18 役立たずの叫び
「わたくしは役立たずですわー!」
淑女らしからぬ勢いでハンカチを噛み締め悔しがるアンジェリーナ。
場所は学園の裏庭、隣にいるのはやはりニコラスである。
「まあ期待してなかったから安心しろよ」
「期待してなかったの!?」
「リーナはこういう聞き取り、不得意そうだしな」
「期待くらいしなさいよ!」
「本当にリーナは期待外れだよ」
「……!!」
泣きそうな顔をするアンジェリーナに、ニコラスは失笑する。
「もうさ、一体どうして欲しいんだよ」
「普通に慰めて」
「侯爵令嬢の矜恃はどうした」
「わたくし、極限状態が続きすぎてもう限界なのよ」
「おお、意外と素直だな。確かに限界らしい」
ふむ、と考え込んだニコラスは、手の中に黒い物質を溜め込む。その黒い塊は、ぐるぐる回転したかと思うと、旗を持った妖精の女の子をかたどった。
妖精の女の子がフリフリと揺らしている旗には、『アンジェリーナちゃんがんばってー!』という文字が書いてある。
「かわ、かわっ、可愛いですわ!」
「魔力を固めて動かしてるだけだよ」
「ならわたくしにもできるかしら」
「やってみな」
アンジェリーナはふぬぬ、と力んだ。
右手の手の平の上が明るくなり、ぐるぐる蠢くような炎が生まれてくる。
そして、その炎は、ぐるぐるしているが、やっぱり炎のままだった。
「……ちょっと」
「満足したか?」
「固まらないんだけど」
「炎は固まらないだろうよ」
「もしかして、闇属性の魔力じゃないとできないの?」
ケラケラ笑い出したニコラスに、アンジェリーナはハンカチを引きちぎるほど憤慨した。
「もう! 最低! さいってい!」
「悪い悪い、悪かったよ、火属性のお嬢様。ところでさ」
「なによ!」
「リーナはどんなアクセサリーがいい?」
「え?」
「卒業パーティー」
目を丸くして固まったアンジェリーナに、ニコラスはなんでもないことのように雑誌を渡す。
「ほら、気に入ったのがありそうな店を選べよ」
「え?」
「卒業パーティー。エスコートするからには装飾品くらい贈るよ。時期的にドレスは間に合わないしな」
「え?」
「私は此度の留学の最後の視察で、貴国のプリムローズ学園にて行われる卒業パーティーに出席する予定です。第一王子夫妻と共に私の案内役を買って出てくださった侯爵令嬢アンジェリーナ様におかれましては、エスコートのお相手がいらっしゃらないとのこと。よろしければ、あなたをエスコートする栄誉を私にお与えくださいませんか」
急にかしこまった様子で手を差し伸べられて、アンジェリーナは頭が真っ白になる。
「な、な、なんで……」
「リーナはエスコート相手、いないんだろう?」
「だから、そうじゃなくて」
「リーナと一緒に入場したいから」
悪戯をするような顔でこっちを見て微笑んでいる目の前の黒い男に、アンジェリーナは反応できない。
(どどどどどうしてしまったのよわたくしは! こんなの、すぐ断って終わりでしょう!?)
はっきり断らないといけないのに、アンジェリーナはうまく言葉を紡ぐことができない。
それどころか、なんだかふわふわした気持ちになって、差し出された手に惹かれるように、自分の手を伸ばしてしまう。
そうして、その手に触れるか触れないかのところで、とある記憶が蘇った。
――決して食べるなよ。
――私にあなたをエスコートする栄誉をお与えくださいませんか。
「……だめよ」
「うん?」
「わたくし、婚約者がいるもの」
「知ってるよ。マリアンヌとパーティーに出るアイツだろう?」
「……それに、あなたと悪い噂がたっては困るの」
アンジェリーナは、自分の手を胸の前で握りしめ、うつむいてしまう。
婚約者がいるから、噂がたつと困る。
アンジェリーナはアッシュグレーの彼の誘いをずっと断ってきた。
そして何より、アンジェリーナには、マリアンヌに囚われている婚約者がいるのだ。
それなのに、ニコラスの手を取るなんてことは……。
「困らないさ。最終的にはそれが目的だ」
「え?」
ニヤリと笑うニコラスに、アンジェリーナは驚いて顔を上げる。
「申し訳ないけど、今回は捨て回だ」
「捨て……?」
「リーナはさ、この時戻りの魔術はなぜ起動していると思う?」
ポンポン飛んでいく話題に、アンジェリーナはついていくことができない。
「俺はさ、なーんかリーナに執着してる奴が絡んでると思うんだよな」
ニコラスが再び、手のひらの上に旗を持った妖精を作り出す。旗の文字は『アンジェリーナちゃん大好き!』と書かれていた。
「時戻りは俺が認識している限り、既に6回。リーナがパーティー会場にいなくても、死んで棺に入っていても、魔法陣は起動している」
「……そうね」
「リーナが偶然条件を満たしたと考えるには、起動時の環境が違いすぎる。誰かが意図的に、リーナを中心に魔法陣を起動させていると考えるのが自然だな」
ニコラスの手のひらの上の妖精が溶け、二人の小人が現れる。小人二人は、『アンジェリーナちゃんは僕のものだ!』という旗を掲げて、喧嘩をし始めた。
「だから、今回はその誰かを、思い切り煽ってやろう。協力するよな?」
ニヤリと意地悪く笑う目の前の男から、アンジェリーナはプイッと顔を背ける。
「……そういうことなら、仕方ないわね」
作戦でエスコートされるのであれば、仕方がない。
クハッと隣で笑っている声にも、早鐘のように打っている自分の心臓にも耳を塞いで、アンジェリーナはそう思った。




