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その29

「お疲れ様、調子はどう?」


我ながらアメリカンな声の掛け方をしてしまったなと思ったが、木山くんはにこやかに答えてくれた。


「まずまずだね。みんなみたいにうまくは描けないけど、それなりにって感じかな」


木山くんが描いていたのは、煌めく星々が背景のプログラムボードだった。

他のプログラムボードの多くには、映える人物が描かれていることが多い。

演目がダンスだから、その世界観なのだろうか。


「なぁ、この星空は演目のイメージに合わせたのか? インパクトあるなあと思ったんだけど」


「ありがとう。この演目のイメージが夏の星空なのは、正しいけど、僕は先輩にここに入れてもらっただけだよ」


ん?


あんまり意味が掴めていなかったのが伝わったのか、重ねて説明してくれる。


「ほら、デザイン部総出のイベントだからさ、制作物の希望を取ってもらえるんだ。僕は元々天文部で、星の写真撮ったり、加工したりはしてたんだけど、絵はそう得意でもなかったからんだよね。だから、描けそうなとこに回してくださいって頼んだわけ」


ん? ん?

説明で更に情報が増えてしまった。


「その、木山くんって天文部と掛け持ちでデザイン部だったわけじゃないってことで合ってる?」


「あぁ、そうそう。そうだよ。天文部、部員減ってなくなっちゃったんだよね。デザイン部って、何かしてたいけど部活がなくなったっていう文化部の受け皿的なところあるから、僕もその口」


その後、この学校のシステムも踏まえて詳しく聞いたところ、部活が作りやすいが故に、いくつかの部活は年度ごとに無くなっているみたいだ。

その割合は文化部が多く、なくなった部活に所属していた部員が、趣味程度にふわっと入る受け皿的な機能としてデザイン部があるという。


「はじめて知った」


「まぁ、転校生ならしょうがないって。ほら、この部屋にも30人近い人間が作業しているけど、これはデザイン部の一部なんだよ。全員で100人は超えてる部活なんだよね」


「それは、すごいな」


前の学校で文化部のトップは吹奏楽部とか、ダンス部とか、目立って、人数も必要な部活だった。

部の作りやすさとか、兼部できることとか、いろんな影響があるだろうけど、それでもこの数はすごい。


「実際、幹部として動いてる先輩はすごいよ。創作活動もできるし、リーダーシップもあるんだから。僕みたいな拾ってもらった側は裏方で必死に支えるんだ。先輩が優しいし、楽しいけどね」


「そうか……天文部がなくなっても、星に関することは、その、やってるのか?」


「もちろん。デザイン部でやってるのも、星の写真を撮ったり、星空の写真と他の画像を重ねて加工したり、星座早見をつくったりっていう星に関する創作ばっかりだよ」


楽しそうに笑う木山くんを見て、なんだか安心した。

楽しくない毎日のことを、他人に踏み込まれるのは苦痛だと思ったから。


「デザイン部は、本当に趣味で創作するだけなんだ。ジャンルとかどうでもいいし、協力して何かを作ってもいい。学校の行事で駆り出されるから、行事のこういうことをちゃんとやれば、何やってもいいんだ。そういう活動が好きな人が交流する場所みたいな感じ」


「なるほどな。だから、画像の加工とかもできるってことか」


「そう。素人だったけど、割と面白くて、ハマっちゃったよ」


ここで、木山くんはスマホケースに付けられたキーホルダーをみやった。

青と黄色で彩られた、星空がモチーフと思われるキーホルダーだ。


そして、それをいじりながら、こう続けた。


「ただ、自分に出来ることが増えたからこそ、卒業しちゃった先輩たちと、天文部でもっと色々できたかもなって思う時もあるよね。ないものねだりだって、分かってはいるんだけど」


そんなこと……。


そんなことこの場で言うなよ!

反応しづらいだろうが!


そういえば、こいつ国語のテストでクラス2位とかじゃなかったか?

1位が宮本だということを考えると、国語の得意なやつはみんなおしゃべりなんか?

そうなんか?


プチパニックをそうやって抑えていると、木山くんの更に隣の男子が声をかけてきた。


「また語ってんの? 好きだねえ」


少し軽そうな雰囲気の男子だ。

顔は見たことがあるから、2年生だとは思うけど。


「田代、何か用?」


木山くんが苦笑を浮かべながらそう言う。

田代と呼ばれた男子は、ニヤニヤしながら答えた。


「木山がそうやって語ってんの、割と好きだから、野次馬しにきたよ」


「別にたいしたこと言ってないよ。タカリョーもごめんな、話に付き合わせて」


「いや、全然。デザイン部に色んな人がいるってわかって面白かったし」


それに、話してみたかったし、という言葉までは飲み込んだ。


「なるほどねえ。新聞部はなんでも記事の種になるわけか」


大袈裟に感心した様子を見せた田代くんは、こんなことを言う。


「じゃあ、デザイン部一本の俺が感じてることを教えよう」


ふっふっふ、とまた芝居がかった笑い方をして、田代くんは人差し指を立てた。


「ずばり、チヤホヤされ度が足りない!!」


ビシッと俺に向かって、指先を突きつける。

驚きから、弱々しい相槌が漏れる。


木山くんが、苦笑を浮かべた。


「また始まった。タカリョー、田代の言うことは気にしなくていいよ」


「おいおい、そうやって流すのはよくないぞ。俺は、真剣に、言ってるんだ」


「なるほど? とりあえず聞こうか」


木山くんは目配せで謝ってきた。

俺はこういう本音みたいな面白そうな話は気になるタイプだ。

気にしないという意味で指で丸をつくる。


「まず、デザイン部は創作活動をメインにしている! 主に絵を描く奴が多いが、それだけじゃない。とにかく色んな技術をもっているやつがいるんだ。みんなすげえのよ」


「確かにね」


「でも、行事のたびに駆り出されてその腕を奮っている割に、俺たちのことを話題に出す人は少ない! これはどうなんだろうか!」


田代くんは、勢いよく腕を振り下ろし、しかし、他の部員の作業を邪魔しないように、軽く机を叩く。

大袈裟な振る舞いの割にしっかり気遣いをしているのが面白くて思わず笑みが溢れる。


だが、田代くんは真剣だ。

そして、木山くんも穏やかながら真面目な顔で反応する。


「でも、作品たちはちゃんと注目されてるじゃないか。色んなとこで話題にされてるし」


「作品をつくった人間も知ってくれよって話だろうよ! モテたいじゃないか!」


“モテたい”の部分の言い方が真に迫りすぎていて、思わず俺たちは笑ってしまった。


田代くんのキャラも相まって、ひとつの笑いの流れのようにもなっていたが、俺の中で、この取材はかなり心に残るものになった。


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