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かけもち監督? 7

 陽介は直ぐに着替えて池袋に向かった。


 20:00頃だったであろうか、「陽ちゃん、今どこ?」という電話が奥さんからかかって来た。


 陽介は、「今、池袋駅に着きました・」と答えた。


 奥さんは、「お店の場所分からないでしょ?、今から迎えに行くから○○の改札口で待っててネ!」と話し、やはり一方的に電話が切れた。


 待つこと15分位であったろうか、割烹着姿の人が「陽介さんですか?」と聞いて来た。


 割烹着姿の人は、「※※屋の者です。お迎えに参りました。」と言って、陽介をお店に案内してくれた。


 お店に着くと奥さんが割烹着姿の店員に、「直ぐに分かったでしょ、陽ちゃんはプロレスラー並みに大きいから、一目見れば分かるのヨ!」と言って、大笑いしながら自慢をしていた。


 陽介は、少し恥ずかしかったが、一緒に笑いながら「ありがとうございました。」とお店の人に言った。


 そして、「今日は、本当に申し訳ありませんでした。大変にお世話になっている奥さんのご意向にそえなくて…。」と言った。


 奥さんは、「夕飯はもう食べた?」と聞いて来た。


 陽介は、「まだです。」と答えた。


 すると奥さんは、「この子、まだご飯食べてないから、ボリュームのあるやつをお願いネ!」とお店の人に伝え、生ビールを注文した。


 奥さんは、「先ずはお疲れ様。カンパイぃ~!」と言い、ジョッキを重ねた。


 そして、「陽ちゃん、色々ごめんね。何とか考え直してもらえないかしら?」と言った。


 陽介は、今日の見た練習(ウオーミングアップらしきもの・パスらしきもの・アタックらしきもの・サーブらしきもの…)の感想を奥さんに伝え、チームの現状を考えると難しいと伝えた。


 もちろん奥さんにバレーボールの専門的な話は通じない。したがって、勝つためのチームを作るには相当な年数がかかるため、もう一つのチームの監督をしている以上、片手間でフサエちゃんのチームの監督をすることが出来ないと話した。


 奥さんは、付け出しから始まった高級焼き鳥店の料理に舌鼓を打ちながら、優しい表情でうん、うんとうなずいて陽介の話を聞いていた。


 陽介も、美味しい料理を頂きお酒を飲みながら、監督を断る理由を話していた。


 しかしお酒が進むにつれ、料理が進むにつれ、陽介は奥さんに申し訳ないという念をさらにつのらせていった。


 そもそも陽介は、ご馳走してくれる人に極めて弱い。


 高校生の頃、練習を必死に頑張っている陽介を恩師や先輩がご飯に連れて行ってくれた。


 陽介は早くに父親を病気で亡くし母子家庭であった。


 だが母親のおかげで、決してお金に困っていた訳ではない。しかしながら食べ盛りの陽介は練習後の空腹をいつも満たしてくれる恩師や先輩に感謝していた。


 ある合宿中の練習終了後、まだレギュラーの練習すらさせてもらってない陽介を、一生懸命頑張っているとのことで、恩師や先輩が焼き肉屋に連れて行ってくれた。


 陽介にとってはその時が焼き肉屋デビュー。


 注文の仕方も分からずただ座っている陽介に、恩師が「先輩がご馳走してくれると言ってるんだから、遠慮しないで頼んで良いぞ!」と言ってくれた。


 それでも注文の仕方が分からい陽介に先輩が、「お前、本当に焼き肉屋初めてなのか?、もし何を注文していいか分からなければ、メニューの頭から順番に注文してみろ!」と半ば冗談で言った事を真に受け、店員に「スミマセン。メニューの頭から順番にお願いします!」と陽介は言った。


 店員さんも笑いながら、「かしこまりました。」と言ったが、食事が進むにつれ「お前、まだ食うのか?食えるならまだ注文してもいいけど、メニューの肉を一往復したぞ!、見てるとこっちが腹いっぱいになる!」と引きつりながら言い、恩師が「陽介、その辺にしておけ!」と言ったのを覚えている。


 それ以降、恩師や先輩にご飯をご馳走してもらいたくて練習を頑張ったのも、事実だった。


 そして、いつの日か『飯をご馳走してくれる人が、一番偉い人、良い人』と思うようになり、その人の言う事は何でも聞いた。


 また、当時の恩師・先輩との関係と言えば、一般的に理不尽な命令や厳しい練習などが多くあったが、ありがたいことに陽介の恩師や先輩は多少のことはあったものの、一般的なそれとは違い、むしろ厳しい中にも優しさを感じることが出来た関係であった。


 陽介の上司でもあった故常務(お仲人さん)もそういう方で、陽介は常務の言うことを何でも聞いた。


 時には他の部署の役職についていいる方が、「陽介、お前は常務の言う事なら何でも聞くな!。仕事のことならともかく、業務中でありながら新入社員にやらせればいいような事もお前は嫌がらずに必ず「ハイ」と言ってやってる。俺らから見ると常務がうらやましいよ!。最近じゃ新入社員ですら言う事を聞いてくれないからな!」とよく言っていた。


 陽介はの答えはいつも、「お世話になり方が違いますから!」だった。


 いつの日か、「ご馳走してくれる人が、世の中で一番偉い人!」と、陽介は思うようにさえ思えた。


 もちろん、『情』の中での話だ。


 しかし、今回の奥さんの依頼は、完全にその『情』の中での依頼。


 陽介は、奥さんと美味しい食事をする中で、徐々に申し訳なさが膨らんで、それを払拭するためにはフサエちゃんのチームの監督を引き受けるしかない。とさえ思えて来た。


 奥さんは、「陽ちゃんの性格は良く知ってるから、もう一度だけ考え直してくれないかしら?、今ここで返事をしなくても構わないから、2~3日位で最終的な返事をもらえない?」と言った。


 陽介は、「奥さんは、確かに僕の性格を良くご存じです。したがってこの状況で僕が断らない事も良く分かった上で、お話しになってますよネ?」と言い、「分かりました。もう一度フサエちゃんのチームの練習に行って、チームの皆に僕が監督になった時の考えや練習などについて話をします。そしてチームの総意でそれを受け入れるという事ならば、監督を引き受ける事にします。」と答えた。


 奥さんは、「そう言ってくれると思った!。さぁ、飲みましょう!」と言って、故常務が好きだった日本酒をお店の人にたのんだ。


 結局またしても話に花が咲き、明日が日曜日ということもあり遠慮なく3時まで飲み続けた陽介は、お小遣いとタクシー代をもらい帰宅した。


 しかし、奥さんに「ご馳走様でした!」と言った所までは記憶にあるが、日曜の朝自宅玄関で目が覚めるまでの記憶がない。


 だが自宅には帰って来たと言う事だ。


 帰省本能とは恐ろしいと、陽介は思った。

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