その25
その後、水族館からは出る流れになったのか、三雲さんと木山くんは街へ繰り出していった。
俺と宮本も、さっきの約束通り、水族館の外は尾行しないことにする。
ふと気になって、宮本に聞いてみる。
「んで、どうだったんだ? 2人の関係は何か見えたか?」
「ええ、そうね……多分、まだ付き合ってない感じね。木山くんは少し遠慮してるのかしら?」
「なんだよ、思ったよりちゃんと見てるじゃん」
ショーの時、わりとちゃんとイルカとか見てたから観察までしてないのかなと思っていたけど、案外ちゃんと見てるじゃないか。
「いや、今のは雪ちゃんから聞いていて、改めて確認できたことを言っただけよ。今日わかったことなんて、ほとんどないわ」
「なんだそれ」
「他人のデートを覗き見るとかしてみたかったのよ」
ちょっと感心して損したわ。
結局、宮本の遊びに付き合っただけじゃないか。
でも、そこまで不満がないのは、俺もそれなりに楽しんでたからなんだろうな。
のぞき見の部分はそこまででもないけど。
「さて、この後はどうするんだ? あとは帰るだけか?」
まだ昼過ぎだが、俺はもう一日が終わった気分になっていた。
しかし、宮本は言う。
「忘れないで。私は今日、3つ目的があるって言ったの。まだ一つしか達成してないわよ」
「そういえば、たしかに」
「予定は前倒しになったけど、ここから色々やるのよ。ついてきなさい」
「命令かよ」
なんだか、またやる気をみなぎらせている宮本は、俺に命令して、街の方へ歩を進めた。
命令口調でも、全然不快じゃないのは、心なしか楽しそうだったからだろうか。
女の子が楽しそうなところに、水をさす勇気は俺にはないのだ。
観光地として栄えている商店街に行く前に、踏切を通る場所があった。
先行していた宮本に、そこで追いつく。
「お昼、まだだったから、おすすめの場所に行くわよ」
「行きの電車で教えてくれたやつか」
「そう。その後もおすすめをめぐるから覚悟しなさい」
「なんだよ、覚悟って」
俺は思わず笑ってしまった。
宮本はそれにも動じず、真面目な顔で言った。
「気に入って欲しいのよ、何度もきて欲しいくらいに。何度も思い出すくらいにね」
最後にふわりと見せた小さな笑顔が印象的だった。
踏切のバーが上がる。
「行こう」
そう言って宮本に手を引かれる。
そんなにボーッとしてただろうか。
されるがままの俺の頭に残ったのは、楽しそうに先行する宮本の顔だった。
おすすめされた店はどれも美味しく、しかもお洒落な感じがした。
「こんな街、都会でも珍しいよなぁ」
移動中に、満足感から言葉が溢れた。
宮本はそれを聞いてくすりと笑う。
「そもそも、東京はこんなに海が見えるわけじゃないわ。浜辺っぽい雰囲気も無いし。お洒落な街はあるけど、また雰囲気が違うわよね」
「なんか大人なコメントしやがって、俺が田舎者みたいじゃないか」
なんとなく対抗するように答えてみる。
また何か言い返されるかと思ったが、意外にシンプルな答えが返ってきた。
「そんなことないわ。私だって、はじめてみたときは、同じように驚いて、楽しくて、素敵な気分になったもの」
そうやって思い出しながら語る宮本は、実に楽しそうだ。
それから、宮本と行った場所は、どこもちゃんと面白く、特別感のある1日を過ごすには十分だった。
正直、水族館だけで終わると思っていたので意外だったし、宮本がこの辺りの街が好きなのは嘘じゃないらしい。
宮本は、夕暮れ前に、街が一望できる灯台の方に連れて行ってくれた。
まぁ、この辺りで俺は、将来はデートでエスコートできないような事態にならないように頑張ろうと思うくらい楽しませてもらっていた。
今日のことは、感謝しないとなとも思う。
「見て。素敵でしょう。緑も青も、夕焼けが近いから赤もオレンジも見える。ここは一番気持ちいい場所よ」
灯台の展望スペースに着いた俺たちは、街の全景を眺めていた。
宮本が言うように、なにか心にくる景色だった。
宮本は、嬉しさと寂しさを混ぜたような難しい笑顔で、海の方を見つめる。
「私、夕暮れは好きだけど、嫌いでもあるの。1日は終わってしまうし、私の好きな青は、強い強い光で塗りつぶされて、最後には闇に溶けて見えなくなってしまうから」
「いつになく詩的なことを言うんだな」
「それは夕暮れの好きなところのおかげね。恥ずかしさは、光に照らされて見えなくなるから」
なんだか楽しそうな宮本は、俺が言葉を継ぐ間もなく、話し続ける。
「私が最初に言った目的のひとつは、あなたの気持ちをリフレッシュさせることよ」
「俺の?」
宮本がなんでそんなことを言うのか、よくわからなかった。
ピンときていない俺に苦笑して、宮本は言う。
「記事。まだ、決まってないんでしょう? 焦ってるって顔に書いてあったわよ?」
そんなことは……と否定しようとすると、宮本は唇に手を当てた。
もちろん、俺のではなく、自分のにだが。
「私はよく見てるから、わかるのよ。自分も経験したし。だから、リフレッシュさせてあげたかったし、一言言ってあげたかった。今日は、だから、本当に私のわがまま」
「なるほど? よく分かってはないのかもしれないけど、とりあえず、その一言っていうのが気になるな」
宮本がこうやって饒舌になるとき、俺のことを語るとき、なんだか俺は焦ってしまう気がする。
「言いたかったのはね、まずはパクりでもなんでもいいから、書いて、失敗してみてってこと」
「ほお」
変な相槌が出てしまった。
なんか、似たようなことを言われた記憶があるけど、わざわざここに来て言う意味がわからなかったりする。
「私ね、前に葉山先輩たちとここに来たんだよ。その時、いきなり言われたの。『この景色を文章にしてみて』って」
「それはそれは……」
大変だ。
少なくとも俺にとっては難しい。
「私も必死で考えたわ。島に立つ灯台から見渡す街は、行き交う人が夕暮れに追われるように駅に向かって……とか、そんなの。難しくて、あんまり言葉にならなかった」
「おん」
「だけどね、すぐ後に、こんな質問をされたの。『じゃあ、誰かとここへ遊びに来るとして、あなたはどんなふうにここをオススメするの?』って」
なんだか、楽しそうな笑みを浮かべて話している葉山先輩が頭に浮かんだ。
「私、そんなにうまく答えられなかったけど、その後の葉山先輩の言葉が今でも残ってる。『そうやって、言葉を尽くして、共有しようとしてくれていることが、聞いている私からしたら、一番嬉しいんだよ』って」
そこで、言葉を切った宮本は、くすりと笑った。
「まぁ、『今の誘い方はまだまだだね。口説き文句はもっと練習が必要だよ!』って楽しそうに言われて、感動する間も無く笑っちゃったんだけど」
宮本はそこまで言うと、体ごと俺に向き直った。
「私の、記事を書く原動力はここ。ここにある思い出と言葉。それが、タカリョーに伝えたかったこと」
どんな顔をすればいいのか分からなくて、俺は、宮本から顔を逸らして、街の遠景を眺めた。
宮本が笑った気配がした。
「最初から成功するなんて、絶対無理だから。だから、私の原動力が、あなたのいつかの成功に役立ちますように」
帰ったら、原稿を考えてみようと思った。




