その15
駅前のカフェは、この周辺の高校生に人気のスポットである。
程よい値段設定に、そこそこの数の席が用意された大人な空間。
少し背伸びをしたい高校生の手が届きやすい環境なんだろう。
かくいう俺も、4月から何度か訪れている。
「楽しみだね。新作スイーツ。やっぱり、勉強した後は甘いもの食べないと」
「真里ちゃんは、もう少しやったほうがいいと思うけどね。テスト期間にまた新しいゲーム始めたんでしょ?」
「うっ、確かに家ではあんまり勉強進まないんだけどね……」
2人の会話を聞いていると、時折、この大野さんがあんなにもおどおどしていたことを忘れてしまいそうになる。
いや、SNSではよく喋る感じがしたので、素の彼女が出ていると言えばそうなんだろうけど、まるで人が変わったように振る舞いが明るくなるんだなと思ってしまうのだ。
なんだか……。
「ちょっと無理してるんじゃないかって?」
「そう。あかりんに言われたんだ」
俺の心を見透かされたのかとドキドキしたが、どうやら加賀美さんの話らしい。
彼女も同じ感想を持ったのだとすれば、俺はわりと正しく観察できてるんじゃないだろうか?
「なるほどね。確かに、真里ちゃんの変わりようは驚くところも多いものね」
「ひどいなあ、優香ちゃんもそう言うんだ」
「私、最初はそれなりに距離をとられていたって自覚してるもの」
「まぁ、確かに、そうかもしれないけど」
大野さんは不意に小さく笑った。
「でもさ、私……本当の私は、多分今の私なんだよね。楽っていうか、素直に話せてるっていうか」
「そうなの。ちょっと意外ではあるわね」
「みんなからしたら、そうなんだろうな。ほら、なんとなく、学校でのキャラクターってあるじゃん? みんな、普段はそういうの意識して生活してると思うんだよね。私はそれが薄くなったって感じ」
「へぇ、面白いな」
思わず、口を挟んでしまった。
なんだか、俺が“いい人”を演じようとしてることがバレたみたいで焦ったのだと思う。
そんな俺に、大野さんはふわりとした笑顔を向けた。
「全部、タカリョーくんのおかげだよ」
ドキリとした俺は、声にならないリアクションしかできない。
大野さんの話は続く。
「私、推しが増えちゃうタイプなんだ」
「推し?」
「オタク用語で、好きな人、応援したい人みたいなことだよ」
「初めて聞いたわ」
宮本は縁が無さそうだもんな。
「推しが増えちゃうっていうのはつまり、複数人好きな人ができるってこと?」
「うーん、まぁ、そんな感じで、考えて。んで、ちょっと前までは、リアルだとあかりんが唯一だったの。私と仲良くしてくれる、私が好きな友達って」
「そんな感じはあったわね」
「でも、Tシャツ面談やってたら、推せる人いっぱいいるなあって気づいちゃったんだよね」
俺たちは、クラスTシャツ用の絵柄が完成したのを知っていた。
そのどれもがとても良い出来で、描いていて楽しかったと話してくれたのも思い出した。
「私は、中学から、オタクってカテゴリにいて、他の人とは全く交われないと思ってて、それを拗らせてあんまり人と関わってこなかったけど、周りはすごく推せる人だらけだったの。なんだか、勿体なかったなぁって」
「勿体ない、か」
「そう。もちろん、きっかけがなかったら絶対話せなかったと思うけど、話せてたら明るい日常が近くにあったのかもなあって。まぁ、過去のことはどうにもならないけどね」
「すごく前向きで、素敵な考えだと思うわ。私は、そんなに真っ直ぐ人と向き合えたことはないかも」
ここで、大野さんを称賛できるのが、宮本優香の優等生たる所以だなと俺はそんなことを考えてしまった。
宮本優香は、芯からそういう奴なのだ。
メッキが剥がされるような思いになった俺は、宮本の言葉が終わらないうちに言った。
「それじゃ、結局、今の大野さんはどう思ってるんだ?」
「今はね、推せるひとたちと話すとき、一瞬一瞬を後悔しないように、素直になろうと頑張ってる! まだ、うまく話せない男の子も多いけど、うちのクラスはみんな素敵な人だと思うから」
その笑顔が、俺には痛かった。
答えを聞いて曖昧に笑った俺は、何か言葉を継ごうとした。
しかし、宮本の方が早かった。
彼女は、たまに見せる悪戯っ子のような笑顔で言う。
「じゃあ、後悔しないように、勉強もしっかりやらないとね」
「うぇーん! 今、私いいこと言ってたのに! 現実に引き戻さないで!」
大野さんのリアクションに、俺も宮本も笑った。
俺は笑うと同時に、ホッと胸を撫で下ろした。
内面に関する話は、なぜか、どうも、難しくて、苦手だ。
「お待たせいたしました」
ちょうど、頼んだメニューが届いた。
俺は、いつも食べるティラミスにした。
2人のものは、新作の夏蜜柑ゼリーとすもものレアチーズケーキらしい。
「いただきまーす!」
「タカリョーは新作じゃなくてよかったの?」
「なんか、新作ってこう、ミーハーな感じがして、頼みたくないなって思う時があるんだよな」
「それは私たちがミーハーって言ってるの?」
「それはひどいなあ。タカリョーくんも挑戦してみたら良さがわかるよ! ほら、夏蜜柑ゼリー、一口あげる」
そう言ってスプーンを差し出す大野さんは、完全なヒロインだった。
それを見て、宮本が止める。
「ちょっと、あーんはまだ早いんじゃない?」
「仕掛けた者勝ちでしょ?」
「真里ちゃん、ホントに中身が変わったんじゃない? そんな積極的だった?」
「いやいや、あかりんに聞いたらわかるけど、コレが私なの。ほら! タカリョーくん!」
「待って。タカリョー、私のも良いわよ?」
スプーンを両方から差し出される構図。
いや、俺は鳥の雛かよ。
さっきまでのドキドキはなんだか可笑しくなって霧散してしまった。
正直、こんな距離感が1番心地がいいなんて、思うのは良くないんだろうな。
なぜか口論から、食レポ対決に変わっている2人を見て笑っていたところ、遠くに見知った人影を認めた。
「お、三雲さん」
甘いだの、爽やかだの言っている2人が顔を上げた。
「本当ね。こっちに呼ぶ?」
「えっ、でも、誰かと一緒じゃない?」
言われてみると、三雲さんの近くに常に背の高い男が立っている。
多分、三年生の先輩だと思うけど。
「なんか、三雲さん、機嫌悪い?」
「確かに。雪ちゃん、あんな顔あんまりしないんだけどな」
なるほど確かに、表情が暗い気がする。
ただ、不釣り合いに男が上機嫌なことから、俺は面倒ごとの気配を感じ取った。




