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13 真実に近づくことの危険性

(流血注意)



 アンジェリーナは自室で、飴を握った手を空に向かって突き出し、震えていた。



「侯爵令嬢アンジェリーナやりましたわぁああああ!」



 これは、ここまでのループの中で一番成果の出ている時間軸なのではないだろうか。


 なにしろ、男爵令嬢マリアンヌが、第二王子を魅了魔法で操っている証拠を手に入れたのだから!!



 とりあえず、自分の中のモチベーションを上げるために、アンジェリーナは全力で喜んだ。


 途中で「アンジー、何か良いことでもあったのかい……?」と両親や兄弟が様子を見に来たが、それにも構わずアンジェリーナは喜んでいた。「うふぁー!」「わたくしすごいですわぁあー!」と喜びの雄叫びを上げていた。

 ベッドの上で飛び跳ね、「淑女らしくない!」「ベッドのスプリングが!」と侍女のナサリーにコテンパンに叱られたが、それでもアンジェリーナはニコニコ笑っていた。




 そして冷静になった、深夜。


(はて。わたくしはこれを一体、どうしたらいいのかしら……)


 とりあえず、この飴玉自体を調べることから始めるか。


 そう思ったアンジェリーナは、まずは飴の包み紙を開いてみた。


 濃淡のある紫色の煌めきを持つ丸い飴玉が、ころりと包み紙の中で転がっていた。


「うっわ、紫色……」


 闇魔法の象徴、精神魔法系ならこの色!

 あからさまに怪しい飴玉に、アンジェリーナは既にドン引きである。


 さて、この飴玉をここからどうするか。


(まずは魔法試験紙……)


 アンジェリーナはまず、貴族なら誰でも入手できる魔法試験紙で検査を行なってみることにした。

 第二王子が指輪で検査してくれたが、念のため別の方法も試すことにしたのだ。


(そもそもわたくし、あの指輪の仕組み、全く分からないですし)


 アンジェリーナは一つしかない飴玉をほんの少しだけ削り、そのかけらを魔法試験紙に触れさせてみる。


 ……何も起こらない。


 飴玉をほんの少しだけ削り、水に溶かす。

 その水溶液に、魔法試験紙を触れさせてみる。


 ……何も起こらない。


 なるほど、飴玉そのものの状態では、なんの反応もないようだ。


(けれども、ラインハルト殿下が差し出してきたんですもの。きっと何かがあるはず……)


 アンジェリーナに魔法の知識は少ない。

 けれども、魔法の登場する物語は沢山読んできた。

 今こそ、アンジェリーナの妄想力と発想力を発揮するときではなかろうか。


(貴族令嬢の魔法小説好きを舐めてはいけませんことよー!!)


 妄想令嬢アンジェリーナによると、こういう魅了魔法は、術者と対象者の体液を混ぜるのが常套手段のはずだ。

 体液を要するとなると、魔法ではなく魔術か。

 とにかく、誰が誰に、という特定性を確保するために、術者と対象者の何かを必要とするはずなのだ。


 確か、アンジェリーナの大好きな乙女向け小説では、紅茶に術者の唾液と秘薬を入れて対象者に飲ませたり、口移しで無理やり丸薬を食べさせたり……。


(きゃーきゃー!! だめですわ破廉恥ですわー!!!)


 急に恥ずかしくなったアンジェリーナは、寝台の上でゴロゴロと転げ回る。

 しばしゴロゴロした後、落ち着きを取り戻したアンジェリーナは、賢者のような顔で寝台から抜け出し、改めて机に着く。

 自慢のホワイトブロンドの髪の毛をボサボサにしたまま、彼女は再び、飴玉と向き合った。


 そして、再度思考に耽る。


(今回は、術者のマリアンヌが甘味を作り、その甘味を食べさせられた対象者が魅了魔術にかかっていますわ。マリアンヌの体液(?)は既に甘味に混入されているとみましょう。その上で、対象者の体液に反応するとか、生命体の中に入ると発動するとかかしら……?)


 しかし、そうなるとどうやって実験したらいいのだろうか。


 生命体の中に入れる――要するに、食べれば分かりやすいのだろうが……。


(わたくしが食べるのはありえませんわ。わたくしがマリアンヌ狂に堕ちたら、全てが終わりですわ)


 第二王子は飴玉を渡す際、アンジェリーナに何も言わなかった。

 おそらく、言えないというのが本当のところだろう。

 何か彼の行動に制限をかけるような効果の魔法か魔術が、彼にかけられている。

 そして、唯一そのことに気がついているアンジェリーナまで同じ状態に陥ったら、事態の解決はまた遠いものとなってしまう。


(動物に食べてもらう? いえ、発動したかどうかも分からなくなりそうですわ)


 マリアンヌに魅了されたかどうか判別しづらい生き物が魔術にかかっても意味がないのだ。

 はっきりと、魔術が発動していると分かる状態が認識できなければ困る。

 かといって、危険だと分かっているのに、他の人間にこれを食べさせる訳にはいかない。


(どうしましょう……)


 正直、アンジェリーナは、このまま飴玉を王宮魔術師などの識者に手渡してしまうことも考えた。


 しかし、このままではただの飴玉として処理されてしまう可能性が高い。

 魔法検査を突破する魔道具など、一般的には存在を認識されていないからだ。


 それに、万が一、第二王子の陥っているこの事態が第一王子派の手によるものだった場合、王宮魔術師に飴玉を渡しても握りつぶされてしまうだろう。それだけでなく、アンジェリーナ自身が闇に葬られたり、権力を使って濡れ衣を着せられるかもしれない。


 とにかく、飴玉を王宮魔術師と市井の魔術師に渡し、王宮魔術師には握りつぶされアンジェリーナは失踪、市井の魔術師は解明できなかった……という結果では困るのだ。


(やはり、発動条件が分かった状態で、複数の識者に渡したいですわね。王宮魔術師、学校の魔術科目の教師、それから市井の魔術師。あとは、お父様達の協力を得なければ……)


 時戻りのことは伏せた上で、魅了魔術が発動した状態の飴玉を見せれば、さしもの両親も事態を認識し、解決に向けて協力してくれるだろう。

 けれども、最初に相談するのはリスキーだ。病気を疑われて閉じ込められるかもしれないし。


 飴玉を渡す順番は、市井の魔術師、学校の教師、王宮魔術師、それから両親。


 しかし、その前に、アンジェリーナはとにかく、この飴玉について解明しなければならない。


(そうだわ! 飴玉が発動したかどうかを確認すれば良いのだから、わたくしの……だ、唾液を、飴クズに垂らしてみればいいんじゃないかしら。体内に取り込まなければ、魔法の影響はわたくし本体に及ばないでしょうし……)


 なんだかそれは、とても良い案のように思えた。


 ウキウキしながら、アンジェリーナはスプーンに唾液を溜め、そのスプーンから、少しだけ削った飴クズに、唾液を垂らした。





 それが、間違いだった。





 凄まじい勢いで紫の光を放つそれに、アンジェリーナは自分が間違いを犯したことを知った。




 けれども、もう遅い。




(いえ、まだ遅くないですわ。この飴クズを消滅させてしまえば――)







「――やはり、お前だったの」






 背後、耳元から聞こえるその声に、アンジェリーナは身体中が氷で差し抜かれたような恐怖を感じる。


 まずい。


 これは、本当に良くない。


「あ、――」

「殿下もいけない人だわぁ……殿下の愛しいマリアンヌが作った飴玉を、無くすだなんてぇ……」


 振り返ったそこにいるのは、よく見知っている人物だった。

 マリアンヌ=マーブル男爵令嬢。

 ストロベリーブロンドの髪に、長いまつ毛に縁取られた海色の瞳は、いつもと違い、知性と魔性に溢れている。


 ――これは、危険だ。


 理性がそう叫ぶけれども、体は真逆の反応を示していた。


 体が火照る。

 奥から熱くて、今にも崩れ落ちそうだ。

 マリアンヌが愛しくて、その足元に跪きそうになる。

 そして、あの飴玉に近づくと、その効果が強まるのが分かる。


「何が目的ですの!」

「おや。術者(わたし)を目の前にして、まだ理性を保っているのね……。体外での発動であっても、わたしの霊薬は相当効いているはずなんだけれど……」

「答えて!」


 立っているだけで精一杯のアンジェリーナは、脂汗をかきながら、必死にマリアンヌを睨みつける。


「んんんん? それをわたしに聞いてしまうのかしら、お嬢さん」

「ラインハルト殿下に――この国に、何の恨みがありますの!」

「ふふふ。震えているのに、健気に立ち向かって……可愛いこと」


 クスクス笑うマリアンヌに、アンジェリーナはもう声を出すこともできない。

 身のうちに荒れ狂う衝動を抑えるだけで必死だった。


「侯爵令嬢アンジェリーナ。貴族令嬢の見本のようなお嬢さん。わたしは今のこの国のあり方が大嫌いなのよ」

「……な、ん……」

()()()()は、悪くないんだけれどもね。悪いのは……」


 カツカツと靴音を鳴らしながら、マリアンヌはアンジェリーナに近づいてくる。

 朦朧としているアンジェリーナの横に、マリアンヌは立った。


「お前とは長い付き合いになると思っていたのだけれど、残念だわ」


 マリアンヌの手が、アンジェリーナに向かって差し出される。




 その瞬間、アンジェリーナは手を振り払った。




 振り払うと同時に、アンジェリーナの手から炎が飛び出す。

 マリアンヌは、ひょい、とそれを避けて、クスクスと笑った。


「炎の魔法ねえ。このわたしに魔法合戦を挑むと? 勇気が――」


 マリアンヌは、最後まで言い切らなかった。

 アンジェリーナの目的が、他にあることに気が付いたからだ。


 マリアンヌが避けたアンジェリーナの魔法の炎は、アンジェリーナの体液を吸った飴クズを燃やしていた。


「あらあら、小賢しいこと」


 すう、とマリアンヌが手を引くそぶりをすると、飴クズを燃やしていた机の上の炎が消え去る。


 そしてマリアンヌが振り返ったとき、そこにアンジェリーナはいなかった。


「おやまあ。やるわね、あの娘」


 そう言うと、マリアンヌは何もない空間に手を差し伸べ、布のようなものを剥ぎ取る。


 そうすると、何もない空間から、アンジェリーナが現れた。


「とでも、言うと思ったのかしら」

「……!」

「よく作ってあるわ、この隠蔽魔道具。侯爵家特注の護身具なのね」


 鈍い音がして、アンジェリーナは動けなくなった。


(なに、が……)


 普通に息をしていただけのはずなのに、それを邪魔するものがあって、カハッとアンジェリーナは咳き込む。

 生ぬるいものを吐き出してしまったと思い、自分の手をみると、そこは真っ赤に染まっている。

 自分の腹に、水でできた剣が刺さっていると気がつくまで、さほど時間はかからなかった。

 そのまま、アンジェリーナは床に倒れ込んだ。



「ごめんなさいね。あなたに恨みがある訳ではないのよ」



 気遣うような声が、アンジェリーナの耳に降ってくる。

 けれども、アンジェリーナは呆然とするばかりで、自分のことで精一杯だった。


(……これで、終わりなの? わたくし、そんな、まだ、なにも……まだ、若いのに…………)


 この傷では、もうだめだ。

 自分でも、もう終わりなのだと分かってしまった。

 隣国……あの人の出身国にいると聞く聖女であれば――世界で一人だけ治癒魔法を使うことができる彼女ならば治せるかもしれないが、今のアンジェリーナには、決して手が届かない。


 時戻りの魔法は発動するのだろうか。


(わたくしが死んだら、魔女にとって都合が良いはず。時戻りはきっと、起こらない……)


 絶望が心を支配していく中、アンジェリーナは、ポロリと一筋、涙をこぼす。




「きっとあの子が怒るわね……面倒なことだわ…………」




 最後に聞こえたのは、そんな魔女の言葉だった。




 そうして、アンジェリーナは死んだ。





****





「そして主人公交代ってことですわよね本当もう無理ですわたくし可哀想すぎっていうかめっちゃ痛いですわ死ぬ死ぬもういやあああああーーーーー!!!!」



 自室の寝台の上。


 混乱するアンジェリーナが聞いたのは、そんな自分自身の叫びだった。



 がばちょと起き上がったアンジェリーナが認識したのは、自分が寝台の上にいること、脂汗で寝巻きがしっとりしていること、なぜだか自分が平和な朝を迎えているという事実。


「お嬢様、どうなさいましたか!?」


 部屋に飛び込んできた侍女のナサリーに、アンジェリーナは叫んだ。


「ナサリィいいいいい!!!!」

「は、はいッ!?」

「今は何年何月何日何時何分何秒なの!?」

「ライトフット歴497年2月10日午前6時23分32秒ですわ!」

「よく秒数まで分かったわね!?」

「秒数はでたらめです!」

「主人には真実を答えなさいよ!!」

「答えた方が安心しましたでしょう!?」


 ハアハア息を切らしているアンジェリーナに、ナサリーはさらりと言ってのける。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 水差しからコップに水を入れて差し出してくるナサリーに、アンジェリーナはありがたく礼を言って、コップの水をゴッキュゴッキュ飲み干す。


「お嬢様」

「ナサリー」

「はい」

「わたくし、今日は学園を休むわ」

「それがよろしいかと存じます」

「もう寝るわ」

「それでは失礼いたします」


 侍女ナサリーの退室を見守った後、アンジェリーナはバフっと寝台に倒れ込んだ。


 1ヶ月前に、戻っている。


 死んだのに。


 確かに、死んだのに!!!



「……怖かったよぉおおおおお〜〜〜!」



 アンジェリーナはその日一日、寝台にへばりついて泣いて過ごした。






【獲得情報】

アンジェリーナが死んでも、時戻りの魔法は止まらない。

マリアンヌは第二王子に対して、魅了魔術を使っている。



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