その9
大野さんのミニキャラ製作面談は翌々日から始まった。
同時に、下地のデザインを吉岡くんがやってくれることにもなった。
なんでも、新聞部の活動でデザインセンスは鍛えられたのだとか。
なんなんだ、新聞部……。
そんな疑念を抱きながらではあるが、今日の放課後は、新聞部の活動がある。
「1年生の仮入部もあるから、そんなに緊張しなくてもいいのよ?」
「いやあ、でもなあ、一応2年生だからさ」
そう、仮入部が始まっている今、共に活動する1年生と俺は大体同じことをするはず。
少し恥ずかしいとは思っているけど、どうしようもない。
「私がずっと隣にいてあげるわ」
「なんか違う意味に聞こえるんだよなあ」
部室に着くと、既に仮入部で集まっていた1年生に、今日の活動の説明がされていた。
「というわけで、取材、Webサイト編集、月刊壁新聞のデザインの3つから好きなものを選んでもらいます!」
葉山先輩の声が響く。
少し緊張した様子の2、3人の1年生がそれぞれ希望を伝えて、上級生に連れていかれる。
まだその場にいなかったからか、宮本さんはその役割はないみたいだった。
「おお、来たね、高山くん」
「すみません、クラスTシャツの作業で……目処が立つまで毎日こんな感じかもです」
「それは別に気にしてないよー。クラスTシャツは大事だからね! ウチも気合入れてるし!」
葉山先輩は力こぶを作るようなジェスチャーでこちらに笑みを向けてくれた。
可愛くて、びっくりした。
都会の女の子というのはやはり恐ろしい。
いや、年上が特別綺麗に感じるだけかもしれない。
そういえば中学の……。
「うっ!」
トリップしそうなほど見惚れていたら、宮本に脇腹を小突かれた。
ジト目でこちらを見てくる姿は可愛いのだが、やられた箇所がじんじんと痛い。
痣ができたらどうするんだ!
しかし、俺が抗議を始める前に、宮本は澄ました顔で聞いた。
「葉山先輩、それで、今日は私とタカリョーは何をすればいいですか? 私は1年生の指導ですかね?」
葉山先輩は、一瞬首を傾げた後に、明るく言った。
「今日は2人で、運動部の取材に行ってもらおうと思ってるんだー。ほら、優香ちゃんが話を聞いて、高山くんが写真を撮れば、なんとなく勉強しながら活動できるでしょ?」
「いいですね。特集はたしかに終わってない仕事ですもんね」
「うんうん、きっとカメラマンなら大丈夫だし!」
俺はなんとなく不安になって聞いた。
「ほんとに大丈夫ですかね? 俺、カメラも全然持ったことないし、どんな構図とか言われてもきっとわかんないですよ?」
「大丈夫大丈夫ー! いっぱい撮ればいい感じのが撮れるから!」
随分と楽観的で感覚的な先輩だ。
いや、2年生の他のメンバーに聞いたところ、何でもできるタイプだと言ってたから、天才肌なんだろう。
羨ましい!
「それに、優香ちゃんがいるでしょ? 優香ちゃんはデキる子だからねぇ、いっぱい教えてもらえばいいよ!」
おぉう。
俺はむしろそっちも心配要因なんですよねえ。
何してくるかわからないですしー。
この人多分ちょっと頭おかしいですしー。
「任せてください。私が手取り足取り、しっかり教えて、2人で、いい取材をしてきます!」
「任せたぁ!」
なんかテンション高い宮本が先輩の手を取って、話は決まった。
俺と宮本はサムズアップで部屋を送り出される。
持たされた装備は、先輩の私物のミラーレス一眼。
手の中のものの高価さに震える。
「取材って言っても、そんなに大したものじゃなくて。毎年、この勧誘期間は各部活を少しずつ紹介してあげることになってるの」
「かなり量があるから大変じゃない?」
「そうね、確かに大変ではあるわね。何せ、部活や同好会が多いから」
この森山学園は、生徒の自主的な活動を推奨しているらしく、部活や同好会立ち上げの基準がゆるい。
大半の部活が掛け持ちを認めているし、高校から編入する生徒が多いとはいえ、一応中高一貫のため、学校の規模も大きい。
そんな理由から大小様々な部活や同好会がひしめき合っているのだ。
「取材して、新歓期間に毎日新聞発行って間に合うの?」
「あぁ、新聞は作らないわ。Webサイトの生徒専用ページに広報があるから、そこで閲覧できるようにしてるの」
ぬぬ?
生徒専用Webページ?
「そっか、それも知らないのね。でも、それよりも……」
宮本はいきなり俺の頬を両手で掴み、自分の顔の方へ向けた。
おかげで俺の首はグリンと嫌な動きをし、顔は圧迫されて苦しい。
ほのかに香る宮本の女の子らしい匂いがわずかな救いという状況。
目を白黒させていると、宮本がなじるように言った。
「なーんであなたは、私と一緒なのを喜ばないのー? 私はあなたの恋人になったのよ? 嬉しそうな表情くらい見せなさいよ。全部面倒臭そうにしちゃって」
「はぁ!? いつお前の恋人になったんだよ! 昨日だって断っただろうが!」
「私はまだその断り文句に対してYESと言っていないわ。だから強制的に私の恋人よ」
「なんでだよ! 断ることを断るってか? つまんねえ冗談言ってないで、早く行くぞ。いくら恋愛が好きでも、もっとまともな行動しないと恋人なんてできねぇぞ……」
「ちっ、強制恋人作戦は失敗ね……。どうしようかしら、初告白で人生初のフラれる経験もしてしまったわ」
「同情を誘うのもやめろよ? 俺は“いい人”にはなりたいけど、魂胆の見え透いてるこんな茶番に付き合うつもりはないぞ。付き合わない方が結果的に、“いい人”の判断になる気がするからな」
「理屈っぽいわね。まぁ、一旦諦めましょう。この先、チャンスはたくさんあるはずだものね」
パッと手を離した宮本は、急に真面目なスイッチが入ったようで、ハキハキと俺に指示を出した。
「とりあえず、特集第一弾は屋外運動部だから、グラウンドに行くわ。はじめはサッカー部よ。キャプテンはなかなかいい素材だから、初心者でもなかなかの写真が撮れると思うわ」
「お、おう」
俺は、昨日と違い食い下がってこない宮本にも、急に切り替えてスタスタと歩いて行くのにも驚いた。
だが、これでいいんだよなと思い、気合を入れてグラウンドへ向かった。
取材を始めてからは、意外に時が経つのを早く感じた。
慣れないカメラで写真を撮りながら、宮本に付いて話を聞く。
たまに写真を褒められた時なんかは嬉しく思ったし、宮本の質問する技術みたいなものが少しわかった時もあって、なかなかに楽しい時間だった。
そう、青春とは、このように楽しく没入できる体験があることなんだろう。
青春はいいな。
これこそ求めていたものだ!
取材の帰り、グラウンドから部室に帰る途中で校舎を見上げると、南棟の二階、俺たちの教室に人影が見えた。
よく見ると、大野さんとクラスの女子が仲良く話しているようだ。
Tシャツ作業も、友達作戦も、上手くいっているようだと、俺はほんのりと温かい心持ちだった。
*****
「私の告白をあしらっておきながら、ずいぶんとほのぼのした青春を感じてるじゃない。もう少し私のことを考えたらどうなの?」
「あの時のお前は俺に興味なんてなかっただろうが。俺が悪いみたいに言うなよ。明らかに冷めてんのが伝わってたんだよ」
「あら、“あの時”なのね。今の気持ちは伝わってるってことでいいのかしら?」
「……黙秘する」
「沈黙は肯定よ」
「同意しないことには意味があるんだよ」
「弄んでるみたい。“悪い人”ね」
「……うるさいな。知ってるよ」