その31
今日は、失敗できない日。
幼馴染が告白する日。
そのお手伝いをする日。
朝からずっとそれを考えて、テンションも緊張感も高まり続けている。
体育祭は、実は空き時間がとても多い。
だから、サボる人もいっぱいいる。
まぁ、「休憩」って言ったらだれも責められないしね。
仕事を抱えていたり、応援をしっかりしたりすると別だけど、2人はきっとそうではない。
だからといって、雪ちゃんがサボって告白するのを良しとするわけはなかった。
雪ちゃんが告白するのは、今日の夕方、クラスでの連絡が終わり、片付けへと三々五々向かうその時間。
私は何故だかずっとそれが楽しみで仕方がない。
本当になんでだろう。
幼馴染が楽しそうだから?
恋が輝く瞬間が見たいから?
大野さんの告白シーンも思い返せば、とっても素敵に見えた。
タカリョーには釘を刺されたけど、見たいものは見たいのだ。
だから今日、タカリョーにはなにも言ってない。
運良く撮影班のペアにもならなかったから、怪しまれることもないだろう。
タカリョーと2人きりで体育祭を回れないのは少し残念ではあるけど……。
「宮本さん、何してるの?」
私にそう声をかけてくるのは吉岡くん。
「……西日の角度と、動画の画角の計算だけど?」
うん、撮影班として動いているにしては不思議な挙動だったかもしれない。
私、今カメラ置いちゃってるし。
だから、さも当然のように言ってみた。
これくらいなら新聞部的にもありでしょう。
「なる、ほど。そっか。深く突っ込まない方が良さそうだね」
「なにか問題でも?」
物わかりがいいのはありがたいけど、少し馬鹿にされてるんじゃないか。
そう思ったら、余計に喋っていた。
吉岡くんは肩をすくめて言った。
「なんでもないよ。気合い入ってるなって思っただけ」
「そう? 体育祭だからこれくらい普通よ」
「そうだね。気分が盛り上がる日だもんね」
撮った写真を確認しながら話す吉岡くんの姿が、いつかの彼とダブって見える。
あれは……そう、加賀美さんに絡まれてる時の……。
「さ、次に行こうか。そろそろ種目変わっちゃうし」
「あ、ええ、そうね」
吉岡くんの声で思い出しかけたイメージが霧散した。
とりあえず、仕事を全うすることにする。
正直、雪ちゃんの告白なのに私がこんなに気合いを入れているのはどうかしてるのかもしれない。
でも、なんだかドキドキするのだ。
あわよくば動画を撮っておきたいくらいには。
それくらい、大野さんの告白シーン頭に焼き付いていた。
あの日の夕暮れの教室。
最高のヒロインだった大野さん。
私が求める、恋の素敵な効果の具現化みたいなものが、そこにあったんだ。
今日、もう一度見られないかなぁ、なんて考えてた。
多分、そんなふわふわした気分でいたのがいけなかったんだろう。
私は、後悔してもしきれないミスをした。
昼休み前の最終競技、雪ちゃんが出る短距離走があった。
彼女の姿を目で追って、たまに応援するクラスの人の写真を撮って……。
走る雪ちゃんがカッコ良かったから、口から言葉が溢れてしまった。
「雪ちゃん、今日、告白するのかあ……」
「えっ? マジで!?」
その声にギョッとして振り向くと、うちのクラスの野球部で、お調子者の山田くんがいた。
近くには件の木山くんが座っている。
「いや、今のは違っ……」
私がそうやって否定しようとする前に、山田くんは近くにいた調子の良さそうな男子数人に声をかけ始めた。
「おい、三雲、今日告白するらしいぞ」
一部の男子だけの内緒話。
でも、確かに何人かにその情報は伝わってしまった。
大抵の男子は、良識があるみたいで、冗談扱いにしたり、微妙な顔をしたりしてくれているけど、それじゃ意味ない。
私は山田くんに近づいていって、強く腕を引き、あまり他の人に聞かれないスペースにきた。
「ちょっと、やめてよ。雪ちゃんが告白するかもっていうのは、私のただの想像だし、関係ないあなたたちに噂を広めて欲しくないし!」
かなり苛烈な口調になってしまい、山田くんが若干驚いた顔をしていたが、そんなの気にしてる場合じゃない。
山田くんは、焦ったように言う。
「わかった、わかったよ。ごめんって。みんなが喜びそうな話題だと思ってさ」
この……!
怒りがこみ上げそうになったけど、私のミスのせいでこうなっているんだと思い、落ち着く。
「と、とりあえず、俺はもう話さないからさ。まぁ、あそこで話しちゃったみんなに関してもどうにか話題逸らしたりするからさ」
ハッと思い、山田くんが話をふっていたグループに目をやる。
ここは遠く、何を話しているか聞こえない。
けれど、ここで山田くんに話を逸らしてなんて頼めない。
頼んだらまたぶり返すに決まってる。
タカリョーなら、どうにかしてくれるかもしれないという考えがよぎったが、それを振り切るように山田くんに声をかけた。
「やめて。とにかく何もしないで。触れないで。大丈夫だから」
そう言って、私はもう踵を返す。
話をしているグループの方に向かう。
「そういえば、さっきの、三雲……」
という言葉が聞こえたあたりで、私は走り出そうとしたが、私が止めるまでもなく、その会話は止まった。
「お前ら、応援の声が足りねえんじゃねえのか?」
野太い声が、そのあたりの男子たちを中心にかけられる。
瓜生くんだ。
野球部らしいその力強い声に、男子たちが少しびっくりしたように反応して、ぎこちなく声を上げ始めた。
助かった……。
内心でそう思った時、吉岡くんが私の肩を叩いた。
「そろそろお昼だし、部室戻ろっか」
どこまで知っているのかわからないけれど、本当に助かったなと私は思った。
同時に、言いようのない苦い気持ちがこみ上げてきていた。




