その17
三雲さんの姿を認めてから、俺たちはしばらく様子を見ていた。
宮本はどうも様子が気になってソワソワしていたが、俺は先輩男子といるところに介入はしづらいなと思っていた。
だが、話し始めてからずっと三雲さんの顔色が優れないし、楽しそうでもないので、三人で相談した。
そして、ちょっと勇気はいるが、話を聞いてくるくらいはいいのではないかなという結論に至った。
結果として、一番勇気がある宮本が堂々と歩いていく。
「私が合図したらあなたたちも来て、話を合わせてね」
「お、おう。うまくできるかはわかんないけど」
「私は何も喋れないと思うけど、行くは行くよ」
なんとも大野さんが頼りないが、仕方なくはあるだろう。
クラスメイトとの距離は近づいても、先輩男子ってやっぱり怖いだろうし。
かと言って俺にもいい案があるわけでもなく、そのまま宮本を送り出した。
宮本が声をかけると、三雲さんの顔が綻んだように見える。
こちらにもその安心が伝わってきたほどだ。
対して、相手の先輩はどこか心地悪そうだが、剣呑な感じではない。
多分、悪い人ではないんだろう。
「あの人の反応を見るに、空気が読めないタイプの勘違い男だね」
モグモグしながら、隣の大野さんが言った。
なんやかんや興味津々で、あちらをガン見している。
「勘違い男ってことは、あの先輩は、三雲さんのことが好きで、三雲さんもあの先輩のことが好きだと思ってるってことか?」
「いや、そこまでじゃないかもだけど、そこそこ仲のいい先輩ってくらいに思われてると思ってそう」
「ややこしいな」
だが、女の勘だとしつこく大野さんが呟いているから一定の信をおこう。
かくいう俺も、勘違いの経験は多い。
中学1年の頃だった。
テニス部に入った俺は親切に教えてくれていた女の先輩が、俺に好意を持っていると思っていた。
いや、中1だから、好きなんじゃね?って思っていたが正しいんだけど。
男女混合の部活だったからこそ、他の部員や同級生と接する時のその人と自分と話している時のその人を比べていた。
それで、思ったのが、俺に対してめっちゃ笑ってくれるなってことだった。
実際には、愛想笑いだったんだけどね。
俺は、他の人に笑いかけている瞬間は物理的に見づらいっていう基本的なことを見落としてただけだったんだけどね。
今思えば、あの時気づいて、失恋じみた気持ちを味わっておいてよかった。
俺もあの勘違い先輩みたいになるところだった。
「あ、優香ちゃん動い……えっ、キス? キス!? あぁ、なんだ、耳打ちかあ」
「落ち着け! 実況してたら怪しまれるだろ」
「だって、キスするかと……」
「女同士だぞ?」
「女の子同士も私的にはアリだから」
「マジかよ」
大野さんの性癖? というのかわからない何かに俺が驚いた頃、宮本から合図があった。
「タカリョー! 雪ちゃん居たよー!」
狭いカフェで躊躇なく大声を出して俺を呼ぶ宮本。
俺はいたたまれない気持ちを抱えながらも、弱々しい「おぉー」という返事をしてそちらへ向かう。
なお、着いてくる予定だった大野さんは、宮本の大声を聞いて、全力で他人のフリを始めた。
俺が視線で訴えようとしても、目もあわせない。
大野さんは動かないことを決めたらしい。
しょうがない、と軽く息を吐いて、俺ひとりで足を運んだ。
「きたきた」
と言う宮本は悪いことを考えている顔である。
2ヶ月もすると、宮本の腹黒さはなんとなくわかってくる。
「タカリョー、この後家で勉強会する予定だったでしょ? 雪ちゃんとは現地待ち合わせだったけど、ここで会ったから一緒に行こうかと思ってさ」
「あ、あぁ、なるほど? でも、大丈夫か? その、三雲さんは、一緒に来てる人いるみたいだけど」
適当に話を合わせたから、勘違い先輩の話を振ることになってしまった。
蚊帳の外先輩が、なんとなくかわいそうになって。
しかし、宮本はますます笑みを深めた。
「あ、そうだね。すみません、先輩! なんか、割って入っちゃったというか」
「い、いや、別にいいけど」
ギュインと音が聞こえるかと思うほどに、宮本の上半身が振り返るものだから、勘違い先輩びっくりしてるじゃないか!
俺もびっくりしたけど!
宮本は、さらに追い打ちをかける。
「そういえば、今日は、2人でなんの話を? “特別に仲が良かったわけではないですよね?”」
そ、そのセリフは、勘違いによく効く……!
案の定、先輩は「えっとー」みたいなウニョウニョした言葉を口から出している。
そこへ、宮本の目論見を察したのか、三雲さんから声が上がる。
「あ、部活の話してただけだよ。それももう終わったし!」
はぁい、追い打ち2回目が決まりましたね。
俺だったら、心折れてるよ。
怖いもん、この2人。
「そう、じゃあ、このまま一緒に勉強会行っても大丈夫な感じ?」
「うん、大丈夫!」
三雲さんが嬉しそうに答えるのがまた……。
わかってて攻撃してるんだろうけど。
これくらいしないと勘違い先輩の勘違いは直らないのだろうけど。
「よかった。それなら、早く行こう。タカリョーもそれでいいよね?」
「あ、うん、それならいいんじゃないかな」
適当にも程がある俺の返し。
ひどいですね。
いや、“いい人”的には、明確にこの2人の悪事? に加担するわけにはいかないのだ!
だからうまく演技もできないし、返事も適当になる。
なんて、正当化しておこう、うん。
「ありがと、タカリョー。じゃ、早く行こ」
三雲さんが財布から、アイスティー180円分をきっちりと出して、机の上に置いた。
立ち上がって、先輩の方を振り返る。
「奢られるの、やっぱり好きじゃないので、置いときます! では!」
清々しく言い切った三雲さんは、何故か俺の右腕を引っ張って、大野さんのいる席の方へ向かう。
そして、反対の肩に、歩調を合わせてきた宮本の手が置かれた。
「楽しそうな雰囲気を出して、雪ちゃんのされるがままになってて。私もするがままにするけど」
「ちょっと意味わかんないんだけど?」
「いいから! 付き合って! タカリョー!」
「お、ん?」
今の「付き合って」は、決して告白ではない。
この茶番に、って意味だろ?
わかってる。わかってる。
それでも、なんでこんなドキドキするんだ心臓。
止まれ。止まれ。
いや、止まったら死んじゃうやん。
なんて下らないことを考えてたら、あっという間に、俺たちは荷物を全て回収して、会計を済ませて、店の外だった。
手際良すぎだろ。
そういうグループみたいじゃん。
大野さんも席戻る頃には、荷物を全部持って会計前待機とか察しよすぎるでしょ。
「いやぁ、なんとかなったー。っていうか、なんとかしてくれてありがとうね、優香ちゃん」
駅に向かうロータリーの近くで、三雲さんがそんなことを言った。
宮本は優しく笑って返す。
「いいの。雪ちゃんが困ってるんだもん。放っておけないでしょ?」
なはは、と笑った三雲さんは、ちょっと落ち着いた声になる。
「優香ちゃんがそんな風に思ってくれるならもっと早く相談すれば良かったなあ。恋愛系は、優香ちゃんには地雷だと思っちゃった」
「そんなこと……」
ちょっと微妙な顔になる宮本。
なるほど、1年生の時に色々やらかしたって噂は本当なのね。
詳しくは知らないけど。
「でもね、やっぱり優香ちゃんは優香ちゃんだから、今度からちゃんと相談するよ」
「ありがと」
「そ、そう、優香ちゃんは優しいんだよ!」
いきなり、大きめのボリュームで大野さんが言った。
そちらを振り向くと、衝撃の一言を告げる。
「だって、好きな人であるタカリョーくんを、三雲さんの彼氏みたいに使うんだもん!」
は?
初耳だが?




