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その8

宮本のお願いというのがなんなのか。


教えてもらえるのは今日の放課後ということだった。


正直めちゃくちゃ不安だが、直近で考えるべきはクラスTシャツである。


放課後、人の閑散としてきたクラスで宮本が思いついたアイデアを聞く。

この、第一回Tシャツ会議のメンバーは、俺、宮本、大野さん、タッキー、三雲さん、加賀美さん、吉岡くんである。


要は、ちょっと仲良くなったメンバーを集めただけだ。


「私が考えたのは、装飾が少なめの下地に、クラスひとりひとりのミニキャライラストを描いていく案よ」


宮本の話は、こうだ。


クラスTシャツのデザインは、頑張ると決めた以上、凝ったものにしたい。

けれど、Tシャツのデザインを1から作れる技量はない。

だったら、別の特別感を付与して、クラス全員が納得できるものにしたい。


そこで、ミニキャライラストという訳だ。


まともじゃねえか。

心配して損したぜ。


「ミニキャラって言っても、私が描ける訳じゃないから、アイデアだけって感じなのだけど……大野さん、どうかな?」


一瞬、ビクビクッと挙動不審になった大野さんはボソボソと話し出した。


「だ、大丈夫だと、思う。ミニキャラ、くらいなら、そこまで、時間かからないし。い、いくつか、描いてみせるくらいなら、あ、明日には」


「さすがね、ありがとう」


「大野さんってやっぱりすごいんだね!」


宮本と三雲さんから口々に称賛されて、大野さんはテレテレしている。

周りから擬音が立ち昇りそうな照れ方だ。


加賀美さんもその様子に満足そうな顔を浮かべていたので、きっとお咎めもないだろう。

ただ、ここからが問題だった。


「大野さんがミニキャラ描いてくれたら、また詳しい話をするけれど、キャラの絵を描くにあたって、クラスのひとりひとりとお話ししてもらおうかと思うんだけど、どう?」


「!?」


まるで、小動物が捕食者に見つかった時のような、潜入調査員が敵に見つかった時のような、そんな反応。


困惑が全面に現れた反応に、加賀美さんが口をはさんだ。


「宮本さん、真里ってそんなに人と話すのに慣れてないし、それは結構ハードルが高いというか……」


大野さんはそれにこくこくと頷いているが、それじゃあ、大野さんの願いはかなわないままだ。

俺は、宮本の案を今初めて聞いたが、大野さんのためにもいいと思ったので少し補足する。


「あの、大野さんも新しいクラスでたくさん友だちができるチャンスかもしれないし、俺は結構いいと思ったんだけど……」


「うっさい、あんたにはわからないでしょう!」


Oh……加賀美さんに噛みつかれてしまった。

しかし、大野さんは俺の言葉にハッとしたようにしている。


すると、思わぬところから援護が来た。


「僕は、結構いいと思うけどな」


吉岡くんだ。

みんなが以外層にしている中、加賀美さんはまだ納得がいかないようだ。


「誠、あんたも真里のこと知ってるでしょう?」


ただ、吉岡くんは冷静だった。


「いやまぁ、そうなんだけど。でも、クラスメイトをイラストにするわけだから、完成したのをポンと出すよりも、本人と話しながら描いて、その場でフィードバックを貰った方がいいものが作れるじゃない? 日々、色んなものをデザインしてはやり直してる身からすると、この提案は建設的だと思うなあ」


なるほど。

新聞部は作る側だから、その視点からのフォローか!

正直、そこまで考えてなかったけど、そういうことにしておこう。


吉岡くんは、加賀美さんに目でどうかなと訴えている。


加賀美さんはツンとした様子で小さめに鼻を鳴らすだけだ。


「ねぇ、大野さん的にはどうかしら? 私は、あなたの友達として、お話ししながら描いてもらいたいのだけど」


大野さんは、もじもじしていた顔を、ハッと宮本さんの方に向ける。


友達、が効いたらしい。


俺は事情を知っていて、宮本とは共犯関係だから、なんとも甘美な言葉を使うものだと内心感心してしまった。

そして、大野さんは素直だった。


「わ、私も、それは楽しいと思った!」


いつになく大きな声で言うものだから、こちらはすこし驚いてしまう。

けれど、加賀美さんをはじめ、みんなが温かい目で見ていたので、OKとしよう。


宮本の人心掌握の術は空恐ろしいが、ここからは、楽しくいこう。


「よし、じゃあそれで! Tシャツ自体のデザインはまた検討するとして、手始めに、ここにいる誰かのキャラを描いてみるとかできる?」


俺は努めて明るくそう言った。


大野さんはちょっとドキッとしたようだったが、コクリと頷いた。


よしよし、作戦はもう始まってるのだ。


「ありがとう! そしたら、誰がいいのかな。俺としては、あんまり話したことないだろうタッキーとかおすすめなんだけど……」


タッキーがよく知らない人の中では話しやすいだろう。


それに、一緒に帰る約束をしているが故にここまで残ってくれて、相槌とリアクションの神だった彼にちょっとでも有意義な時間だったと思って貰えるように、という俺の個人的な都合も……。


真っ黒で最低な俺はこんな提案をしてみたが、大野さんはふるふると首を振って言う。


「私は、あかりちゃんがいいな。1番の友達だから、1番最初に」


今までで1番力強い声に、俺は脳内でハラキリをした。


純心な大野さんに対して、なんて無粋なことを……。


心の中で地面に這いつくばり、頭を大地に打ち付けながら反省。

そして、ブラジルに向かって、可愛すぎか! と叫び、そんな自分をまたぶん殴る。


そうして、内心で謎儀式をしている間に加賀美さんは答えていた。


「あ、ありがと……その、私も真里といられて、嬉しい、わ」


お前はそんで押しに弱いんかーい!

可愛いだろ、やめろ!

いや、もっとやれ!


また、心の中で反省会を始めることになった俺は、一件落着という雰囲気を出して、会議を締めくくり、宮本、三雲さん、タッキーと共に帰路に着いた。


「いやぁ、よかったねえ。大野さんが引き受けてくれて、明梨ちゃんのミニキャラも、下書き段階でとっても可愛かったし!」


「俺もびっくりしたよ、大野さんがあんなに絵が上手いなんてな。見るまで知らなかった」


たしかに、帰る前にチラリと見た彼女の絵はさらさらと描いたように思えないほど、可愛らしさイラストだった。

それでいて、しっかり加賀美さんを表現しているっていうのがすごい。


「私が大野さんの絵を覚えてたおかげだねえ」


三雲さんがふわふわと楽しそうに言う。


宮本がそれに合わせて笑った。


「そうね。ありがとう、雪ちゃん」


「えへへぇ」


三雲さんが宮本にすりすりとすり寄って、頭を撫でてもらっている。

そこはかとない癒しの波動を感じる。


なんで、俺にもこういう可愛いとこだけ見せて幻想を抱かせてくれないのだろうか。

あの事件の記憶から、こうしてる宮本はそういう風に見える自分を演じてるようにしか思えない。

恐怖が勝ってくる。


そんな考えを振り払うように、俺は、三雲さんとタッキーに向けて言った。


「今日、ちょっと残って2人には付き合ってもらったんだけど、それには理由があるんだよね」


2人もきっと、不思議に思っていただろうから、帰りの間に種明かしだ。


「実はさ、大野さんから、友達が欲しいって相談をされてるんだよ」


「友達が欲しい? 確かに、友達の多いイメージはないけど……」


「あー、中学からそうだったかも?」


このリアクションから考えても、大野さんがそんなに交流をもっていないことがわかる。


だからこそ、陽キャで人脈があり、ちゃんといいやつの2人には俺たちの作戦を話しておく。


「友達を増やすことと、Tシャツを作ることをどうにか掛け合わせられないか考えたんだよ」


「主に私がね」


「そう、宮本が」


「それで、今日の会議の内容になるわけ。これから、ひとりひとりと面談みたいにしながら、話す機会が増えればいいなって感じなの」


そう。

友達なんて、お互いがそう思う以外に作る方法なんてない。


だからこそ、交流を絶っている現状をどうにか変える必要があった。

そこで、使命感をもって取り組んでくれそうなTシャツづくりにかけ合わせたと。


「そういうわけなのよ」


そういうわけなんだってさ。


「さすが優香ちゃん、頭いいね」


「新聞部で鍛えられてるからね」


なんだそれ。

新聞部怖いな。

俺ももう部員だけど。


「そっかー、やっぱりさすがだねえ」


「俺は運動部だから、そういう考え方できるの普通にすごいと思うよ。いや、こういうのに運動部か文化部かの違いがあるのかはわからないけどね」


なんで納得ムードなんだろうか?

新聞部のネームバリューそんなにあるの?


しかしそこで、だけど、とタッキーが呟いた。


「人と話すのって結構疲れるから、慣れてない大野さんが大変かもなあ」


……この男は、どこまでも。

どこまでも優しくて誠実なんだろう。

無意識で。


俺には、彼の優しさが眩しくて。


どうにか、彼のようないい人になりたいと。

この醜い心の黒を薄めたいと。

そんな悲しいことも思った帰り道だった。


*****


「タッキーと自分を比べてたの? 無意味なことするね」


「俺はお前より謙虚でネガティブなんだよ」


「ふぅん? 私はどれだけ歪んでても、あなたの全てが知りたいわ。自信もちなさい」


「キモ怖いわ」


「人聞きの悪い。恋の駆け引きの一部よ。最後に勝つために、私は爪を研いでるの」


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