11 近衛兵の息子マルセル
5回の時戻りを経たアンジェリーナは、まずは両親と兄に抱きついた。
「おやおや、うちのお姫様は甘えん坊だね」
「朝からどうしたの、アンジー」
「アンジーはまだまだ子どもなんだね」
からかってくる両親と兄に、アンジェリーナは何も言わなかった。
本当は分かっているのだ。
両親と兄が、心からアンジェリーナを心配してくれていると分かっていた。
アンジェリーナは自分のことを信じて欲しかったから裏切られたような気持ちになったけれども、信じてくれなかったからといって、三人の愛が嘘だった訳ではないのだ。
前回の1ヶ月でのアンジェリーナは、兄に八つ当たりをしただけだ。
アンジェリーナはそのことをしっかりと受け止めた。
もう子どもではいられないのだから。
(お兄様、ごめんなさい……)
そして、アンジェリーナはモリモリ朝食を摂った。
(気合とエネルギーが大事ですわ!)
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アンジェリーナはまず、前回と同様に、第二王子達の映像撮影に勤しんだ。
そして、家に帰ってその写真を見ながら、状況を分析してみた。
(この人達、よく甘いものを食べてる……)
学園は甘味の持ち込みは禁止されてはいないが、こんなに頻繁に食べるものだろうか。
マリアンヌは毎日のように焼き菓子を持参し、飴を持ち込み、自分を取り囲む男性陣の口に放り込んでいた。
美味しいものに目がないアンジェリーナですら、見ているだけで胸焼けしそうなくらいだった。
(この甘味、もしかしてなにか――いえ、はっきり言いますわ。魅了の魔法の力を帯びているのでは!?)
そう疑ってみる。
……。
しかし、王族は基本的に、魔力検査をされたもの以外は口にしない。
第二王子もその例外ではなく、小指にはめた指輪で、食事に毒や魔力が込められていないか検査をした上でものを口にしている。
そこを突破できるものだろうか。
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「マリアンヌ嬢の持ち込む甘味ですか?」
橙色の瞳をぱちくりと瞬く彼に、アンジェリーナは頷く。
アンジェリーナは、マルセルに話を聞いていた。
燃えるような赤い髪に、橙色の瞳の彼。国王陛下の近衛兵の長、近衛隊長・マクファーレン伯爵の息子。
彼は自らの功績で一代伯爵の地位を手に入れた父を尊敬しており、自分も同様に衛兵としての道を選ぶべく、鍛錬を積んでいた。
そんなマルセルはこの三年間、父親同士のよしみで、ラインハルト第二王子の近くに侍ることが多かった。
つまり、マリアンヌと接触することもかなり多かった。
けれども、彼の様子は変わることがなかった。
マリアンヌに興味がなさそうだし、常に冷静な様子で、ラインハルト第二王子を諌める側に回ってきた。
宰相の息子で側近候補のカルロスの指示のもと、アンジェリーナを庇ってくれていたのだ。
「確かに、マリアンヌ嬢はいつも甘味を持ち込んでいますね。周りの……その、生徒にも好評のようです」
マリアンヌの周りにいるのは、男子生徒ばかりだ。
マルセルは、そのなんとも言い難い事実を濁したのだろう。
「好評のよう……とは、マルセル様はお召し上がりになったことはないのですか?」
「はい。実は、私は甘いものが苦手なんです」
恥ずかしそうにそう告げるマルセルに、嘘の色は見えない。
マルセルは基本的に、嘘をつけない人間だ。
愚直で馬鹿正直な、真実と筋肉が全てを解決すると信じている人間。
そんなマルセルが嘘をついたら、アンジェリーナは人間不信になりそうだ……。
(なるほど、マルセル様は甘いものが苦手だから、マリアンヌの甘味を口にしなかったのですね。そして、マリアンヌに媚びへつらっていない。やはり、あの甘味に秘密が……!)
しかし、アンジェリーナはハッとした。
重要なことに気がついてしまった。
「マルセル様。あなた、学園入学前に、わたくしがラインハルト殿下やあなた達に差し入れていたハチミツレモンや塩飴はちゃんと食べていたじゃない」
ダウトー!!!!!
なんということだ、あのマルセルが、アンジェリーナに嘘をついたのだ!
マルセルの父は隊長まで昇りつめたこともあって裏のある抜け目ない人間だったが、マルセルもやはりその血を引いているだけある!
アンジェリーナはもう人間不信一直線だ!!!
「あれは別なんです。殿下に無理やり口に放り込まれましたが、酸味や塩味が効いているせいか、訓練後だったせいなのか……疲れに染みるようで、とても美味しかったんですよ」
「あらそうなの!?」
「さすがはアンジェリーナ様です。甘味嫌いの人間に、甘味をモリモリ食べさせてしまうとは」
「ほほほ、任せてちょうだい!」
良い気分になったアンジェリーナ。
(わたくしが素晴らしすぎただけのようね!)
アンジェリーナは、自分の素晴らしさと人間の純粋さを信じることにした。
ニコニコ笑っているアンジェリーナに、マルセルは微笑む。
「やはりアンジェリーナ様は笑顔が一番ですね。みんなを元気にしてくれるって、訓練仲間達にも評判だったんですよ」
マルセルの言葉に喜んだアンジェリーナは、そのまま良い気分で授業に戻った。
(うん、やはり精神状態が良いと、授業の吸収率も良いような気がしますわ!)
なんて嘯いてみたが、アンジェリーナからすると、この授業を受けるのは、引きこもっていた2回を除いても4回目。授業の内容は全て覚えている。吸収率がいいなんていうのは気のせいである。
そして、ウキウキしながら授業を過ごし、次の休憩時間になったとき、アンジェリーナは気がついた。
(あああああカルロス様が甘味を口にしたのかどうか、聞くのを忘れましたわぁあああ!)
考える人の像のような格好で心の中で叫ぶアンジェリーナを、クラスメート達はそっとしておいてくれた。
アンジェリーナはいつも、第二王子の愚行に悩まされている。
今日も、その愚行によって何かストレスを感じたのだろうと、触れずにおいていてくれたのだ。
なお、アンジェリーナは、そんなクラスメート達の優しさには気がついていない。
侯爵令嬢アンジェリーナは、今日も知らない間にみんなに愛されているのである。




