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20 魔法の効果と術者と核と



 8回目の一ヶ月。


 アンジェリーナは初日から、学園に登校していた。

 あの不届きな黒い男と擦り合わせをすることがあるだろうと思ったからだ。


 それなのに、返ってきたのはこんな言葉だ。


「悪い、リーナ。俺はやることがあるから、しばらく一人で色々調べていてくれ」


 裏庭に来たアンジェリーナにそれだけ言うと、彼はさっさと行ってしまった。


(まあああ! なんなんですの、あれ!)


 相手にされなかったアンジェリーナは憤慨する。

 しかし、彼はそれから一週間、姿をほとんど見せなかったので、その怒りはニコラスには伝わらなかった。


(前回の一ヶ月であれだけわたくしを引っ掻き回しておいて……!)


 自分でもよく分からない苛立ちを胸に、アンジェリーナは相も変わらず第二王子達の隠し撮りを続ける。

 そして、空いた時間は、親友でクラスメートの公爵令嬢テレーザのところに入り浸っていた。

 第二王子達の相手をしながらの隠し撮りはそこそこ精神力を使うので、テレーザに癒しを求めたのである。



 その日も、アンジェリーナはテレーザと共に、学園のカフェスペースで自習をしていた。

 とはいえ、アンジェリーナはこの一ヶ月を経験するのは8回目。家族に閉じ込められた一回と、引きこもった一回、引きこもり後に魔女に殺された一回を除いても、4回は既に同じ内容を学んでいる。なので、宿題は余裕で終わらせた上で、学園の図書室で借りた魔法に関する本を読んでいた。今回の件を解決するにあたり、魔法の知識を得るに越したことはないからだ。


 ふと、テレーザの視線を感じて、アンジェリーナは顔を上げる。

 そこには、意味ありげな視線を送ってくる、ふわふわ亜麻色髪の公爵令嬢がいた。


「アンジーは最近どうしたの?」

「えっ」

「なんだかソワソワしている気がするわ。いいことがあったんでしょう」

「何もないわよ」

「いいえ、うそね。その目は恋をしている目だわ」

「!?」

 

 断定されて、アンジェリーナはギョッと目を剥く。


「何を言い出すのよ!」

「あら、自覚がないの?」

「自覚も実態もないわよ」

「相手はあの留学生よね」


 唖然とするアンジェリーナに、テレーザがクスクス笑う。


「アンジーったら、そんなに驚いた顔をするなんて」

「なんであの人なのよ!」

「だってアンジー、いつも彼のこと、目で追ってるわ。目を逸らされると寂しそうにしているし」


 ジワジワと赤くなるアンジェリーナ。


(そ、そ、そんなことあってはなりませんわ。あんな女たらしな人に、そんな!)


 アンジェリーナには婚約者がいるのだ。他の男に心を奪われるなんて、あってはならない。

 それに何より、彼は短期留学生だ。

 たった一ヶ月半程度の、本当に短い間しか、この国に滞在しない人……。


「アンジー本気なのね」

「なんのこと!?」

「そんな寂しそうな顔をして……彼、もうすぐ居なくなってしまうものね。関係を築くには、留学期間が短すぎるし」

「か、関係!?」

「アンジー、どうせあなた、今の婚約は解消でしょう? 彼と両想いになって隣国の公爵夫人になるのもいいじゃない」


 今まで考えもしなかったその内容に、アンジェリーナの思考が止まる。


(いえ、わたくし別に彼に惚れていませんし、彼だってわたくしで遊んでいるだけで、興味はなさそうですし。公爵家だって――)


 ――俺は家を捨てる予定だからな。


 彼の言葉が、アンジェリーナの頭をよぎる。


 ニコラスは、家を捨てると言っていた。

 貴族にとって、なにより嫡子にとって、それはどれほどのことだろうか。

 アンジェリーナには、兄のイアンがいる。万が一、兄イアンが侯爵家を継がずとも、弟のエリックが継ぐことになる。女であるアンジェリーナ自身がアンダーソン侯爵家を継ぐことはまずない。だから、想像でしかないが、何か余程の事情があるのではないだろうか。


 そうして思考の海に沈むアンジェリーナを見て、テレーザは(うれ)えた顔をする。


「アンジー。あなた相当悩んでいるのね」

「え?」

「そうだ、こういうときに良いおまじないを知っているのよ。ほら、これ」


 そう言って、テレーザはアンジェリーナの右手に、そっとテレーザの右手を乗せる。


 そして、テレーザの右手から、紫色の小さな魔法陣が展開された。


 アンジェリーナは目が飛び出るかと思った。


(ええええ!?)


「闇っ、や、闇魔法……っ!?」

「あら、よく知ってるわねアンジー。これ、騎士様達が戦闘前によくやってる、精神安定魔法なのよ。かけてもいい?」


 かけていいかと言われると良くない。

 闇魔法とか恐ろしすぎる。

 よくはないが、ここは一つ、チャレンジしておくべきところではないか。何かの手がかりになるかもしれない。


(どうせ時戻りをすれば全部無かったことになる訳ですし……女は度胸!)


「か、か、か、かけてもっ……よろしくってよ……」

「…………………………。そう?」


 震え掠れ、どんどん小さくなるアンジェリーナの返事に、テレーザは首を傾げながら頷く。


 ふわりと小さな紫色の魔法陣が消えると、アンジェリーナは急に気持ちが軽くなるのを感じた。


「えっ、すごい」

「でしょう? これ、一番出力の弱い精神魔法なんですってよ」

「誰かに教えてもらったの?」

「ええ。少し落ち込んでいた時にね、声をかけてくれて。それからわたしも、たまに使っているの」

「それって……」


「もしかして、アレですか?」


 急に降ってきた声に、アンジェリーナはビクリと肩を震わせ、背後をふり仰ぐ。


 そこにいたのは、近衛騎士の息子のマルセルと、宰相の息子のカルロスだった。

 この二人は、割と一緒にいるところを見かけることが多い。


「ご機嫌よう、テレーザ様、アンジェリーナ様」

「ご機嫌よう」


 二人から挨拶をされ、テレーザもアンジェリーナも挨拶を返す。


「せっかくお会いできたので、我々も同席してもいいですか?」

「いいですよ。ね、アンジー」

「そ、そうね。どうぞ……」


 流されるままに四人でカフェテーブルを囲むことになったアンジェリーナは、どうしてこうなったのかと内心頭を抱える。


 そんなアンジェリーナに気がつくことなく、マルセルはテレーザに話しかけた。


「それで、先ほどのはもしかして……」

「ええ、そうです。マルセル様に教えていただいた魔法ですわ」

「……魔法?」


 首を傾げるカルロスに、テレーザは先ほどの精神安定魔法について説明する。


「ああ、騎士達がたまに使っているアレですね」

「そうです。マルセル様が、近衛騎士をされているお父様から習ったものを、わたしに教えてくださったんですよ」

「なるほど。へえ、女性に優しくするなんて、マルセルも意外なところがあるじゃないか」

「意外とは失礼な。私はいつだって女性の味方です。ねえ、アンジェリーナ様」

「えっ!? あっ、ええ、そうね。マルセル様はいつだってお優しいわ」


 挙動不審なアンジェリーナに、三人は首を傾げる。


「アンジー。さっきの魔法、効果なかった?」

「え!? そんなことないわ、なんだか気持ちがスッキリしたわ!」

「そう? ならいいのだけど……」

「アンジェリーナ様は、何か気落ちされていらっしゃるのですか?」


 カルロスがアンジェリーナに気遣うような瞳を向けてくる。


(今はカルロス様と話をしたくないのに……わたくし、余計なことを見透かされてしまいそうですもの)


 勘のいいカルロスをどう凌ぐか、アンジェリーナは必死に言い訳を考える。


「ええと、そのその、最近弟のエリックがわたくしをあまり頼らなくなったので、姉として少し寂しくて……」

「ああ、アンジェリーナ様には5つ下の弟さんがいらっしゃるんでしたね」

「5つ下というと、13歳か。確かに、ちょっと背伸びをしたくなる年齢かもしれませんね」


 クスクス笑う男性陣に、アンジェリーナは口を尖らせる。


「そうは言いますけれどね、弟は身長だってわたくしより低いですし、まだまだ子どもなんですよ」

「身体の成長と心の成長は違いますからね」

「私がこの精神安定魔法を父から教わったのは13歳より前でしたね。年齢で子どもを扱いせず、騎士としての知識を教えてもらえたことがとても嬉しかったのを覚えています」


 そう言って微笑むマルセルに、アンジェリーナは決まりが悪くなり、そっと目を逸らす。


「そういえば、先ほどの精神安定魔法ですが。テレーザ様には既に伝えていますが、あまり使いすぎると効きが悪くなるので注意してくださいね」

「効きが悪くなる?」

「はい。多少ですが、耐性がついてしまうんですよ。とはいえ、効果がぼやける程度ですが」

「もしかして、魔法耐性のことか。そういえば、授業でもそんなことを言っていたな」

「カルロス様はよく覚えていらっしゃいますね。わたし、一年生の時に習ったきりの魔法の授業の知識なんて、だいぶ忘れてしまっていますわ。美容魔法とか、魅力的な内容はとてもハッキリ覚えているのですが」

「おや、既にこれだけお美しいのに、まだ高みを目指していらっしゃるのですか」

「もう。カルロス様ったらお口が上手でいらっしゃるんだから」


 少し頬を染めたテレーザがクスクス笑うので、その場の空気が軽くなる。

 そんな雰囲気の中、アンジェリーナは、おそるおそる口を開いた。


「何度も使うと耐性が……というのは、どの程度の頻度を指していらっしゃるんですか?」

「うん? そうですね……医療現場で、精神病患者に毎日複数回精神安定魔法をかけ続けていたら、どんどん効きが悪くなるので、適度に間隔をあけるようにしているというのはよく聞きますね」

「毎日、複数回」

「薬や麻薬と同じ理屈のようですね。体が慣れるには、やはり日常的な使用が必須なのでしょう」

「つまり、普通に必要な時にだけ使っていれば、大きな効果を実感するほどの耐性を得ることはないってことか」

「おそらくは。なので、試験前のようなここぞというときに使うのがいいんでしょうね」

「私は試験前は緊張しないので、使う機会がなさそうだな」

「全く、インテリは言うことが違いますね」


 呆れたようなマルセルの視線を、肩をすくめたカルロスが受け止める。

 アンジェリーナは、意を決してマルセルに尋ねた。


「マルセル様。魔法耐性をつける以外に、精神魔法の効きが悪くなる要素ってあるんでしょうか」

「耐性以外にですか?」

「耐性以外なら、普通に魔法を魔法で跳ね返すのが一番ではありませんか。魔法返しの魔道具を持っている、とか」

「……そうですね」


 考え込むマルセルに、なんでもないことのように答えてくるカルロス。

 そんな二人に、アンジェリーナは曖昧な笑みを浮かべる。


 3回目の時戻りの魔法陣は、アンジェリーナの持っていた光属性の護身魔道具を破壊してしまった。

 時戻りの魔法陣に対して有効な魔法返しの魔法や魔道具というのは、存在するのだろうか……。


「あとは、術者か術の核になっている者、とか?」

「……え?」


 マルセルの呟きに、アンジェリーナは目を見開く。


「アンジェリーナ様は火属性でしたか」

「えっ、ええ。そうですわ」

「これは、よく騎士の訓練現場で見る光景なのですが――例えば、遠くに置いた炎の魔石を中心に、アンジェリーナ様が魔法で炎を巻き起こします。すると、周りの物は燃えるけれども、術者のアンジェリーナ様と、術の核となった炎の魔石は燃えません」

「そうなんですの?」

「はい。これと同じことが、精神魔法にも言えるのかもしれません」


 顔を上げたマルセルが、アンジェリーナを見る。


「精神魔法をかけた者と、術を展開する核となった者。そういった位置の者であれば、耐性がなくとも、精神魔法の効果を受けずにすむのかもしれませんね」


 アンジェリーナは、彼の言葉に、血の気が引くのを感じた。



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