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後編

 声の方角とエレノアに付けた自らの匂いでその場所はすぐに見つかった。

 全力疾走で辿り着いたマグラの目に飛び込んだのは、豪奢な馬車に縋った男が上着を乱雑に揺らしているところだった。

 道中、「誰か……!!」と助けを求める悲痛な声が聞こえたっきり、何も発することをしなくなった彼女の細い腕が振り回される上着を掴んでいる。しかしその意識は失われていたようで、男が大きく薙ぐように上着を揺さぶると細い身体は弾き飛ばされるように地面に伏せた。


 目の前が真っ赤に燃える心地だった。


「もう動かしちまえ!」


 誰かの怒鳴り声に、エレノアに無体を働いた男が馬車の前方へ回ろうとする。

 地を蹴り、御者台に足を掛けた男の身体を体当たりで阻止して脇腹を蹴りつける。転がり落ちた男が苦悶で動けない様子を察知すると馬車の中に意識を向けた。弟の匂いとは別のものがすでに入り込んでいる気配がある。

 それと同時に馬車周辺に素早く視線を巡らせる。ザキーラ家の御者と思われる男が扉の脇で呻きながら蹲っていた。先程エレノアたちに付き従っていた護衛二名は少し離れた位置でそれぞれ不審な男に羽交い締められ、地面に押さえ付けられている。その二人共が突如現れたマグラに縋るような眼差しを向けた。


 エレノアから仄かに漂う血の匂いに、より怒りが研ぎ澄まされていく。

 扉から上半身を突っ込むと驚愕の表情を浮かべてこちらを見る不審者が一人。その向こうには口元に布を押し付けられたアデルが青い瞳を潤ませており、一層怒りが燃え上がる。

 胸ぐらを掴んで力任せに引きずり降ろし、後ろに激しく蹴り飛ばせば汚い悲鳴が聞こえたがそちらには一瞥もくれず、怯えて震える少年に語り掛けた。


「もう大丈夫だ。ここで大人しくしていられるか?」


 座席で小さく身を縮こまらせながらも気丈に頷く姿にマグラも頷き返す。静かに扉を閉めて振り返れば、護衛を拘束していた男たちはすでに起き上がり、逃走を図っていた。しかし逃げる後ろ姿が何かを気にした素振りを一瞬だけ見せたのを見逃さない。

 ザキーラ家の馬車より少し距離を置いて停められた荷馬車があった。幌で荷台を覆うタイプの造りだが、御者席との境にも布が下りて目隠しされている。ひっそりとだが、確実に人の気配がした。


(仲間か?)


 しかし逃走犯を捕らえなければならない。身を起こした護衛たちが心得たとばかりに未だ倒れ伏せた不審者たちに向かうのを確認してから、身を低くしたマグラは一気に駆ける。尾でバランスを取れば人間の足など敵にすらならない。

 同じ方角へ走る男たちの背後に迫ると大きく一歩踏み込んで、片方の男の肩を踏み台にすかさず前へ回り込んだ。踏み台の男がよろけたことを靴の裏の感触で感じ取ったマグラは、着地からワンテンポもおかずにもう一方の男へ回し蹴りを見舞う。腰から縄を解き、重なり合って倒れ込む男たちをそのまま捕縄(ほじょう)した。


 振り返れば後方で護衛たちも不審者の身柄を拘束している。その近くで未だ地に伏せたまま動く気配のないエレノアが気掛かりでならないが、グッと堪えて忍び足で荷馬車に近付いた。

 会話はないが潜めた息遣いが複数。馬車の後方に回ると荷物の搬入口にも厚い幕が下りている。


「警護団だ。話を聞きたい」


 中で身動ぎしたのか、硬質な何かがぶつかり合う音が微かに鳴った。しかし返答はない。


「検めさせてもらう。開けるぞ」


 そう告げて幕を大きく捲り上げた瞬間に袋を抱えて飛び出す影があった。しかし片足を上げて引っ掛けてやれば簡単に転がり落ちる。その背を踵で踏み付けて荷台を見れば、もうひとつの人影も荷物を抱えてこちらを凝視していた。


「話を聞かせ――」

「うわあああ!!」


 最後まで言い終える前に抱えた袋を投げ付けてきた。腕を払って叩き落とした袋の口から中身が零れ落ちるのを横目に、足元の男を掴み上げて馬車に思い切り放り込んでやった。くぐもった悲鳴が二つ聞こえたっきり、静寂を取り戻したので放置する。

 こんな連中は後回しでいい。



--------------------------------------------



 ザキーラ家の馬車に戻るとエレノアは仰向けに寝かされていた。その額と頬が擦り切れて血が滲んでいる。馬車の脇に転がされた捕縛済みの不審者二名をしっかり目に焼き付けて、もう一度彼女を見下ろした。

 もっと早く察してやれればこんなことにはならなかっただろうに。


「じきに支部の応援がやって来る。弟の方を頼む」


 顔に擦り傷を負った彼らはマグラに礼を述べると扉の前に立ち、車内のアデルに声を掛け始めた。その向こうでは馬車に背中を預けて座り込んだ御者が布で鼻血を拭っている。大事はなさそうだ。


 乗馬服の細い身体をそっと抱き上げて近くの壁際まで連れて行く。極力頭を動かさないよう、腰を下ろして痛々しい顔を見続けているうちに複数の足音が迫ってくる。ルークを筆頭とした仲間たちのものだ。

 広場に姿を現した彼らは素早く周囲を観察し、まっすぐマグラの元にやってきた。腕の中にいるエレノアを見下ろす団員たちは痛ましい表情を浮かべる。


「マグラ、詳しく教えてくれ」

「エレノアと護衛、御者が襲われた。弟ごと馬車を盗むつもりだったらしい。そこに転がってる二人が実行犯で、あっちに護衛を襲って逃走した二人を捕縄してある。それと、あれだ」


 順々に指差し、最後に荷馬車を示す。


「逃げた奴らが気にしていた。荷台に二名乗ってる。聴取しようとしたら一人が逃げる素振りを見せて、もう一人は荷物を投げて抵抗したから意識だけ奪っておいた」


 それぞれが頷くと瞬時に散開する。実行犯を連行する者、逃走犯の元へ走る者、アデルの無事を確かめる者、荷馬車へ歩を進める者。そんな中、ルークはまだマグラの元に留まったままだ。


「誘拐事件の線が濃いか?」

「誘拐にしては下手過ぎる。荷馬車の奴らが仲間だとしたら、弟を荷馬車に放り込んで逃げた方が早い」

「確かにな。あの大きさの荷馬車なら管理簿に登録してあるかもしれん。照会を――」

「おいルーク、来てくれ!」


 脇から声が掛かる。マグラに軽く手を挙げてルークが向かった先は荷馬車の側、中身を撒き散らかした袋を検分している団員の元だ。同じように屈み込んだルークは転がる品々をしばらく見つめ、そして叫んだ。


「誰か支部長に伝達を!」


 即座に一名の団員が走り去り、ルークがこちらに戻ってくる。


「弟くんの安全確保と御者の治療でここを離れるがお前はどうする?」

「エレノアが目覚めるまでここにいる」

「わかった。治療院の医師に話を通しておくから必要なら呼んでくれ」


 ルークに連れられて馬車を降りたアデルの表情は強張っている。そんな彼に傷が見えないよう、エレノアの頭を優しく抱え込む。「姉さま」と唇が動いたので「大丈夫だ」と声を掛けてやった。忌まわしき匂いの持ち主だが似たもの姉弟のあの顔にはどうも弱い。




 現場検証を行う団員と護衛の立てる物音だけが広場に響くようになった。抱き込んだ頭の持ち主はまだ目を覚まさない。徐々に滲んだ血が固まり始める気配だ。


(よくもこんな痕を……綺麗にしてやらないと)


 歯ぎしりしたい気持ちをグッと飲み込んで、頬の傷にそっと舌を這わせてみた。

 閉じたままの瞼がピクリを反応を見せる。目覚めが近いのかもしれない。

 

「痛いの……」


 舐め続けていると、いよいよエレノアが譫言(うわごと)のように声を発した。動かす舌に益々力が籠もる。


「いや、痛い……」

「エレノア、エレノア」


 事件のことを夢に見ているのだろうか。下から上へとエレノアの頬に舌を往復させている合間に名前を呼んで安心させてやる。もにょもにょとはっきりしない声で呟く彼女の腕がふいにゆるゆると持ち上がった。そうしてマグラの髪の間から覗く三角の耳をするりと握る。


「!!」


 奇声は踏み止まれたが、臀部の尻尾がピンと天に伸びているのが見なくてもわかる。こんな形とは言え、彼女に触れてもらえる日が来るとは。

 もう一度「エレノア」と囁いて舌を押し付けると、左右に首を揺らした彼女が「止めて!」と叫んで覚醒した。


「え、マグラさん?」

「エレノア」


 ようやく覗かせた深海を思わせる瞳にはマグラの顔だけが映り込んでいる。意識も明瞭なようで心底ホッとした。しかし不自然なほどに身体に強張りを感じたので、見えない場所に怪我を負っているのかもしれない。


「傷が痛む?」

「傷? あの、さっきから頬が痛くて」

「可哀想に。擦り傷が出来てる」


 やはり頬が痛いのか。柔肌にまたうっすらと滲んできた血を再び舐め取ってやった。


「えっ、ちょ、ちょっと。ど、どうして舐めていらっしゃるのでしょう」

「消毒しなくちゃいけない」

「消毒……消毒?」


 ぼんやりと考え事をするようにエレノアが視線を彷徨わせたとき、頭部の耳が音を拾った。


「荷馬車の二人の意識が回復した。襲撃事件の仲間だと認めたから捕縛して連行だ」

「荷物はこちらで回収しますか?」

「ああ、詰所に運んでくれ。関係者も召集する」


 少なくともこの件に関しては片が付いたということだ。

 耳の毛の流れに沿うようにするりとエレノアの指が離れていくのを感じ、咄嗟に尻尾を巻き付けてその腕を引き止めた。


「マグラさん、もしかして……?」


 尻尾と耳とを青い視線が行き交う。そして最後にマグラの顔を見つめた。 


「猫、の獣人、ですか?」

「そうだ」


 ポカンと開いた唇も零れ落ちそうに見開かれた瞳も、彼女が無事な何よりの証だ。嬉しいので額も舐めておく。


「大丈夫だ。弟も使用人も無事だし、今しがた犯人は一人残らず捕縛が終わった」


 マグラに告げられ意識を切り替えたエレノアは周囲を見渡すと頬を真っ赤に染め上げた。置かれている現状が恥ずかしいのか、隠すようにマグラの胸に頭を傾ける仕草に周囲の団員への優越感が満たされる。肝心の彼らが見ないように努めていることにマグラは気付かなかったが。


 その後、手近な団員に言付けて医師を呼んでもらう。額と頬の傷に治療をしてもらい、頭部へのダメージも問題ないことがわかると、弟の待つ治療院へ向かうことにした。その際、抱き上げていくと提案したマグラの案は、仲間の計らいにより手配されていた馬車によって脆くも打ち壊された。



--------------------------------------------



 治療院の応接間でエレノアと再会した弟が腰に抱きつくのは面白くなかったが、あんなことのあった後だから、と大目に見てやることにした。アデルに付き添っていたルークから着席を求められたのでエレノアの真隣に陣取る。


 すでに軽い聴取は行われており、襲撃事件に関与した六名はリンゼイ領で窃盗を起こした行商団であること、王都に来るまでに別の窃盗事件を重ねていること、ザキーラ家の馬車が襲撃されたのは馬車を盗むことが目的で、令息と思しきアデルの誘拐を企て、身代金も得ようとしていたことが判明していた。

 窃盗事件を目撃され、顔が割れていることで身動きが取りづらくなっていた連中は大型荷馬車で広場に入り込んで好機を窺っていたらしい。


「エレノアはその格好のせいで護衛の一人だと思われたみたいだな」


 過去の奴らのやり口から見て武器を使われずに済んで幸運だった、ともルークは言うが、『良いとこのお嬢さん』と称された彼女ならアデルと同様に身代金を要求される立場だろうに、粗雑に扱われ傷付いたのだ。そもそも襲撃されたこと自体が不運でしかない。


「伯爵家のお嬢さんに怪我を負わせたとあっちゃあ、黙っちゃいないだろうな」

「どなたがでしょうか?」

「そりゃあマウデン前副支部長だよ」


(伯爵家? 前副支部長?)


「誰だ、それ」


 ルークとエレノアの会話に割り込むと、対面に座る男がにやりと笑った。


「エレノアとアデルくんのお祖父様で、先代の第四副支部長だよ。伯爵家の前当主でもあり、副支部長と兼任されていたマウデン・ザキーラ様だ」


 本当に良いとこのお嬢さんだったようだ。祖父もかつて第四支部に在籍しており、要職に就いていた。そしてルークの口ぶりでは今回の襲撃事件は彼の逆鱗に触れるようだ。

 祖父が話題に上ったからか、エレノアとアデルを取り巻く空気が和らいだ気がした。


「私は途中で気を失ってしまったのですが、どのような経緯で捕縛に?」

「マグラがすっ飛んでいった」

「え?」

「弟の名を叫んだのが聞こえた。現場に着いたらエレノアが地面に伏せたところだった」


 あの場面を思い出すと腸が煮えくり返る思いだ。マグラが広場に到着したときにはすでにエレノアは意識を失っていたようだった。つまりは意識を奪う仕打ちがすでに行われた後だったということになる。

 エレノアの腹部と襟元には不愉快な残り香。目に焼き付けた実行犯たちをどうしてくれようか。


 再び怒りを燃やしている横でエレノアがマグラの名を口にした。内容はマグラが獣人であることをルークは知っているかと問うもので、対する返答は「支部のみんな知ってると思うが」と軽いものだったが、エレノアにはそうではなかったらしい。


「私、は、存じませんでし、た」


 震えを帯びた声だがショックだったのだろうか。

 そんな可能性にたちまち怒りは霧散して消え去った。


 現場に出る団員たちにはマグラから知らせていた。地方支部ほどではないにしろ、事態によっては任された動きが許されている。仲間との連携を図るならばこちらのやり方を知ってもらう必要があった。

 事務補佐たちには口頭で伝えたわけではないのだが、匂いの上書き中に耳と尻尾を見られて気付かれてしまっている。皆、一様に驚いた顔を見せ、一様に何も見なかったように目を逸らしていた気がしたが。


「問題があるか?」


 真剣な気持ちを込めて問うてみた。それに応えるようにエレノアもこちらを見上げてくる。


 いつかは打ち明けるつもりでいた。

 ただ――獣人が少ないという王都でエレノアに受け入れられるのか、そう思うと機会を窺う他なかった。

 どうしても失敗出来ないから。どうしても失敗したくなかったから。


「俺が獣人でエレノアに問題はあるか?」

「いえ、ありませんが……」

「そうか、ならいい」


 マグラの頬が自然と緩む。辿々しい口ぶりだけども、つまりは受け入れられたということだ。

 あとはエレノアの祖父とやらだが、第四支部に籍を置いていた男なら説得など、どうとでもなる。


 長椅子の背に凭れかけていた尻尾をゆるりと動かす。エレノアの襟元をさらりと撫でてから巻き付かせるように胴の上へ。尾先を巧みに動かして残滓を払うように腹を擦る。獣人であることに問題がないのなら堂々と上書きも出来るというわけだ。


「腹に触れたやつには厳罰を与えておくから」

「いや、お前にそんな権限はないからな」

「エレノアを引き倒したやつもぶん殴っておく」

「待て、私刑は処分対象だぞ」

「俺が捕らえたんだから融通をきかせろ」

「そりゃお手柄だけど、そういう問題じゃないだろ」


 いちいちルークが鬱陶しい反論を飛ばしてくる中、服の上からでも柔らかさを感じるようなエレノアの細腰を撫でていると、姉弟がその動きを物珍しそうに見つめているのがわかった。また弟がエレノアにしがみついている。


「お前たち、近くないか。いつもいつもその匂いだ」

「匂い?」

「弟とまた密着しただろう? 顔を寄せたりとか」


 悪びれもせずに弟に確認する姉と、悪びれもせずに頷く弟。姉弟揃って鈍感らしい。


「弟だから許すけど。他の男の匂いは必要ないから」


 不貞腐れてプイと顔を背ける横で同僚二人が勝手に話し出す。ルークの声が半分笑っているのが苛立たしい。


「相手が弟で良かったよ」

「それは……どういう意味でしょう?」

「マグラはエレノアから男の匂いがするのが嫌なんだと」

「匂い?」


 先程マグラに返した言葉をそのまま繰り返すエレノア。その横顔が小さな鼻をヒクヒク動かすのを横目で見て、猫っぽいな、などと思ってしまう。


「そうやって密着してるとアデルくんの匂いが移るらしいんだ」

「そうなんですか?」


 エレノアの視線がこちらを向くので首を縦に振る。尻尾はまだ彼女の腹の上にある。


「今までずっとアデルくんの匂いだって知らなかったみたいだから、その匂いを消すのに躍起でな」

「匂いを消す……」

「マグラに身体擦り付けられてたろ? まぁエレノアはいつも弾き飛ばされてたみたいだが」


 首を傾げた拍子に長い金髪から甘い香りがふわりと漂い、鼻腔を(くすぐ)っていく。

 しばし思案する気配と、「あっ」と吐息に近い小さな声が隣から聞こえた。


「力加減ってもんをわかってないんだよなぁ。強けりゃいいってわけじゃないんだよ」


 ついには声を上げて笑い出したルークを眼光鋭く睨み付ける。

 そこではたと重大なことに思い至った。


(今の様子だとマーキングに気付いていなかった?……ってことは)


 同僚曰く、力加減もわからず弾き飛ばしてしまう行為。そこに込められた意味もわからず、幾度も繰り返されたとなれば――


「エレノア!」

「は、はい!」

「嫌だったか? 俺のマーキングは」


 ズイと鼻が触れる距離に迫るとエレノアの腰が引けたので尻尾を強く巻き付けて逃さない。目を瞬かせたエレノアは躊躇いがちに口を開いた。


「嫌、と言いますか……」

「正直に言ってくれ」

「ちょっと、ムッとすることはありました」


 まさかの告白に世界が暗転した気分だった。

 マグラがこの世の終わりを告げられたような顔をするものだから、エレノアが慌てて言葉を継ぐ。


「でも、私こそマグラさんに嫌われているものとばかり思っていましたので」


(何だと!?)


「断じてそんなことはない!」


 思わず両の二の腕を掴んでしまう。拘束されたことに驚きながらもエレノアは二度頷き、続ける。


「勘違いなら嬉しいです。仲良くなりたかったので」


 そうして顔合わせのときと同じく、甘い香りを放ちながら穏やかな笑みを浮かべるものだから、マグラの見境は失くなってしまう。

 艷やかな輝きを放つ金髪に頬ずりして存分に香りとマーキングを堪能し、そして。


「姉さまには俺がいるから」


 ポカンと見上げる小さな弟に、この期に及んで牽制を忘れなかった。



--------------------------------------------



 それからしばらくも経たないうちに、王立警護団第四支部の獣人団員の存在は広く知れ渡ることになる。

 同じく第四支部に勤める令嬢に所構わずマーキングという名の執着を見せているため、秘する方が難しかったと言える。

 獣人であることを容疑者に警戒されるよりも、獣人が取り締まることに警戒されて犯罪減少に繋がればいい、というのは第四支部長談。

 しかし彼らを取り巻く者たちは誰しもが、獣人が彼女に寄り添う存在として己を誇示したいだけだと気付いているけれども。




 令嬢の祖父であり、かつて第四支部副支部長を務めた前伯爵の屋敷に直談判に乗り込んだり、令嬢の年の離れた弟にいつまでも嫉妬したり。

 そんな彼の言動を、彼女はいつも困った笑みを浮かべて窘めていたという。

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