かけもち監督? 2
そして、既にママさんバレーを1チーム監督をしている事情を話して、「したがって、平日は練習に行かれません。土曜日や日曜日なら行けるかもしれませんが、ママさんバレーの構成員が土曜日や日曜日に練習をするのは家庭の事情で中々出来ないのを私は知っています。残念ですが…」と言ったところで、フサエちゃんが、「良かったぁ~!、私達のメインの練習日は土曜日の午前中です!」と目をらんらんと輝かせて握手を求めて来た。
陽介はその握手を丁寧に拒否をしながら、「確かに土曜日は練習に行けると言いましたが、僕が監督をやることをチームの皆は了承しているのですか?、それに僕がチームに合わないってこともありますし…」と言ったが、奥さんが「それじゃぁ、今度の土曜日にお互いお試しと言う事で陽ちゃんに練習に行ってもらえば!」と、半ば強引に話を進めた。
フサエちゃんは「そうですね!、それは名案だ!」と言ってその場で携帯電話でチームメイトに連絡をして、陽介が次の土曜日に練習に行くことを伝え、了解をもらった。
陽介は、「やれやれ、このチームも一癖ありそうだな。でもお仲人さんからの依頼じゃ仕方ないか。練習の様子を見てから断ろう。」と思い、練習に参加することを了解した。
奥さんは、「陽ちゃん、ありがとう!、感謝するわ!、今日は好きな物を好きなだけ食べて好きなだけ飲んで良いからネ!」と言ったので、陽介も遠慮なく頂いた。
4人共ベロベロになり、今日初めて会ったはずのフサエちゃんと代々木さんと、まるで30年来の友人の如く会話を交わすようになった頃、「明日も仕事があるから、そろそろ帰りましょうか?」と奥さんが言った。
時刻は21:30過ぎ。丁度良い時間である。
奥さんが会計を済ませ、皆で「ご馳走様でした。」とお礼を言い、全員エレベーターでエントランスまで行き、解散した。
いや、したハズだった。
陽介は奥さんに、「タクシーでそこまで送るから、一緒に帰ろう!」と言われたので同乗したが、奥さんが運転手に告げた行先は「池袋」。
陽介の家とは真逆の方向だ。
陽介は、「あのぉ~、我が家は真逆の方向なんですけどぉ~!?」と奥さんに言ったが、奥さんは「帰りはタクシーで帰らせてあげるから、もう1軒付き合ってネ!」と笑いながら言った。
池袋駅近くになると、奥さんが運転手に細かく指示をして、「じゃぁ、この辺で。」と言ってタクシーを降りた。
周りにお酒を飲むようなお店は無いように陽介には思えたが、奥さんはビルとビルとの狭い道を通ってドンドン奥に進む。
陽介は、奥さんに襲われるんじゃないかという恐怖を覚えながら付いて行ったが、突然ライトに照らされたお店の前に着いた。
どうやら、知る人ぞ知る隠れた名店のようで、高級焼き鳥のお店だった。
奥さんは、「ここなら、ゆっくり話せるから!」と言って白木で出来ている小綺麗なカウンター席に座った。
生ビールから飲みなしとなったが、料理はおまかせの串焼きだった。
これが同じ焼き鳥か?と思うような、ガード下のそれとは全く違う味だった。
奥さんは、早くに亡くなったご主人の話しをしながら楽しそうに飲んでいた。
そうであろう。陽介は前職でお仲人さんのご主人の部下。
しかも出来の悪い部下だった。
しかし、出来の悪い部下ほど可愛い者はないらしく、陽介はご主人がご存命のころ、よくご自宅に誘われ仕事の話しやプライベートの話しをしていた。
したがって、お仲人さんのご主人のご両親・兄弟・兄弟の家族と全員面識があった上に、奥さんの兄弟やご親戚にも面識があった。
あの時代、他人である陽介をそこまで可愛がってくれたことを、心から感謝していた。
陽介はそのようにお世話になった元上司に仲人を頼んで結婚をしたのだった。
奥さんが亡夫の話しを陽介としたかった理由もよく分かるし、陽介も懐かしくそして楽しく聞いていたし一緒に話をしていた。
だが楽しい時間は直ぐに過ぎてしまう。
時計の針はとっくに12:00をまわっていた。
陽介は、「奥さん、もっともっと話していたいけど、明日の仕事に差し支えますからそろそろ帰りましょう!、仕事に遅刻すると天国から常務(お仲人さんのご主人)に怒られますから…。」と言って席を立とうとした。
しかし、そこからまた話がはずんでしまった。
実は陽介の元上司は、かなり朝が弱い。
陽介が新入社員のころは、前の晩一緒に深酒をしても朝一番で会社に行き、机を拭いたり掃除をしたりお湯を沸かしたりしていた陽介が会社にいることを知っていたことをいいことに、電話(当時は今のように携帯電話は無かった)がかかって来て、「陽介、悪いな!、分かってるな!」と一言会話を交わし電話が切れることが多々あった。
陽介は朝礼の時、「本日常務は、顧客先に立ち寄ってからご出社なさいます。」と報告していた。
今思えば、電話の内容が言い訳だということを、おそらく部下全員が分かっていたことだったと思うが、仕事が素晴らしくよく出来た上に尊敬されていた、故常務のお人柄に誰一人文句を言う者はいなかった。
奥さんは、「陽ちゃん、うちの人は(お仲人さんのご主人)貴方を怒ったりしないわよ!、貴方には感謝していたんだから…!」と、目に涙を浮かべながら言い「でも、陽ちゃんも若くないないからもう1杯飲んだら帰ろうネ!」と言ってくれたので、陽介も「分かりました!」と返事をして飲み続けた。
結局、1杯が2杯になり2杯が…。そして店を出たのは2:00を回っていた。
奥さんが陽介をタクシーに乗せ、のし袋に入ったお小遣いを陽介に渡しながら、「フサエのチームを宜しくネ!」と言い置き、本人もタクシーに乗った。
陽介は、いつまでもお心にかけて頂いていることを感謝し、自宅までタクシーで帰った。