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15 隣国からの留学生




 ――お前、全部覚えているな?



 聞かれた言葉が、頭の中を何回も往復する。


(まさか、そんな。いえ、でも、だめですわアンジェリーナ。そんなことを期待するなんて……)


「まあ、答えなんて聞かなくても分かってるんだけどな」

「なんのこと、ですの」

「お前を中心に、全てが繰り返されている」


 ニコラスの言葉に、アンジェリーナは空色の瞳をこれ以上ないほど見開く。


「何が目的だ。時を戻すのをやめろ」

「……時を、戻す」

「こんなものは繰り返していいものじゃない。これ以上は周りの人間への負担が――」


 滔々と語っていた彼の言葉が、急に止まった。

 アンジェリーナが、呆然としたまま動かなかったからだろう。

 警戒し鋭く細めていた目を緩め、アンジェリーナを見ている。


「おい、聞いてるか?」

「う」

「……う?」


 アンジェリーナは、ぼろぼろ涙をこぼし始めた。

 ニコラスはぎょっと目を剥いている。

 けれども、もう我慢できない。





「うぇええぇえええ〜〜〜〜〜ん!!!!」





 アンジェリーナは、声を上げて泣いた。

 そんな彼女に、今度はニコラスが呆然としている。


 しばらくして、ニコラスは諦めたようにため息をついた。

 手に持っていた黒いナイフをふわりと蒸発させるように消し、アンジェリーナにハンカチを差し出す。


「あのさ。少しは落ち着けよ」

「なんッ、どうじ……! わた゛っ、しらな……ッ!!」

「いや、何言ってるのか全然分かんねーぞ」

「うううう……なんっ、だっ、時間が……ひっく……うええぇえ」

「あー、分かった。分かったから落ち着け。息をしろ」

「うううううう」


 結局、アンジェリーナはニコラスが差し出したハンカチを握りしめたまま、号泣し始めてしまった。

 仕方がないとばかりにニコラスがアンジェリーナの頭を撫でると、さらに泣き方がひどくなってしまったものだからたまらない。


 ニコラスは仕方なく、アンジェリーナの手を引いてソファに座らせた。

 ちり紙を箱ごと取ってきてアンジェリーナに渡し、水差しからコップに水を注いでアンジェリーナに差し出す。


 泣いて泣いて、鼻を噛んで水を飲んで息をついたところで、アンジェリーナはニコラスに話しかけられた。


「少しは落ち着いたか?」

「……」

「いやもう落ち着いてくれよ。まったく、こっちはとんだとばっちりなんだからな」

「ごべんなさい……」


 目を真っ赤に腫らしてじゅびじゅびしているアンジェリーナに、ニコラスは呆れた顔をする。


「だいたいな、ナイフ突きつけられておいて、安心したみたいに号泣するなよ」

「……べつに」

「怖くて泣いた訳じゃないことくらい流石に分かるからな」

「だってその」

「その?」

「……前回、魔女に殺されたから……ニューウェル卿は、なんだかんだ普通の人間ぽいし……」

「……それはまた、結構な比較対象だな」


 目をぱちくり瞬くニコラスを、アンジェリーナは睨みつける。


「それで、あなたはなんなの」

「おいおい、質問できる立場かよ」

「ここはわたくしの家だもの。わたくしに乱暴したら、すぐに捕まるんだから」

「防音魔法を張ってるから、あんたの声は俺以外の誰にも届かないんだけど」

「……」


 アンジェリーナは目を見開く。

 真っ赤な顔をして、次いで、頬を膨らませてプルプル震えだした。


「乱暴……するの……」


 ニコラスは爆笑した。


「ちょっと!」

「いや、無理……ッ、なんだよそれ……っは…………」

「わ、笑わないで! もう!!」


 恥ずかしくて悔しくて、アンジェリーナはその場でわなわな震えていた。

 なんなら、バシバシ目の前のニコラスを叩いていた。


(なんなの、この人!!)


 こんなに笑わなくてもいいではないか。

 アンジェリーナは、こんなに必死なのに!

 腹が立って仕方がない!!


 アンジェリーナは、とてつもなく憤慨していた。

 そして、涙はすっかり止まっていた。




****




 7回目の1ヶ月の最中だったアンジェリーナは、今までの6回分、180日間の出来事を愚痴たっぷりにニコラスに語って聞かせた。


 途中のループで、美味しいものを食べ過ぎて太ったことだけは秘密にした。

 侯爵令嬢の沽券に関わる重要な秘密ごとである。


「ふーん。魔女ねえ」

「全部全部、マリアンヌが犯人だと思うの! だってそうでしょう、他に容疑者なんている?」

「まあ、そこそこな」

「ええええ」


 驚くアンジェリーナに、ニコラスはあごに手を当てたまま、ふむ、と頷く。


「色々と俺の考えを話す前に、まず前回の――6回目の1ヶ月のことなんだけどさ」

「なによ」

「あんたの婚約者。ラインハルト=ザルツ=ライトフットは自殺したよ」


 軽く言われたその内容に、アンジェリーナは震える。


 前回というと、アンジェリーナに飴玉を渡してくれたラインハルト第二王子だ。

 彼が、まさか。


「なんで……っ」

「本当のところは俺にも分からないさ。けどさ、あんたの話を聞いてようやく合点がいったよ。後悔したんだろ」

「後悔?」

「あんたが死んだからだ、アンジェリーナ」


 チラリと見てくるニコラスに、アンジェリーナは顔をこわばらせる。


「わたくしが、なに……」

「前回のループで、あんたは死んだ。自宅の自室で、剣で一突きされた死体で発見されたよ。獲物は見つからなかったが、まあ魔法の剣じゃなあ。卒業パーティーの二週間前のことだ。犯人は見つかっていない。侯爵家の面々は荒れていたな」


 アンジェリーナはニコラスに、前回の死亡のタイミングまで伝えてはいなかった。

 しかし、ニコラスは卒業式二週間前のことだと断定した。そしてそれは正解している。本当に、ニコラスには今までのループした1ヶ月の記憶があるのだろう。


「それで、あんたの告別式が終わって、数日後。卒業式の一週間前だな。ラインハルト第二王子が亡くなった」

「本当に、自分で?」

「そうだ。自室で首を吊っていた。遺書も見つかったよ」

「……遺書には、なんて」

「……」

「ニューウェル卿」


 アンジェリーナは、胸の前で自分の手をにぎりしめる。

 震える彼女の手を横目に、ニコラスはため息をついた。


「……『もう届かない君へ。全て私のせいだ。本当にすまなかった』」


 ぽろぽろと涙をこぼすアンジェリーナに、ニコラスは「ハンカチは一枚しかねーぞ」と言いながら、アンジェリーナの部屋に元々あったちり紙の箱を差し出した。

 アンジェリーナは遠慮なくその箱を受け取り、涙を拭く。


「それで、卒業パーティーの日。あんたの遺体を中心に、あの魔法陣が起動した」

「あの魔法陣?」

「時戻りの魔法陣だ。何度も見ただろう」

「そうね」


 ニコラスは、アンジェリーナを見る。

 何かと思い、アンジェリーナは、こてんと首を傾げて言葉を待った。


 そうすると、ニコラスがうっと狼狽えたように眉を寄せ、アンジェリーナをまじまじと見て、言った。


「……あんたそれ、わざとやってんのか」

「え?」

「いや、別になんでもない」


 ふい、と目を逸らされて、アンジェリーナは疑問でいっぱいになる。

 そんなアンジェリーナを無視して、ニコラスは続けた。


「あの魔法陣は、いままでずっとあんたを中心に展開されていた。俺はともかく、あんたが例え国外に逃げようとも、あんたはこの時戻りの魔法からは逃げられないだろうな」

「ええっ!?」

「……いや、そんな、当然だろう。あんたが中心人物だ。……まさか、国外に逃げるつもりだったのか?」


 ニコラスの言葉に、アンジェリーナは首から上を真っ赤にしたあと、ぷい、とそっぽを向く。

 なんなのだ。国外に出たら助かるんじゃないかと思いついた矢先に、そんなふうに馬鹿にしなくてもいいではないか!


「あんた、考えてるんだか考えてないんだか、よく分かんないよなあ」

「う、うるさいですわよ! わたくし、これでも学園の成績はトップ10には入るんですからね! 賢いんです!」

「へー、そりゃあすごいな」

「ちょっと、すごいと思ってないでしょう!」

「ハハハ」

「もう、笑わないで!」


 ぽかぽか叩いてくるアンジェリーナに、ニコラスはクハッと笑った。


「うん、もう元気だな」

「え?」


 ぽん、と頭を撫でられて、アンジェリーナはカッと顔に熱を集めてしまう。


「からかわないでよ!」

「からかってないさ。心配はしたけどな。ところで、時戻りの魔法の話だが」

「えっ!? あ、ええ、なによ、時戻りがどうしたの!」

「……うん? 侯爵令嬢っていうのは、こんなにもチョロいのか?」

「ニューウェル卿!」


 けらけら笑うニコラスに、アンジェリーナは動揺していた。


 こんなふうに無遠慮にアンジェリーナを揺さぶる存在は、今まで周りにいなかった。

 だから、どう対応したらいいのか、箱入り令嬢アンジェリーナにはさっぱり分からない。

 アンジェリーナは、目の前の男に完全に弄ばれていた。


「うん、決めた。俺はあんたの味方をしよう」

「えっ」

「あんたを、この時戻りのループから連れ出してやる」


 目を白黒させるアンジェリーナに、ニコラスは笑う。


「今日はもう遅いから、この辺で切り上げるか」

「ま、待って! まだ沢山、聞きたいことが……」


 立ち上がったニコラスを追いかけようと、アンジェリーナは立ち上がる。

 しかし、泣き喚いた疲労からか、足がもつれてしまい、ニコラスの胸の中に飛び込むだけの結果となった。

 アンジェリーナを受け止めたニコラスは、彼女を見ながら困ったように笑っている。


「うーん、これってマリアンヌが第二王子にやってるの見たことあるんだけど。令嬢間で流行ってるテクニックなのか?」

「違いますわよ!!!」

「ハハハ、分かってるよ。疲れてるみたいだから寝た方がいいんじゃないか」


 そう言うと、ニコラスはひょい、とアンジェリーナを横抱きにする。


「ええ!? な、何!? ちょっと!」

「ほら、子どもは寝る時間だ」

「わたくしもう大人ですわ!」

「大人が『うぇーん』て……」

「きぃいいい!!!」


 爆笑しながらアンジェリーナを寝台に下ろすニコラスに、彼女は怒髪天である。


「今日は大人しく寝ろよ。それで、明日からは学園に来い」

「偉そうにしないで!」

「マリアンヌは時戻りに気がついていない。ループ中、何回かカマをかけて確認したから、おそらく大丈夫だ」

「えっ」

「じゃあな、リーナ」

「……ッ!?」


 ニコラスはふわりとアンジェリーナの頭を撫でると、ニヤリと笑う。


「また来る」


 それだけ言うと、ニコラスはするっと姿を消してしまった。


 その後、少しだけ扉が開いて、パタンと閉まった。

 おそらく、彼が部屋を出ていったのだろう。


 アンジェリーナは、ドクドクと主張の激しい胸の鼓動を抑えることができなくて、涙目で扉を見ていた。


(一体、今日はなにが起こったんですの……)


 ニコラス=ニューウェル。

 隣国からの留学生。

 何度か複数人で学園内や王都を案内したけれども、まさかこんな人だとは思わなかった。


 彼は初めて現れたこのループ問題を共有できる相手で、敵か味方かも分からないうちに、アンジェリーナの信用をもぎ取っていってしまった……。


「しっかりして。しっかりするのよ、アンジェリーナ。ちゃんと警戒して……そう、むしろあんな人、利用してやるんだから……」


 胸に迫ってくるのは、これではいけないという妙な危機感。


 けれども結局、その夜は彼のことで頭がいっぱいで、ろくに睡眠をとることができなかったのだった……。




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