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その23

水族館の館内に入っても、俺の動悸は収まり切ってはいなかった。


さっきあれだけドキドキさせられたのに、宮本の距離が心なしか今までより近い。


「ねぇ、クラゲのエリアに行きましょう。すごく綺麗なの」


そんな言い方するなよ。

可愛いじゃないかよ。


多分、相当気のない返事をして、宮本についていっているのに、彼女は嫌な顔一つしない。

それよりも、水槽に魅せられたように食いついているのが、すごく印象的だった。


つい、聞いてしまう。


「そんなに、水族館が好きなのか?」


「うん、まぁ、そうね」


「どうしてまた」


「んー、水の青が、好きなんだと思う」


「水の、青」


それはちょっと予想外の答えだった。

吉岡くんもそうだけど、若干、新聞部の人たちは感性で会話してくるからな。


青になにがあるのか、俺にはわからなかった。


「青ってさ、涼やかで、爽やかで、なんだか気持ちがすっきりする色だと思わない?」


「まぁ、それはたしかに」


「だから、好きなの」


なるほど?

正直、全部はわからなかったけど、楽しそうに話すので、それはそれでいいかと思った。


なんだか、この瞬間は、それがよかった。

難しい話をする時間じゃないと思ったんだ。


「なぁ、なんで、俺を誘ったんだ?」


「あなたを恋に落とそうとしているから、じゃ、ダメ?」


クラゲのエリアから、外に出ようとしていた時だった。

宮本は答えながら、振り返り、悪戯な笑顔を浮かべる。


油断していた訳じゃないが、たっぷり2秒ほど見惚れてしまった。


そうして呆けている間に、宮本はクスリと笑って前を向く。


「まだ、私も、ちゃんと魅力的なのかも」


宮本が何を呟いたのかは、聞こえなかった。


そこで慌ててついていくと、水族館の本館の外で、不自然に宮本が体を隠す。

手招きをするので、流されるままに同じように息を潜める。


「いきなりどうしたんだよ」


「しっ。今日ここに来たいくつかの理由のひとつが目の前にあるから隠れたの」


ウィスパーボイスで、そう言う宮本は無言で指をさす。


なんなんだよと小声で文句を言いながら、そちらを見ると、私服姿の三雲さんがいた。


「三雲さん……?」


「しーって」


俺は幼稚園児じゃないんだけどな。

宮本の反応にそんなことを思いながら、改めて三雲さんの方を見る。


すると、ペンギンを見ていた三雲さんが笑顔で近くにいた男の子のことを呼んだ。

楽しそうに、嬉しそうに呼ぶ姿は、学校でもあまり見ないような上機嫌さである。


そして、その呼びかけに応えるのは、うちのクラスの木山くんだった。

思わず声が出そうになる。


「きやっ……」


それを察したのか、宮本がバッと俺の胸元を掴んで、顔の向きを変えさせる。

シャツの襟が食い込んで、全部は言わなかったし、大きな声も出なかった。


「やめなさいよ! 静かにって言ったでしょう!」


至近距離から変わらぬウィスパーボイスで叱られる。


宮本が近く、いい匂いがして、普段の俺ならいろんな反応をしてしまっただろう。

しかし、今はそれどころではなかった。


俺も宮本に合わせてウィスパーボイスで反論する。


「だって、びっくりするじゃないか! というか、これが目的の一つってことはお前、知ってたし覗くつもりだったんだな!?」


宮本は頬を少し膨らませて言う。


「覗くだなんて人聞きの悪い言い方はやめて。今回のチケットは、全部私の用意したものなんだから」


「ペアチケット、懸賞のやつか?」


「そうよ。というか、アレね、ちょっと全部話さないとあなたは面倒ね」


「面倒ってなんだよ」


「いいから。あの2人を観察しながら休憩できるスペースがあるから、そこへ行きましょう」


ツカツカと歩いていく宮本は、さっきまでと違って、学校の宮本と同じ気配がした。


1人残されても困るので、宮本について行く。


なんだか、今日は宮本にやられてばかりだなと感じながら。


「んで、結局なんなんだ? 何が起きてる?」


腰を下ろして落ち着いた俺は、今までより冷静になっていた。

宮本がいつも通りになっているからかもしれないが。


「そうね、端的に言うと、私が雪ちゃんに受けていた相談の中身がこの状況に関わってるの」


「相談の、中身?」


「えぇ。雪ちゃんに受けていた相談は、木山くんに告白がしたいって話」


「それは俺が聞いていいもんなのか?」


さっきの光景から薄々考えてはいたが、こうまではっきり言われると、本当に知ってよかったのか不安になる。


だが、宮本は当然のような顔をして言う。


「大丈夫よ。あなた、協力してくれるんでしょう? 共犯者なら、怖くないもの」


「それは、また急に」


正直初耳だし、恋愛ごとについては、あんまり立ち入らない方が賢いと思うので、遠慮しておきたい。

しかし、そんな些細な希望は過去の俺が潰していた。


「急じゃないわ。この前に自分で言ったことを忘れたの?」


おぉう。

その言葉を聞いて思い出す。


確かに、できることなら手伝うと、明確に言ってしまった。

なんと迂闊な。


若干顔が引きつる俺に、宮本はトドメを刺してくる。


「ま、それはそうとして、あの光景を見ちゃったからには、後戻りできないのはわかってるんだけど」


「一体どういう……」


そう聞いた俺に返答するときの顔は、普段の宮本と、今日の不思議な宮本を掛け合わせたような、実に怪しいいい笑顔だった。


「だって、“いい人”は友達の悩みを放っておけないし、“いい人”は友達の秘密を勝手に知って、それを放置はできないから。あなたは、そう言ったら、きっと私と共犯者になってくれるから。ね、当たっているでしょ?」


そして、己の内側を掌握されたような尊大な態度に、酷く、恥ずかしい気持ちになった。


唯一の救いは、ここが水族館であることか。


水面の青は、急激に沸騰しそうな頭を少し冷やしてくれている気がした。


書き溜めが、尽きそうです……。

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