14 来訪者
7回目の1ヶ月。
アンジェリーナは、震えおののき、再び引きこもり生活を営んでいた。
(何故ですの、何故マリアンヌはわたくしを始末しに現れませんの、どういうことですの……)
何故、時戻りが起こったのだろうか。
アンジェリーナが死んだ後、第二王子はどうなったのだろうか。
マリアンヌはどういうつもりなのか。
今回の時間軸において、マリアンヌは、アンジェリーナが彼女の正体を知っていることを覚えているのだろうか。
……覚えているのかどうか、確認した方が、いいのだろうか。
(いやよいやよ、怖いいいい)
ぶるぶる震えながら、アンジェリーナは毎日を寝台の上で過ごした。
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日がな毎日寝台の上で過ごすアンジェリーナ。
筋力は落ちたと思う。
今回は、美味しいものも喉をとおらなかった。
死の恐怖に怯えるアンジェリーナには、美味しいものを食べる――要するに楽しく生きることへの興味が湧かなかったのだ。
家族は心配していたが、アンジェリーナは震えるだけで、何も言わなかった。
カルロスとテレーザも見舞いに来たが、アンジェリーナはいつものごとく面会しなかった。
とてもクラスメートと会う気にはならなかった。
(このままではいられないことは分かっています。分かっているけれどもいまは無理なんですの限界なんですの放っておいてほしいんですの)
完全にマリアンヌがトラウマになってしまったアンジェリーナは、彼女の顔を見るのが怖くて仕方がなかった。
誰かにそのことを吐露したいけれども、それをすることもできない。
アンジェリーナは、自分の中の恐怖を消化するために、引きこもることを選択した。
その間に、誰かが何らかの方法で時戻りの魔法を解除してくれていればよし。
解除されていなければ、またそのうち元気が出た時に考えることにする。
(ハッ、そうですわ。いっそのこと、国外へ逃亡してしまえばいいのではないかしら)
それはとてつもなくいい案に思えた。
卒業式前に何を言ってるんだと思われそうなので、家族に頼むことはできない。
しかし、アンジェリーナのへそくりをつかって、1ヶ月間、姿をくらますことは可能なのではないか?
慎重にことを進めなければならないけれども、できないことではない。
なんなら、距離を取ることによって、時戻りの魔法の効果範囲から抜け出すことも可能なのではなかろうか!
いい案(?)を思いついて、アンジェリーナの気持ちは少し回復した。
そうとなれば、明日から試みてもいいかもしれない。
今日はもう夜も更けているし、時間は悲しいことにいくらでもあるのだし、水でも飲んで落ち着こう……。
そう思ったアンジェリーナは、自室を出ようと扉に手をかけ、ゆっくりと開く。
――突然、黒い影が扉の向こう側から飛び出してきて、アンジェリーナを拘束した。
「むがッ、むーッ!?」
「黙れ、静かにしろ」
アンジェリーナは拘束されたまま室内に連れ戻され、扉は無情にも閉まってしまう。
一瞬、壁が紫色に光った後、アンジェリーナは後ろ手に両手を拘束されたまま、壁に押し付けられた。
アンジェリーナは顔を横に背けて、彼女を壁に押さえつけている背後の人物を見ようとする。
「な、な、なに……っ」
「防音魔法を張った。この部屋の声は、外には聞こえない。怪我をしたくなかったら、大人しく質問に答えろ」
「し、質問!?」
「何が目的だ」
首元に、黒いナイフのようなものを突きつけられていることを察知し、アンジェリーナは息を呑む。
「――お前、全部覚えているな?」
そう告げた、黒い影。
漆黒の髪に、澄んだ紫色の瞳の彼を、アンジェリーナは知っていた。
過去、卒業パーティーのたびに、アンジェリーナを助けようと立ちはだかってくれた人。
ニコラス=ニューウェル。
隣国の公爵家の長男であり、短期留学生の彼が、そこにはいたのだった。




