その78
この学校の文化祭には、オープニングがある。
体育館のステージで、実行委員からのお言葉と軽い余興が入り、校長先生の話が終わったら、そのまま体育館ステージの演目が始まるという仕組みだ。
当然のことながら、その部分は生徒限定であり、校長先生の話が終わってから一般開放となる。
だが、体育館のオープニングを見ていると、準備が間に合わないというところもあるため、この様子は校内の各教室にあるモニタでも見られるようになっている。
俺は、ステージにはいかずに、各教室の準備の様子を撮影することになる。
バックステージというか、みんなが見えないところで頑張っている写真はなかなかいいものだ。
しかも、それなりに人気があることも、この短い新聞部生活の中で知っていた。
まあ、人気だけじゃなくて、俺としては、頑張っている人には報われてほしいという感覚が強くて撮っているのだけど。
「そんなことを言いながら、頑張りに応えられてないのが今の俺なのかもしれないな……」
なんて自分勝手な気持ちに浸りながら、写真を撮り進めていく。
やがて、各教室のモニタからオープニングの音声が流れ始め、本格的に始まったのだと知る。
この時間の担当区域を一応はまわることができたので、次のエリアに移動しようかと思った時、後ろから声をかけられた。
「高山、オープニングくらい見ていきなよ」
「杉本先生」
振り返って目に入った我がクラスの担任を思わず読んでしまう。
「というかな、一応、校長先生の話は聞くようにってなってたからね。教員としては、言っとかないといけないわけ。俺も別にいいと思うし、校長も強制しないために式典みたいな形にしなかったって言ってたけど、頭の固い管理職っていうのはいるもんでさ」
「先生、それ、半分愚痴じゃないですか?」
「まあ、そうとも言うな」
「そうとしか言わないでしょ。先生、俺は話しやすくてありがたいですけど、教頭とか先生みたいなタイプ嫌いそうじゃないですか」
「まさしくそれだね。教頭に嫌われてるんだなあ。校長とはそれなりにうまくやってるんだけども。まあ、私立の人事は校長に依るからさ、教頭は半分くらい無視でいいんだよ」
「なんてことを生徒に言ってるんですか」
俺は、あきれた声を出しながらも、優しく穏やかなのに軽薄なこの先生が好きだなと改めて思う。
「いや、これはな、愚痴に見せかけて、人生を若者に説いてるんだよ」
「どんな人生ですか」
「嫌われることを恐れるなってことだよ」
「はあ」
気のない返事をしつつも、そんな先生の話に興味をひかれている自分がいた。
先生は自信満々に続ける。
「高山はさ、なんていうか、気を遣っている感じがするんだよな。こう、みんなと同じ距離を保とうとしているというかさ。いいことだと思うけど、人間にそれは無理だと思うから、もっと肩の力抜いてもいいんじゃないって話」
「そんなに気を遣ってるように見えます?」
「生徒同士の話は知らないよ。教員という目線から見たときにって話だから、参考程度に。でも、全員に好かれるってことをあきらめると、前に一歩踏み出せるもんだから。自分の人生を振り返ってみてもね」
「なるほど」
そんな話をしていると、オープニングが終わったようだった。
「おっと、結局、話を聞かないことになってしまったみたいだな」
「いいんですか、それで」
「多分、大丈夫だよ。こんな細かいこと気にして生きてる人なんて、絶対幸せになれないからさ。高山は、幸せになるために、今を楽しめー。なんたって、高校生なんだからな」
それだけ言うと、先生は俺を置いてどこかへ行ってしまった。
ほんとに、ただ、絡みに来ただけの先生って感じだったけど、やっぱりこの先生の感じが好きだなあと思う。
「よし、行くか」
カメラを手に、次のエリアへと繰り出す。
先生の言葉や先輩の言葉を頭で反芻しながら。
俺が今の時間を楽しむためには、どんな決断が必要になってくるんだろう。
頭をぐるぐると回るのは、やっぱりそのことだった。
しかし、当然、俺の考えを待ってくれることなく、文化祭は進行していく。
一般客が徐々に校内に入り始め、学校全体がにぎやかになってきた。
オープニングが終わった直後から、シフトなど仕事のない生徒も各ブースに散って文化祭を楽しんでいるようだ。
すれ違う人たちの楽しんでいる様子を気まぐれに撮影しつつ、学校内を歩いていく。
カメラを向けると、ピースだったり、笑顔だったり、好意的なポーズを向けてくれる生徒が多くてうれしい。
カメラを持つようになってから感じたことだけど、ファインダー越しの世界を輝かせるのって難しいんだよな。
どうしても、カメラで撮られるということに緊張してしまう人も多いから、自然でいい表情はなかなか撮るのが難しい。
それでも、こうやって自然な顔を見せてくれるのは、俺に信頼を寄せてくれているってことで……。
そんなことを思いながら、何気なくカメラを向ける。
自分のクラスの前だった。
驚くほどキラキラとした笑顔で、ピースをする女の子がひとり。
反射的に、シャッターを切った。
「どうしたの? こんなところで。タカリョーのシフトはないようにしたでしょ?」
ノリノリでポーズをとったのが恥ずかしいかのようにはにかんで、そんなことを言うのは大野さんである。
俺と宮本がほとんど動けないために、うちのクラスの全体指揮は大野さんなのだ。
だから、初めの時間からクラスのブースにいる。
シフトもすごくたくさん入っていたような気がする。
「いや、写真撮って歩いてるから、その関係で来ただけだよ」
「そっか。残念。私に会いに来たのかと思った」
そんなセリフを言いながらも、恥ずかしがっているのが丸見えな大野さん。
ちょっとドキッとしてしまうし、こっちまで照れくさくなるからやめてほしいななんて思ってしまうけれど、口に出すのはやめておく。
ほんとはもう、なんとなくわかっているから。
その代わり、話をそらすように感想を一つ。
「その、Tシャツ、ちゃんと作った甲斐があっていい感じだと思うよ。実行委員の腕章も似合ってる」
「ありがと。タカリョーたちのおかげだけどね」
「そんなことないよ。Tシャツプロジェクトからずっと、クラスで先頭に立ってくれるじゃないか。今も」
「ほんとはそんな柄じゃないの。覚えてる? 4月の私。別人みたいじゃない?」
「それは、確かに、そうかもな」
時々、あの人間不信気味だった時を忘れてしまいそうになるほど、大野さんはしっかりとリーダー役もこなしていた。
若干、俺と話しているときよりもきょどきょどしている感じはあるけれど。
でも、立派にリーダーだった。
だから、このクラスのブースの準備も運営もうまく回っていた。
「でしょ。こんな私に変えたのは、タカリョーと優香ちゃんだよ。2人が頑張ってるから、私も頑張れる」
うれしいことを言ってくれるなあと思った。
「私はここで頑張ってるから、明日、よろしくね。楽しみにしてるから!」
大野さんはそう言うと、俺の肩をポンポンとたたいて教室の中へ戻っていった。
俺が何か返事をする暇もなかった。
俺は、大野さんを見送って、カメラで撮った画像を確認する。
文化祭限定の、まぶしい笑顔の女子高生がそこには映っていた。




