、本当に?」
「……まあ、第二王子殿下次第だな」
ニコラスがラインハルト第二王子に視線を投げる。
第二王子はその視線を受けてしばらく考えていたが、最終的に長いため息をついた。
「いいだろう、ニューウェル卿。話を進めたまえ」
ニヤリと笑った自称不良学生は、アンジェリーナに話をするようなそぶりで、ラインハルト第二王子に聴こえるように今までの経緯を語った。




