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16 昼休み



「リーナはさ、魔女ってなんだか知ってるか?」



 深夜の来訪者があった翌日。

 アンジェリーナは、裏庭のベンチに、黒髪の留学生と共に座っていた。


 アンジェリーナの授業ノートに、『昼休みに飯を食い終わったら裏庭に来い』というメモが書かれていたので従ったところ、木の上から急にこの留学生が現れたのだ。

 心臓が止まるかと思った。


「ちょっと!」

「悪い悪い。定位置から降りるの忘れてた」

「なんで木の上が定位置なのよ!」

「この国の令嬢、怖いんだよな。昼になるとわんさか集まってくんの」

「あっそう……」


 なにやらモテまくりの様子の留学生を、アンジェリーナは妙につまらなく思って、横目でじとりと睨む。

 「ん? なんだリーナ、やきもちか?」と煽ってくるニコラスに、「そんな訳ないでしょう! だいたい、なんで勝手に愛称呼びしないでよ!」とプリプリしながら、アンジェリーナは彼と共にベンチに座った。


「こんな人気のないところで、二人きりでいるのは良くないと思うけれど」

「姿くらませの魔法を使ってるから、俺達の姿は見られてないし」

「……あなた何者なのよ」

「しがない公爵家の長男だよ。うちの国だとそこまで珍しくないんだけどなぁ」


 クハッと笑う彼に、アンジェリーナは不満そうな顔をする。


「だいたい、なんで、いつから今までの一ヶ月のこと、覚えてるのよ! 覚えてるのは……ずっと、わたくしだけだって……」

「ああ、不安だったんだな。そいつは長らく放置してて悪かった。俺は最初から覚えてたよ」

「……!」

「あの魔法陣。あれが、闇魔法の陣だってことは分かるか?」


 紫色に光る多重魔法陣。

 卒業パーティーのたびに、時を1ヶ月前に戻してしまう迷惑な代物。


 アンジェリーナは、それを思い出しつつ、こくりと頷く。

 紫色の光は、闇魔法発動時の代表的な特色だ。


「魔法や魔術に対しては、耐性をつけることができる。俺の魔法属性適性は闇だから、この手の魔法には耐性があるんだ」

「そうなの?」

「ああ。ちなみに、リーナの属性は?」

「火だけど……」

「なら、魔法を使い始めてから、少しばかり熱に強かったり、寒さに強かったりしないか」


 アンジェリーナは、自分がいつから魔法を使い始めたのか思い浮かべる。

 彼女は、8歳のときから王子妃教育の一環として、護身用に炎の魔法が使える程度には魔法を習い始めた。

 しかし……。


「8歳の時から使っていたけど、気温の寒暖差に強いくらいね」

「週一回の授業で使ってた程度だろ?」

「まあ、そうね」

「小さい頃から毎日長時間使っていれば、かなりの耐性がつく。こういうのは時期と量だからな。リーナもその頃から毎日長時間使っていれば、炎の中でも30分くらいは燃えずにいられたはずだ」

「……あなたの家では、幼少期から毎日そんなに魔法を使う教育をしていたの? ラマディエール王国の公爵家って大変ね」


 怪訝な顔をするアンジェリーナに、ニコラスは苦笑する。


「まあ俺のは別に、教育じゃないんだけど」

「?」

「とにかく、今回の時戻りは闇魔法によるものだ。俺は闇魔法耐性が強いから、記憶を失うことなく事態に気がついた。大人になってから闇魔法を使い出した連中も、あと数回、時戻りを繰り返せば気がつくんじゃないか」

「そう……」

「そして、そこに魔女が含まれるとは限らない」


 アンジェリーナは、急に出てきたワードにびくりと肩を跳ねさせる。

 蒼白な顔で冷や汗をかいているアンジェリーナに、ニコラスは目を丸くした。


「おいおい、過剰反応しすぎだろ」

「殺されてるんだからね!? 怖いのよ!」

「あー、まあなあ……。ところでリーナはさ、魔女ってなんだか知ってるか?」

「なんかすごい魔術使い」 


 ニコラスは爆笑した。

 アンジェリーナはプルプルした。


「わたくしはね! 真剣なのよ!」

「どっちかっていうと、冗談だって言ってくれよ……なんかすごいってなんだよ……」


 ひとしきり笑った黒い留学生は、悔しさからハンカチを噛んでいるホワイトブロンドの侯爵令嬢に向き直る。


「この国、魔法について本当に教えてないのな。なんか不自然だなぁ」

「いいから教えて」

「はいはい。魔女ってーのは、世界樹まで辿り着くことができる魔法使い、魔術使いの総称だ。男女どちらも含む」

「世界樹」

「世界樹の葉を食べると、多少なりとも寿命が伸びるそうだ。まあ、人間がエルフ程度まで長寿になるくらいか」


 エルフといえば、寿命1000年といわれる種族だ。100年も生きない人間からしたら相当な効果である。


 アンジェリーナは、あの夜のマリアンヌのことを思い浮かべる。

 マリアンヌは、同級生のはずのアンジェリーナを『お嬢さん』と呼んでいた。

 きっと彼女は、相当な歳上なのだろう。


「怪しげな魔法や魔術を使えることが条件じゃないんだ。前回、リーナは水の剣に刺されて死んだんだろう?」

「……ええ、そうだったわ」

「なら十中八九、あの女は《水の魔女》だ。殺しの時は得意魔法を使うだろうからな」

「つまり?」

「あの女は闇耐性を持ってない可能性が高い。《水の魔女》として、専門外の闇属性に足を突っ込む《魅了魔術》の霊薬を完成させたことは賞賛に値するが、さらに闇魔法《時戻り》にまで手を出すのは贅沢ってものだろう」


 アンジェリーナは、そのいやな予想を口にするか迷い、結局口に出すことにした。


「……《時戻り》に関して、他に犯人がいる?」

「そういうこと。話が早くて助かるよ」


 ニコラスはアンジェリーナを褒めたが、彼女は暗い気持ちでいっぱいだった。

 また、一から探さねばならないのか。

 この事態の要因を。

 犯人を……。


(もう頑張れませんわ無理ですわー!)


 アンジェリーナは半泣き状態である。


 そんな暗い気持ちを吹き飛ばしたのは、やはり隣にいる黒い男だった。


「まあ当てがないわけじゃないからな。次に行こうぜ、次」

「え!?」


(なにかに気づいてるんですの本当ですのー!?)


 曇り空だったアンジェリーナの心は、快晴に戻る。

 ぱぁああ! と明るんだ彼女の表情に、ニコラスは涙が出るほど笑った。


「だから! わたくしは! 真剣で!!」

「いや、本当に? 俺の腹筋の破壊工作じゃなくて?」

「そんなことしてどうするんですのよ!!」

「俺は知らねーよ! こんな百面相な貴族がいていいのかよ……く、苦しい……」


 笑い過ぎて咳き込んでいるニコラスが落ち着くまで、アンジェリーナはずっと「信じられない」「さいってい! 最低!」と憤慨していた。

 そして、笑いは去れども話は続く。


「正直さ、《時戻り》なんて俺も聞いたことがない。影響範囲も広すぎるしな。これだけの際どい魔法、一般市民にはまず実行できない。魔女か王家が関わってくるだろう」

「魔女の候補なんて絞れないわ……」

「魔女は自己顕示欲の強い奴が多い。ナワバリ意識も高い。そこに既に一人いるなら、近くに他の魔女がいることは少ない。マリアンヌ、あの女はおそらく魔女だ。あの女がいる限り、他の魔女がこの国にいる可能性は考えなくていいだろう」


 なるほど。

 それが本当だとすると、犯人候補の次と当たりは――。


「この国の王家……?」

「予想に過ぎないけどな。なんとなく当たってる気がするだろ?」


 頷くアンジェリーナ。


 どうりで、先ほどからニコラスがいやそうな顔をしているはずだ。

 留学先で、その国の王家絡みのいざこざに巻き込まれたい者なんているはずがない。


(なのに、どうしてこの人は、わたくしを助けてくれるの……?)


 アンジェリーナの疑問を置き去りに、ニコラスは話を進める。


「そこでリーナ。あんたの出番だ」

「わたくし?」

「未来の王子妃アンジェリーナ。俺なんかよりもむしろ、あんたが何か知ってるだろう」


 空色の瞳をパチパチ瞬く侯爵令嬢に、黒い留学生はニヤリと笑う。



「王家の秘宝とか、なにか知らないか?」



 ――もしかしたら、王家の秘宝や魔女の霊宝なら、そういうのもあるかもな。



 いつしかに、兄イアンに言われた言葉が、アンジェリーナの頭をよぎった。




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