その18
「ちょっと待ってくれ、俺はそんなふうに思われることしてないぞ」
俺は大野さんの言葉を聞いて、慌てて反論する。
ただ、俺の反論はほぼ全員にスルーされた。
それどころか、大野さんには苦笑を浮かべられてこう言われた。
「それは、鈍感すぎるんじゃないかな。だって、最後に出る時、三雲さんに手を引かれてたし、それ以前に、タカリョーくんがあの場に行って解決してるっていうのがね」
「それは、だってそういう流れだったし、宮本がほとんど言い負かしたようなもんだろ」
「たしかに、あの先輩を捲し立てて圧倒してみたのは事実だけど、解決のためにはタカリョーを使うしかないって最初から思ってたの」
「なんだよ、それ」
小声でごめんねと呟く宮本に、俺はなんとも言えない気持ちになる。
そんな俺に、三雲さんが横から話しかけてきた。
「いや、でも、本当に助かったんだよ! 私ひとりだと正直どうしたらいいのかわからなかったから……」
その言葉で思い出した。
「そういえば、あの先輩は結局何だったんだ?」
俺は大野さんの勘がどうたらって話しか聞いてないから詳細はよくわからなかったんだよな。
多分、話ぶりから困っていたのは本当なんだろうけど。
案の定、三雲さんは言う。
「それがね、なんていうのかな。私のこと好きなのかも……みたいな感じなんだけど、一緒に部活してても話しかけてくる量がちょっと多いだけで普通だし。めっちゃ面倒だけど、すごいちょっかい出してくるわけじゃない人だったんだよね」
「うーん、じゃあ、なんだ? ヘタレみたいな奴だったのに、今日はなぜかグイグイ来た、と?」
「そうだね。なんか、めっちゃチャラチャラした先輩がおだてて私を連れ出すのに成功したから、ワンチャンあるかもって思ったのかな」
「雪ちゃんに手を出そうなんて許せない。だけど、そのチャラチャラ先輩も処断したいわ」
「処断って……難しい言葉使うね」
宮本の言葉に、にへらと笑う三雲さんはいつもの三雲さんだった。
全く、人騒がせな先輩たちだ。
「って、優香ちゃん! 一件落着みたいな雰囲気出してるけど、どうするの? タカリョーくんが、三雲さんの恋人みたいになっちゃったんだよ?」
あ、そう! その話!
俺にはさっぱりだから、宮本の話を聞こう。
「しょうがないじゃない。あの先輩、相当鈍そうだったから、そう見せかけた方が早いって思ったのよ。それに、勘違いされやすい状況を作っただけで、私は断言してないし」
「そうそう、優香ちゃんの考えに気づいて、思い切り乗っちゃったのは私の方だしね」
てへ、という表情をする三雲さんは少し楽しそうですらある。
大野さんはそれを聞いて、うーんと唸っている。
葛藤があるんだろうか。
俺は正直、疑問が残る。
「なぁ、でもさ、俺はそもそも三雲さんの彼氏には見えなくないか? それらしいことなんてしてないし」
「あなたが何もしなくても、私たちの行動がそう見せるものだったんだから、少なくとも雪ちゃんが思いを寄せてる相手には見えたと思うわよ?」
「うんうん、私にも、そう見えた。ライバルが増えたかと思ったよ」
「なんでだ?」
ハテナが増えるばかりなので、宮本に解説をしてもらう。
「まず、雪ちゃんはあんまり乗り気じゃない様子だったでしょう? その表情が変わったのはいつ?」
「えっ、そんな、三雲さんの顔はあんまり見てなかったなあ」
「えぇー」
「それじゃあ気づけないか」
「あー、でも、なんとなくわかる。タカリョーは人の顔見ないで話してること多いよね」
三雲さんの指摘に、俺は苦笑いした。
宮本と大野さんは不服そうだ。
だが、それはそれとして、宮本の話は続く。
「とにかく、雪ちゃんの表情が大きく変わったのは、私の耳打ちの後だったの」
「そうだとしても、宮本が助ける的な話をしたんじゃないのか?」
「私たちはそれを知ってるけど、先輩は知らないでしょう? そして、その次に嬉しそうな顔をしたのは勉強会の話題を出したり、その場からあなたと一緒に離脱したりする時よ」
「優香ちゃんよく見てるなあ。私、恥ずかしいんだけど」
「後半は雪ちゃんも演技してたんでしょ? タカリョーの手を取るなんてわざとらしい」
「あ、まぁ、それくらいはね」
「なる、ほど?」
段々、話が見えてきた。
俺が絡んでいる事柄で三雲さんが喜びの表情を見せているように思わせることで、三雲さんは俺に少なからず好意的であると思わせる作戦ってことか。
三雲さんはそれに乗っかって、気安く手を取るような仲なんだとアピールしたと。
「そういうこと」
「でも、三雲さんの表情の変化に気づかなかったら、大野さんが言ったみたいに、俺が想い人役になるってことはないんじゃないか?」
「可能性としては低いと思うよ?」
大野さんから遠慮がちに声があがる。
「そうね」
「なんでだ?」
「決まってるよ。好きな人の顔って、ずっと追いかけちゃうものだもん」
大野さんが、頬を染めてこちらを見ていることに気づいた。
びっくりするほど、ドキドキするな。
そういえば、確かに顔を見て話していなかったかもしれないなんてぼんやり思った。
今振り返れば、この時の俺は見苦しいほどに恋愛関係に巻き込まれるのを恐れていたのかもしれない。
覚悟ができていなかったのだ。
だが、腹を括る時はそう遠くない。
後から考えれば、この時の三雲さんの発言から、体育祭までの短い夏が、動き出したのだから。
「あの、ちょっと話変わっちゃうんだけどさ、テスト終わったら、優香ちゃんに相談したいことがあるんだけど、いいかな?」
「別に、構わないけど……どうして?」
「なんか、忘れないうちにって思って! 予約だよ、予約!」
話題が逸れ、何を話せばいいか分からなくなった俺たちは、それきり、人が変わったように他愛のない話をして別れた。




