その72 side宮本優香
私たちは、焦っていた。
焦っていたというのは正確な表現ではないかもしれないけれど、焦燥感に似た感覚を胸に抱え続けていたのは確かだ。
休みが明けて、文化祭の準備期間が始まってからずっと、タカリョーは忙しい。
色んな部活や委員会の撮影に引っ張りだこだ。
休み時間にすら、タカリョーの写真に興味をもった上級生が訪ねてくる。
下級生も何人か来た。
これだけ人気だと、いくら仲が良いといっても私たちがかかわれる時間は少ない。
せっかく、夏のイベントで少し距離を近づけた(気がする)のに、学校が始まってから遠のくのはちょっともったいないなと思う。
正直、こんな感情を私が抱くようになるとは思っていなかった。
いざそうなってみると、なんだかすごく乙女チックというか、甘酸っぱく気恥ずかしい感じがして、自分が自分じゃないみたいにも思える。
でも、そんな自分でもいいかなと今思えているのは、真里ちゃんのおかげ。
ひとりだったら、自分から恋したいとか言っていたくせに、この感覚が受け入れられなくて、逃げてたかもしれないもの。
だから、逃げないためにも。
「作戦会議よ」
「おー、って、会議はいいけど、タカリョー人気者になっちゃってあんまり時間つくれなさそうだよ?」
昼休みの教室の片隅で、お弁当をつまみながら真里ちゃんは返す。
私も口に入れた卵焼きを飲み込んで言う。
「それなんだけど、とりあえず帰り道は今まで通り時間が取れそうだから、これは継続しないといけないと思うのよ」
「あとは個別のメッセージのやり取りとかね」
「そうね。でも、見てないときは本当に見てないから、メッセージは確実じゃないわね」
「で、電話、かけてみる?」
「何もないのに電話するのってちょっと、その、あれじゃない?」
「緊張する?」
「いや、それもそうなんだけど、その、あなたの声が聴きたいですって言っているみたいじゃない」
なぜか恥ずかしくて顔が熱くなる。
真里ちゃんはにやにやとして言う。
「えー、いいじゃない。むしろ、そうやって意識させていくのが正解なのかも。ほら、私たち、そこまで積極的になれてなかったから」
「それは、そうかもしれないけど。でも、恥ずかしいものは恥ずかしいじゃない。真里ちゃんはできるの? タカリョーに、何の用もない電話」
「えーっと、どうだろう。でき……ないかも。なんか、想像したら話すことなさすぎて、電話口で黙っちゃう自分がリアルに思い描けちゃったから」
「それは、そうね。私もわかるわ。真里ちゃんとは他愛ない話が続くのに、タカリョーとだとうまくいかないのはどうしてかしらね」
「さあ、なんでなんだろう」
「あ、これもまた脱線してるわね。今日の本題はそこじゃなかったわ」
「え、そうなの?」
真里ちゃんが不思議そうにこちらを見た。
そうなのよ、と相槌を打って、私は本題を切り出し始めた。
「実は、明日には発表になるんだけど、後夜祭で花火の演出があるらしいの。本格的なものじゃなくて、市販のものを屋上でやる許可がでた程度のモノらしいけど」
「え、手持ち?」
「そんなわけないでしょ。手持ちを屋上でやったところで、校庭には見えないじゃない。多分、打ち上げとかロケットとかで市販でもそれなりに大きく見えるやつよ」
「なるほどね。で、それがタカリョーとどう関係してくるの?」
「タカリョーと時間をとるのは難しい。多分、文化祭の期間中は、この前決めたみたいに、交代で2時間ずつくらい回るのがせいぜいよ。でも、それだと、最終ミッションがクリアできないでしょ?」
「うん。さすがに、みんながどこから見てるかわからないところではちょっとね」
「だから、その場所を屋上にしないかってことなの」
「私たちでも入れるの?」
「これから人員募集があるみたいなの。だから、屋上での係を引き受けて、タカリョーも巻き込んで、後夜祭の屋上を最終ミッションの場所にするのよ」
これは、偶然にも思いついた最高の作戦だった。
正直、雰囲気としてはキャンプファイヤーをしている校庭のほうがいいのかもしれない。
でも、みんながいい雰囲気でフォークダンスとかをしている中でやるようなことではないのだ。
私たちの最終ミッションは。
文化祭で決着をつけると、私と真里ちゃんは決めていた。
この後は、体育系の部活ではない限り、受験の色が強くなってくる。
うちは、なまじそれなりの結果を出している高校だから、受験モードの色はそれなりに強まる。
私たちももちろん、そうなる前提で動いているし、それに不満はない。
だからこそ、そういう煩わしいことが始まる前に、この恋の戦いを終わらせないといけないというのが、私たち2人の出した結論だった。
だから、最終ミッション。
最後の戦い。
「いいかもしれないね。タカリョーは屋上に来てくれるかな」
「来るわ。というか、来させるわ。どうせ、写真は撮らなきゃいけないのだから、屋上にもカメラマンが一人は必要でしょ?」
「そうだね。さすが、優香ちゃん。頭いいね」
「こんなのは悪知恵が働いてるっていうのよ」
くすくすと、2人で顔を見合わせて笑った。
午後の授業が始まるまで、あと5分。
教室が、少しずつあわただしくなってくるころだった。
先輩たちに、教室のすぐそこまで絡まれているようで、彼の声がする。
私たち2人の目線はどちらともなく自然にそちらに向かう。
なぜか、気になって視線を送るけど、別に話したいことなどない。
ただ、なんとなく存在が気になるだけ。
この、ふわふわとした感覚も嫌いじゃない。
嫌いじゃないけれど、やっぱり、視線はあちらからも欲しくなってくるものだ。
だって、私は、恋をしているのだから。
教室に彼が入ってきた。
こちらに向かって、ひらひらと右手を挙げてくる。
私たちはそれに軽く返して、平常心を装う。
真里ちゃんの内心はわからないけれど、私は、このタカリョーの反応が、私に向けたものであると確信できるようになりたいと思う。
そのために、わざわざ決着をつけるのだと、私は思っている。
蒸し暑い16歳の夏が、まだ、終わってほしくない。
そう、心から思うのだ。




