その2
3時間目は、クラスの委員会決めだった。
杉本先生が、どんな委員会があるのか、それぞれどういう内容かを説明した後に、こう言った。
「まぁ、ここまで説明してきたけど、僕の役目はあと少しでおしまい。基本的に、学級委員を決めたら、学級委員にこれからのホームルームは仕切ってもらうからね」
えー、という声がクラス全体から飛ぶ。
高校生だから、そんなことは慣れているし、去年もそうだったはずなのだから、抗議の声など意味がないと知っているだろうに。
お約束、というやつだろうか。
それに対する先生の反応も、お約束。
「はいはい。子どもみたいな抵抗はやめて、早く始めよう。学級委員が仕切れるってことは、君たちのやりたいことを反映しやすいってことなんだから。しっかり決めような」
イケメンスマイルが眩しい。
ただ、この人が面白いのは、ここで終わらないところだ。
「もちろん、決まった2人には責任が伴うよ。32人もいるクラスをまとめるって難しいからね。僕は相談に応じはするけど、クラスをまとめようとでしゃばることは絶対にしないから、責任を果たせる人を選んでね」
お調子者の運動部っぽい人たちを中心に、言葉のトゲを放っているみたいだった。
まあ、俺がそう感じたってだけだけど。
でも、他のクラスの学級委員を見たり、後からクラスのメンバーを思い出したりしても、面倒が起きそうな奴らを牽制していたのは間違いない、と思う。
「さぁ、2年7組の諸君、君たちの国家の舵取りを任せるのにふさわしいのは誰かな。このクラスの成功も失敗も、君たちひとりひとりの選択次第だよ」
今思い返しても、悪い笑みを浮かべていた気がする。
キザなセリフを言っても、イケメンだから許される的なあれだ。
自分の立場や武器を最大限に使って、俺たちを追い込むこの先生を、俺はやっぱり好ましく思った。
同時にうらやましくもあったけど。
ただ、それからのクラスの空気はひどいものだった。
なんとなく、立候補しにくい空気。
立ち上がれば、自分には責任感や、仕事の遂行能力があると思っていると認識される。
つまりは、ナルシストだと思われてしまうかもしれない。
高校生の俺たちには、これからの人間関係を壊しかねない要素を背負いこむ余裕はないのだ。
いや、わかってるんだ。
実際に引き受けたところで、誰からも責められないなんて。
むしろ感謝されるかもしれない。
だけど、そんな楽観的な想像がみんなできなくなっていた。
完全に杉本先生の術中なのである。
「自薦も他薦も出ないなら、一回他の委員会決めてからにしませんかぁ? この状態、疲れちゃったし」
いかにも飽きましたという空気を出して、教室右前方の女の子が発言した。
纏う空気は軽めの女の子。
しかし、その言葉には大衆を味方につける力があった。
ここでこの言葉を発すれば、みんながついてくるだろうという確信が透けて見えた。
強かだ。
都会の女の子は強かだ。
それに戦慄したし、カッコいいと思った。
パーマが若干かかった茶色っぽい髪に、大人っぽくも可愛い見た目。
警戒してなかったら惚れてた。
危ない。
教室内がざわつき、彼女の逃げの提案に乗ろうと声を上げ始めた。
しかし、先生はさらりと言う。
「確かに、時間がもったいない気がするのはよくわかるよ。でも、大事なことだから、どうしても先に学級委員を決めたいんだ。加賀美さん、こうやってみんなの支持を得られるんだから、向いてるかもよ? やってみる?」
しんと静まり返る教室。
榎本さんに注がれる視線。
彼女は少しバツが悪そうにそっぽを向いた。気にしてる様子はないけど、俺はこういう空気が苦手である。
進んで損を被る人は、みんなからいい人に見られるだろう。
背中を押す言い訳を考えた俺は、真っ直ぐに手を上げた。
「お、高山さん、どうした?」
男でもさん付けの先生から指名が入る。
立ち上がりつつ、弱腰に言う。
「あのー、学級委員って、具体的に何をするんですかね? ここの学校での経験ゼロでもできますか?」
クラス中から、驚きと微かな期待の視線を感じる。
先生はにんまりとして言う。
「具体的な内容は、クラスの行事の時の運営やテスト前とかの雑務、隔週で行われる委員会への参加かな。そこまで難しくもないし、何も一人で全部やるわけじゃない。リーダーとして指示を出せばいいから、この学校で過ごした歳月は関係ないかな」
俺は、先生の笑顔を見て既に安心していた。
内容も予想通り、そう難しくない。
なら、“いい人”的にはやるしかないよな。
…部活にも入ってないしな。
「じゃあ、俺、やります。みんなから支持されるかわからないけど、他所から転校してきた身としては、色んな行事に触れられるの、嬉しいし」
もっと、カッコよく言うつもりだったけど、なんか言い訳っぽい感じになってしまった。
怖くて周りが見られん。
先生が何か言おうとする様子が見えた。
が、声が聞こえたのは後ろからだった。
「いいねー、タカリョー! 俺はお前に任せるよ!」
うるさいくらいの声に驚いて振り返ると、タッキーが爽やかに笑っていた。
小声で、更に続ける。
「俺はもう友達だからな」
そのスマイルに俺は撃ち抜かれた。
なんだこいつ、イケメンかよ。
女の子だったら惚れてるよ。
俺ももう大好きだよ。
心細かったからマジで!
すると、周りからも賛成の声が相次ぐ。
「よく言った!」
「ありがとー!」
「ちゃんと支えるよー!」
なんか、物語のクライマックスみたいだ。
初日の教室だけど。
「みんなの支持も集まったし、高山さんで決まりでいいかな」
杉本先生の問いかけに大いに頷く一同。
え、なんか今、主人公してるな?
青春じゃね?
俺はその空気の中、ひとり“いい人”である恩恵を感じていた。
しかし、ここからが俺にとってはつらい時間になる。
杉本先生がこういう性格だから……。
「じゃあ、女の子の学級委員が決まるまで、高山さんに仕切ってもらおうかな」
ですよね。
そう来ると思ってました。
だから、作戦はある。
「はい、わかりました」
スッと立ち上がって教卓まで行き、まだ覚えてもないクラスのみんなを眺める。
ほとんどの女の子は気まずそうに目を背けたり伏せたり。
わかってる。
でも、どうにかしてもらおう。
「じゃあ、とりあえず、考える時間をとります。さっきまでもそうだったかもだけど、改めて」
自信なさげな俺を、先生が止める様子はない。
ここで、俺はすかさず行動を起こす。
自分の席に戻る最中、宮本さんに小声で声をかける。
「宮本さん、学級委員だったって言ってたよね? 助けてくれない?」
これぞ、秘儀・懇願である。
しかも、さっきの休みに話していたことから証拠は上がっていることを示す。
我ながら完璧。
宮本さんは、短くため息を吐きながら、返した。
「最初からこうするつもりだったの?」
「ごめん、早く終わらせたくってさ……」
「それは同意だけど、私にとってのメリットがほしいわね」
「じゃ、じゃあ、とりあえず、一回宮本さんの頼みを聞くってのはどう?」
「んー、そうね、悪くない、かな」
「じゃあ、交渉成立だ」
その時の俺はなぜか飛び上がるほど嬉しかった。
高校生らしくもあり、ちょっと特別感もあるイベントだ。
俺の方向性は悪くない。
“いい人”であることで輝く青春が待っているんだ。
そんな気がした。
自分の席に戻る前に、三雲さんとも話をして、席に戻ってから後ろのタッキーとも話をした。
これで宮本さんが出てもそんなに怪しまれないだろう。
もちろん、タッキーにはさっきの感謝も伝えた。
その返しもイケメンだった。
もうほんとに推しになってしまうかもしれない。
「では、そろそろ聞きたいと思います。女子で立候補してくれる人はいますか?」
俺が再び仕切りはじめてからは、予定調和のようにことが進んだ。
宮本さんが学級委員になり、他の委員会をスラスラと決め、行事の実行委員なども決まった。
いつのまにかホームルームの時間にやることは完了し、先生に進行を引き渡す段階になった。
後半、進めてくれたのは主に宮本さんだけど。
「よし、それじゃあ、今日やることはこれでおしまい。明日から日常が始まるわけだけど、いきなり行事の告知をしておこう! なぜなら、クラスTシャツを作らなきゃいけないから! 学級委員、頼んだよ!」
爽やかな笑顔の先生に、俺は乾いた笑いを返すことしかできなかった。
クラスTシャツって、そもそもなんだ?
もう行事なのか?
という疑問に頭を占拠されていたから。
俺は、その日から波乱の学級委員生活を余儀なくされた。
*****
「……主にお前のせいでな」
「私のお・か・げ! で、楽しかったの間違いでしょ?」
「あの時の宮本に戻ってほしい……」
「私は宮本さんでも宮本でもなく、優香って呼んでほしいの」
「そういうとこだぞ」
「ああ、でも、これから私以外の女の子といい感じになった話が始まるのね。私の相手をしてほしいから3行でまとめて」
「よし、事細かに長々と話してやろう」