その6
昨日課されたクラスTシャツの件は、休み時間に俺の頭を悩ませることになった。
原因は、やはり先生である。
朝のホームルームにて、俺と宮本さんの主導で、クラスTシャツの製作に取り掛かっていることが明かされたのだ。
どうやら、この学校においてクラスTシャツのデザインは他クラスとの競争という意味で重要なものだったらしい。
俺はこの文化を知らなかったので、休み時間ごとに製作の進捗やデザインの構想を訊かれまくって、びっくりした。
おかげで、半分以上のクラスメイトと知り合いになれたが、かかるプレッシャーは増すばかりだ。
「なんでこんなの引き受けちゃったかなあ」
3時間目が早めに終わり、近くにいたタッキーに俺はそうこぼした。
タッキーは、変わらぬ明るさである。
「んー、俺は引き受けてくれて助かったよ? クラスTシャツだって、みんなで協力するわけだし、大丈夫、大丈夫。お前に責任なすりつける奴なんていないよ」
嬉しい言葉をかけてくれるタッキーはやはり聖人だ。
何度も言うけど、女の子なら惚れてる。
だが、タッキーの言う通り、うちのクラスメイトはみんな協力的で好意的な声をかけてくれるのだ。
やはり、そこそこの進学校には、育ちのいい人が通っているということなんだろうか。
「なになにー? クラスTシャツの話?」
会話に入ってきたのは三雲さん。
彼女はなんとなく俺やタッキーと一緒にいることが多い。
宮本もセットで。
「私も話を進めないといけないと思ってたのよ」
他の2人がいるときはまともなんだなと思いつつ、話す。
「うん、そうなんだけどさ。俺、絵が描けないからデザインとかよくわかんなくて」
「まぁなぁ、毎年すごいなあって他のクラスや上級生の見てて思うもんなあ」
「はいはい! 私、絵が上手い人知ってる!」
「本当に?」
三雲さんの声に俺たちの注目が集まる。
高校生って芸術科目が選択制だから、正直、他人の絵を見る機会なんてないんだよな。
「うん、美術はまだ始まってないけど、中学校の時、大野さんの絵がめっちゃくちゃ上手かったの覚えてるよ!」
「なるほど、中学校の知り合いか」
「そうそう。クラスは一緒になったことなかったけど、文化祭とかで見る絵は可愛いなあって思ってた」
「こんな都会で同じ中学校出身のクラスメイトなんているんだ」
「確かに珍しいかもしれないけど、住んでる場所とか学力とかで多少は偏るものよ……朝も見たでしょ?」
「あぁー」
なんて、話が脱線し始めるとクラスTシャツのことは忘れ去られる。
すぐに体育館への移動が指示されて、俺たちは全校集会へ向かった。
体育館のステージ側から、1年生、2年生、3年生の順で座らされ、部活のアピールを見る。
どの部も力が入っており、主にステージに立っている3年生は皆生き生きとしていた。
ぼんやりと、こういう場で楽しく騒げる高校生活にしたいなんて考える。
「来たわよ。葉山先輩」
引率の学級委員だから隣にいるのだが、今日は宮本に話しかけられるたびにビクビクしてしまう。
俺は、新聞部の発表については聞かされていなかったので、あのカリスマな先輩がどんな話をするのかワクワクしてステージを仰いだ。
マイクを持って出てきた葉山先輩が、あのキラキラな笑顔で話し出す。
「1年生の皆さん! ようこそ! 森山学園へ! 私たち新聞部は、この発表時間、持てる技術の全てを伝えるべく、こんな動画を用意しました!」
動画!?
新聞では!?
葉山先輩がセンターから退くと同時にスクリーンが上から下りてきた。
そして、軽快な音楽と共に始まる動画。
入っているナレーションは、恐らく、南先輩のもの。
しかし、あまりによく通り、凛とした声色は体育館の俺たちを引きつけた。
流れている映像は、新聞の製作過程とコンピュータを用い、様々な広報メディアを取り扱う部員たちの姿である。
スタイリッシュに編集されたそれは、企業のつくるプロモーションビデオのよう。
まあ、高校生のイメージだけど。
会場内全員の意識を釘付けにして、動画が終わり、同時にステージライトが点灯する。
照らされたのはマイクを持つ葉山先輩と、ポスターサイズの新聞を持つ、山本先輩、南先輩である。
「私たちはこのように、広報メディアを実際に作成して、活用する部活です! ここ、森山学園のイベントや行事等でも広報に協力していることもあります! 私たちも何も知らないところから、こうやって誇れるものを作るまでになりました!」
そう言って指し示すのは、山本先輩と南先輩が掲げている新聞。
確かに、デザインからレタリングまで工夫された新聞であることがわかる。
新聞だから、地味に見えるが、「森山学園へようこそ!」の見出しと校舎に桜が舞う写真は、1年生を歓迎していることがよく伝わる。
「1年生の皆さん、私たちと一緒に彩りのある高校生活を歩んでいきましょう! そして、その彩りを記録したいという意欲のある方は、ぜひ、新聞部へ!」
ありがとうございました!と頭を下げて、ステージから去る3人の先輩はとても輝いて見えた。
体育館から湧き上がる拍手。
俺も力を入れて拍手をしていた。
何の考えもなく入った割にワクワクした。
これからの部活が楽しみになってくる。
どの部活も同じくらい発表に力を入れていたので、1年生は迷うだろうな。
俺は先輩を知っているから、新聞部ってすごいなあと思ったけど、この学園の先輩はきっとみんなすごい。
なんか、高校生活がんばろうかなと思った。
「覚えてる? ホームルーム終わったらすぐに1年生の教室前よ?」
「おう。先輩がカッコ良かったから気合い入れて頑張るよ」
「葉山先輩は素敵よね。でも、葉山先輩は南先輩とラブラブだから、私が求める恋愛とはちょっと違うの。私はもうチャレンジすること決まったし」
「何の話?」
2日目にして、宮本が変なことを口走るのに慣れてきてる自分がいる。
というか、怖いからあんまり話を振らないで欲しいまである。
同じ新聞部の白河さんなら、この暴走の止め方がわかるだろうか。
「新聞部、入りませんか?」
俺と宮本はそれなりの時間、新聞部の勧誘をしていた。
何人か興味をもってくれた人がいたが、やっぱり初日だからか、手応えはあんまりなかったけれど。
「そろそろ人も少なくなったし、部室帰る?」
「そうだね、もうそこまで効果無さそうだし」
2人で連れ立って歩いていると、1年生の男子の視線が宮本にとても向いているのがわかる。
宮本も宮本で見られているのを自覚しながら、笑顔を浮かべていた気がする。
でも、視線がなくなると、大体俺への視線と共に独り言が聞こえる。
「うん、イメージ通りできてるはずなのよ。本人に通じなきゃ意味がないのだけど」
うむ。ちょっとよくわからない。
早急に白河さんに相談したい。
と、思っていたらその機会は意外と早くきた。
部室に帰ったら、白河さんが都合よく休んでいたのだ。
宮本が席をはずした瞬間、白河さんに探りを入れる。
「ねぇ、白河さん。宮本ってどんな人?」
「何、急に。どうしたの?
まぁ、いきなりそんなこと聞かれたらそうか。
眉を顰める彼女に俺は更に聞いた。
「実は昨日、宮本に色々言われてさ。恋がどうたら、とか」
「あー……」
すると、急に彼女は合点がいったようだった。
次の瞬間には、ニヤニヤとした顔で俺に質問してきた。
「初対面なのに告白されて、ドキドキしちゃった?」
「アホか! そんなんじゃねぇわ!」
多少ドキドキしたのも事実だが、それ以上にハラハラした。
今の白河さんの言動にはドキドキしたけども。
「まぁ、嬉しい気持ちが来てもびっくりが勝つわよねえ」
白河さんは俺の反応を見た後、しみじみとそう言った。
「そうなんだよ。なんか、訳がわかんなくてさ、俺は誰かに嵌められてるんじゃないかと」
「あー、それはないわ。優香があなたを嵌めようとしているだけよ」
「もう、本当にわからんのだが」
白河さんはそれを聞いて、苦笑した。
そして、そうねーと言葉を探してからこう言った。
「とりあえず、一言で表すなら……宮本優香は、恋に恋する拗らせ乙女よ」
「恋……なに?」
ガラガラ。
部室の扉が開いた。
「ただいま。そういえば、クラスTシャツの話なんだけど……」
宮本が帰ってきたのだ。
俺は慌てて相槌を打ちながら、白河さんの方を見やる。
微妙な視線を送ったあと、手元の本に目を落とした彼女に、そのあと、話しかけることはできなかった。
「ねぇ、聞いてる?」
「あ、あーと、大野さんの話だよね。とりあえず声はかけておきたいけど……」
宮本は、圧が強かったのである。
いや、必要な話なのだけど。
「私が連絡先知ってればよかったのだけど、知らないのよね」
「三雲さんは?」
「雪ちゃんも知らないって」
「じゃあ、会って伝えるしかないか。いつ会えるかな」
「んー、それなら、そろそろかしらね」
宮本の答えに疑問を浮かべていると、部室の扉をガラガラと開けて、加賀美さんが入ってきた。
「誠ー、今日は部活ないから帰ろうかと思うんだけど、あんたは平気?」
自信満々で恥じらいもなくそう言った加賀美さんの後ろにはいつも通り、大野さんがいた。
なるほど、吉岡くんと加賀美さんは付き合っていて、一緒に帰るからここに寄るとわかった訳か。
だけど、吉岡くんは今いないぞ?
そう思って彼女を見ると、今それに気づいたのか、顔が真っ赤である。
かわいい。
などと思っていると加賀美さんの後ろから声がした。
「明梨? わざわざ来たの? 今日はもう終わりだから帰れるよ」
部室の外から、吉岡くんがきたらしい。
加賀美さんは高速で部室の外に足を向けた。
かわいいかよ。
「そう、じゃあ帰ろ」
おっとっと。
このまま3人が帰ってしまうと大野さんに依頼するタイミングが遅くなってしまう。
俺は、意を決してこの空気に割り込んだ。
「ちょっと、いいかな」
「どしたの?」
加賀美さんが不機嫌そうに俺のことを見る。
知ってた。
大野さんも明らかに俺のことを警戒しているけど、もうしょうがない。
「いや、加賀美さんじゃなくて、大野さんに話があるんだけど」
「なっ! にゃんですか!」
大野さんは驚き、赤面し、噛んだ。
なんやねん。かわいいやないかい。
あまりに過敏な反応に、今度は加賀美さんの目つきが険しくなる。
「ちょっと、あんた、まりになんかしたの?」
美少女の鋭い目は心に来るものがある……。
というか、今日不運じゃないか?
なんて、言ってる場合じゃない。
「いや、ただ、クラスTシャツのデザインを頼もうかと思ってただけなんだ」
「クラスTシャツ?」
剣呑ではなくなったものの、まだ首を捻る加賀美さん。
そこに、宮本の助けが入る。
「雪ちゃんから聞いたのよ、大野さんは絵が上手いって。私たちにはそういう技術がないから、手伝ってもらえたらって。どう?」
「うぁ、うぅ、その……」
大野さんは顔をなぜか真っ赤にして、答えに困っているようだった。
加賀美さんは苦笑を浮かべながら言う。
「まりって、結構人見知りなとこあるから、対面だとこうなっちゃうのよね。そういう依頼なら、SNSとかでやりとりした方がいいかもね。私も、最初はそこからだったし」
宮本の介入のせいか、目的がわかったからか、加賀美さんは融和的な姿勢になってくれた。
チャンスだと思い、交換を申し出る。
決して、女の子の連絡先を増やしたいわけではない。
「じゃあ、とりあえず連絡先交換しとこうか」
「私もお願い」
うぅ……と縮こまりながらも連絡先を交換してくれる大野さんがそれはそれは可愛く見えた。
愛でてぇ。愛でてぇ。
恋愛はしたくないけど、やっぱり可愛い女の子はいいもんだなあと思ったのである。
男の性ってやつだな。
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「ふぅん? 可愛かったの」
「そりゃ、可愛いなとは思うだろ」
「私もそっち方面を強化しないといけないみたいね……」
「いや、何も強化する必要ないから!」
「どうして? 私はあなたの一番になりたいのに」
「俺のためになんてやめろよ、ホント……。罪悪感が募る」
「じゃあ、早く付き合って」
「それとこれとは、別の、話だ」
「ふふ、私はいくらでも待つつもりだけど?」