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12 甘味



 アンジェリーナはそれから、カルロスにも念のため、マリアンヌの甘味について聞いてみた。


「おや。アンジェリーナ様は、あの甘味に魅了の魔法でもかけられていると疑っていらっしゃるのでしょうか?」


 クスクス笑いながらそう言われてしまい、アンジェリーナは内心真っ青である。


(だから、そういうの怖いです。カルロス様、いつも怖すぎですわ〜!)


 全てを見通したかのように話をするこの宰相の息子が、実はアンジェリーナは苦手だった。

 感心するより、恐怖を感じてしまうのだ。


「殿下はいつでも、左小指に嵌めていらっしゃる指輪で検査をしてから物を口にしていらっしゃる。あの甘味に怪しいところはないと思いますよ」

「……違います、甘味を疑ってなどいません。……美味しい甘味が、殿方の心を掴むことがあると聞いたので、彼女の作るものはそんなに美味しいのかと思いまして……」


 困った顔で俯くアンジェリーナに、カルロスは軽く目を見開いた後、ため息をついた。


「あなたはまだ、殿下のことを諦めていないのですね」

「……」


 とりあえずそういうことにしてみよう。

 そう思い、アンジェリーナは黙っていた。


「実は私も、彼女の甘味は口にしたことがないのです。だから、美味しいのかどうかは分からないんですよ」

「そうなのですか? カルロス様も、マーブル男爵令嬢に食べるよう勧められたのでは?」


 こてんと首を傾げるアンジェリーナから、カルロスは目を逸らす。

 口元を手で抑えながら、「くッ、可愛い……」「なんだ、わざとやっているのか!」と呟くカルロスの声は、アンジェリーナには届いていない。

 むしろ、アンジェリーナはそんなカルロスを見て、(怪しい……)と思っている。

 アンジェリーナは必死すぎて、視界が狭まっているのだ。


「カルロス様?」

「私は、あまり女性からの贈り物を受け取らないようにしているのです。揉め事になることが多いので」

「ああ、なるほど……」


 カルロスのブルーグレーの瞳と、ふさふさのまつ毛を見ながら、アンジェリーナは納得する。

 カルロスは格好良い。ハンサムである。知的な色気のある彼は、学園入学前から、令嬢達に見つかるや否や、いつも囲まれてしまっていた。

 贈り物関係でも苦労したことは多々あるだろう。もしかしたら、何かが混入された甘味を受け取ったことがあるのかもしれない。


 納得している様子のアンジェリーナに、カルロスは謝罪する。


「お力になれず申し訳ありません」

「いえ。お時間をありがとうございました」

「ちなみに、アンジェリーナ様からの贈り物でしたら、いつでも大歓迎ですよ」

「あら、揉め事になりませんの?」


 上目遣いでカルロスを見上げると、カルロスは少し頬を染めた後、ふわりと微笑んだ。


「あなたに関することなら、多少の揉め事ぐらい、いなしてみせます」


 カルロスとの話が終わり、アンジェリーナはため息をついた。


 カルロスはいつだってアンジェリーナに優しい。

 そして、その奥に、アンジェリーナに対する好意があることに、アンジェリーナは多少ではあるが気がついていた。


(でも怖いんですの〜〜〜!!)


 いまいちアンジェリーナはカルロスに心を許せていない。

 しかしカルロスは、アンジェリーナが怖がっていることまで分かった上で、彼女を気に入っている様子なのだ。


(絶対本当はもっと怖い男だと思いますの。わたくしの本能がそう告げていますわ!)


 とりあえず、カルロスについて考えるのはこの辺りで中止だ。


 まずはやるべきことがある。


(とにかく、甘味を入手しないとお話になりませんわね!)


 アンジェリーナはあの甘味を入手に向けて動きだしたのだった。



****



(くぅううマリアンヌ〜〜〜〜! あの方達、なんってマナーが良いんですの!?)


 アンジェリーナは早くも心折れかけていた。


 アンジェリーナは、三日ほど、彼らを付け回っていた。

 食べクズや食べ残しを狙って、彼らのいく先々について回ったのだ。


(クッキーを……その一欠片でかまいませんの……あああ全部食べちゃった……)


 なんということだろう、今のアンジェリーナの心はまさに物乞い!


 実は、第二王子もマリアンヌも取り巻き達も、ものすごく清掃マナーが良かったのだ。

 物を食べるときはちゃんとどこかに座り、丁寧に口に運び、またはマリアンヌの手で口まで運び、丸っと一口で口の中に入れてしまう。

 たまにクッキーの食べこぼしが落ちたり、カップケーキの屑が落ちたりしても、マリアンヌが「あらあら」と言いながら、自前のホウキ(どこに持っていたんですの!?)でサクサク掃いて、ゴミを持ち帰ってしまう。

 なんならそのまま周りのゴミ掃除までするものだから、「君達はマナーが良いねぇ」と清掃のおじさまおばさま達から高評価を得ていた。


(婚約者を放ってイチャイチャベタベタするなんてマナーが良くないわ! お外で甘味を食べるのもマナーが良くないわ! なのにマナーが良いなんてなんなんですの! もっとオラオラで周りを汚しながら過ごしなさいよ!)


 理不尽な怒りを感じながら、物乞いアンジェリーナは必死に隙を窺う。


(どうしたらいいんですの……。マリアンヌがいないときに、男性陣が一人になったところを話しかけてみる……?)


「何をしているんだ?」

「ふぁああッ!?」


 振り向くと、そこにはなんと、ラインハルト第二王子がいた。

 校舎の影からマリアンヌと取り巻き達を遠目にこっそり見ていたアンジェリーナの周りには、誰もいない。

 奇しくも、校舎裏で婚約者と二人きりになってしまった。


「心臓が止まるかと思いましたわ!」

「そのまま止まれば良かったのだが」

「そこまで言います!?」


 侯爵令嬢らしからぬ悲鳴を上げたアンジェリーナは全然冷静ではなかった。

 しかし、それ以上に冷静でない返答が返ってきて、アンジェリーナは逆に冷静になる。


「……婚約者に対する発言とは思えませんわね」

「君が私達に嫌がらせをするからだろう」

「ですから、そんなことはしていませんと……」


 ふと、ラインハルト第二王子の持っているものに視線を奪われる。


(飴!!!! ちょおおお、この人飴持ってますわ!!!!! 多分マリアンヌ製のやつぅうう)


 手元の飴を凝視するアンジェリーナに、第二王子は心底嬉しそうに微笑む。


「これが気になるのか? これはマリアンヌがくれた飴なんだ。彼女は毎日、私のためにこういった差し入れをしてくれる女神のような存在なんだ」

「そうですの」

「いつもは彼女の手で食べさせてもらっているんだがな。今日は彼女に飴をもらったところで、教師が彼女を呼びに来たんだ。だから珍しく私がこの飴を持っている」


 聞いてもいないのに説明してくる第二王子。

 今までのアンジェリーナだったら、(不要な惚気をぉ!!)と思って聞き流していただろう。


 けれども今のアンジェリーナは違う。


「そうですか。とても色艶形のいい飴ですわね。わたくしも彼女を見習って殿下に差し入れをしたいのですが……見本に一ついただくことはできませんか」


 真っ直ぐに第二王子を見つめるアンジェリーナ。

 そうして第二王子を見ていると、彼は驚いたようにアンジェリーナを見返してきた。


 そして――一瞬、泣きそうな顔をしたように見えた。


(殿下……?)


「いいだろう。一つだけこの私が恵んでやる。感謝することだな」

「……殿下」

「だが、決して食べるなよ。マリアンヌの愛情は、お前には分不相応だ。見て愛でるだけにとどめると誓うならば、これをお前にやろう」

「誓いますわ、殿下。決して食したりいたしません。ですから、その飴をくださいませ」

「……うん」


 第二王子は、そっとその飴をアンジェリーナの手に置いた。

 その仕草は、アンジェリーナを大切にしてくれていた学園入学前と変わらないものだ。


「ああ、そうだ。この飴には変な魔法はかかっていないからな。なにしろ、私の指輪の検査を突破している」

「検査を突破」

「そうだ。このとおり、突破している」


 私の手の上に置かれた飴に向けて、第二王子は左手の小指にはめた指輪を向ける。

 指輪は、虹色にゆらめいた後、そのまま光を失った。


「お前も知っているとおり、毒が混ざっていれば指輪は黒色に光り、魔法がかかっていれば指輪は赤色に輝く。この飴玉に関して、指輪は発動したことを示す虹色の光しか示さなかった。検査を突破しているのだ」

「突破」

「そうだ。突破だ」


 アンジェリーナとラインハルト第二王子は、しばらく無言で見つめ合う。

 その後、口を開いたのはアンジェリーナだった。


「殿下」

「なんだ」

「もう一粒おかわりを」

「お前のそういうところはどうかと思う!」


 それだけ叫ぶと、ラインハルト第二王子は、サラサラハニーブロンドの髪を翻して去っていった。


 アンジェリーナは、そんなラインハルト第二王子の背中を、ずっと見ていた。




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