その3
初日の帰り。
クラスTシャツ製作について、先生から説明を受けていた俺と宮本さんは少し帰るのが遅くなった。
しかし、俺たちが帰る頃まで、2人の女の子がクラスに残っていた。
加賀美明梨と、大野真里だ。
いや、名前を知ったのは後からなんだけどね。
その時は、加賀美さんが先生に発言を完封されたリア充系美少女だということしか認識していなかった。
大野さんは、肩までの髪に一部編み込みを入れたような髪型に大人しめのメガネをかけた、可愛らしくも静かな感じの女の子だった。
図書館に、いそうな、清楚系の……。
ハッ、これ以上はいけない。
惚れてしまう可能性が出てくる!
……まぁ、そんな彼女たちは、何か俺に用があったらしい。
帰り支度をする俺の机の前に来て、加賀美さんが言った。
「さ、さっきは、ありがとね。その、助かったから」
俺は一瞬、何のことかわからなかったが、察しが悪い人間は、嫌われるかもしれないという防衛本能の下、適当に、無難に返した。
「いや、気にしないで。俺は、その、興味があっただけだから」
……やめてくれ。
わかってる。
ちょっとカッコつけたよ。
お礼はきっと学級委員になったことに対してだからね。
ちょっとは自分の勇気を褒めたくなるの。
許して!
「そっか。でも、ありがと」
どこか安心する様に、ニコッと笑った彼女の顔が、美少女すぎて吹き飛ぶかと思ったが、俺は貼り付けた微笑みでなんとか乗り切った。
微笑みというより、気持ちの悪いにやけ顔だったかもしれないけど。
「まり! ごめんね、待たせて。いこ!」
「う、うん」
一転して明るいオーラを纏い直した加賀美さんは、大野さんに向かって笑いかけ、スタスタと教室を出て行った。
大野さんは、その後を待ってよーとい言いながら追いかける。
その光景に、美少女は絵になるなあと不躾なことを考えていたのが悪かったのだろうか。
大野さんが、去り際にバンと机にメモを置いてつぶやきを残していった。
「け、警告です!」
と。
そんな可愛い感じに言われても困るんですけどー。
警告になってないんですけどー。
声小さめで自信なさげなとことかかなり来るものがあるんですけどー。
などと俺は謎の呪文を唱えていた。
だが、彼女はそれなりに本気だったようで、メモにはこう書かれていた。
『あんなことであかりんの気を引けるなんて思わないでください! あかりんに近づく悪い男は、私が許しません!』
俺の口から、思わず声が漏れる。
「いや。かわいいが?」
そして襲いくる恋愛したい欲求!
俺はすかさず、精神統一として脳内で黒歴史振り返りの儀を執り行う。
忘れるな。
中2で好きになった女の子。
死ぬほどかわいいと思ったが、結局、俺のことが苦手だった彼女と、仲良くなれるようなことはなかった。
いや、俺はなにかしたわけじゃないんだ。
ちょっと成績が良くて、ちょっと先生に気に入られている節があっただけ。
そんなやつ山ほどいるのにそれが理由で嫌われてた。
好きな人にだ!
好きだと思い続けても、叶わない恋は寂しいだけだ!
彼女は最終的にイケメンと付き合って、楽しそうにしているのを後ろから見る瞬間は何より苦痛だった!
思い出せ。
俺は、恋愛に手を出さない。
野心のない、無害な、“いい人”でいるんだ……!
よぉし、精神統一完了!
メンタルリセット!
明日からもこれで普通に……。
「何か言った?」
「ぅあぉ! 宮本さんか。びっくりさせないでよ」
「だって、何か聞こえたから」
俺の机の方を向いて、唐突に宮本さんが声をかけてきた。
漏れ出てたか?
気持ち悪いな、気を付けよう。
俺は慌ててメモをしまいながら、取り繕う。
「いや、独り言だよ。ほら、今日は疲れたなって」
「ふぅん?」
少し訝しむような彼女の目つき。
組んでいる腕。
顔の動きの1センチまで、何故か魅力的に見える。
これは精神統一が足りていない。
というか、都会は美少女とイケメンが多すぎる。
そういえば、と彼女は言う。
「さっき小声で言ってた、なんでもするって話だけど」
「あ、あぁ、アレね。いや、ほんとにありがとう。全然力になれないのはわかってるけど、なにかあれば、本当になんでもする勢いで手伝うから!」
そう、俺は宮本さんを学級委員にするために……というか、学級委員になってもらったお礼として、なんでもするという誓いを立てていた。
ネット上でなんでもするってのはフラグだが、高校生の男子にヤバいことを求めてくることはないだろう。
案の定、宮本さんからのお願いは全く問題ないものだった。
「それじゃあ、明日から新聞部に入ってくれない? 部活、決めてないんでしょ?」
「あ、うん。決めてないし、入る気もなかったから、全然いいけど……どうして?」
新聞部というのは、その名の通り新聞を作る部活なのだろう。
北海道の高校にもあったからなんとなくイメージできる。
「人員が増えると単純に得なのよ。ほら、これから部活勧誘シーズンだから」
なるほど。
理由もとてもわかりやすい。
宮本の話によると、人員が多いと勧誘できる人数が増える上に、新聞の作成も捗る。
生徒会の予算も振り分けられやすくなるし、廃部等を気にする小規模部活には1人でも人が欲しいということだった。
「新聞なんて作ったことないけど、やりたいこともないし、力になるよ」
「ありがとう。明日のHR前には一回部室で作戦会議をするから、早速になるけどよろしくね」
「わかった。朝、教室に来たら連絡すればいい?」
「うん、頼んだわ」
さらりとSNSのアドレスを交換した俺は、内心女子の連絡先に歓喜乱舞していた。
そして、同時に会話のネタがなくなり、この後どうしようか焦りまくった。
焦る必要なんてないのに。
そして、なぜかテンパった結果、ガタガタと席を立って、じゃあまた明日と教室を離れた。
女の子には慣れられないのである。
男とはそういう生き物である。
そうじゃない男は俺は男とは呼ばんぞ!
別の超生命体だ!
凡人男子高校生の俺は、たまたま連絡先を交換した女の子に惚れないようにするためにも一苦労なのだ。
しかし、俺のクールに去る作戦は失敗に終わった。
宮本さんに腕を取られて、止められたのだ。
「もう一つ、あるんだけど」
「……何が?」
「質問、かしら」
「どんな?」
俺はなぜか薄ら寒いものを感じていた。
そして、それは的中する。
「あなた、恋に興味はある?」
*****
「あの時、そんなこと考えてたのね。我慢しないで私に惚れなさいよ」
「あの時の宮本さんは、俺の目の前にいる宮本優香とは別の宮本さんだ」
「同一人物よ?」
「絶対に認めないぞ。そして、絶対に惚れないからな。他のやつと恋愛しとけよ」
「それは聞き飽きたわ。それより私、前の彼女のこととか知りたいタイプなの。加賀美さんや大野さんのこと教えて」
「やめろ、まずその二人と恋人関係にはなってないからな?」
「えー、でも、教室とか校舎裏とかで……」
「その覗きが、俺に変な興味を持たせた原因だろ? 全部話すからさ。俺のこと忘れない?」
「……まずは聞いてから判断しようかしら」
「目を輝かせるな。楽しむな。悪魔め」
「小悪魔系を目指してるの」
「どう考えても大魔王だよ、俺にとってはな」