その14
夏編です。
評価、ブックマークしてくださった皆さん、ありがとうございます!
夏は、体育祭の季節だ。
少なくとも、森山学園ではそう決まっている。
一月半程の時間をかけて、競うようにクラスTシャツをつくり上げるのも、こういうイベントごとで見せつけるように着るためである。
ただし、体育祭はタダではやってこない。
高校生の敵。
定期試験が直前に存在しているのだ。
学級委員を務める俺は、当然勉強ができる方がいい。
うん。
その方が言動への説得力が増す気がする。
そう思って、2週間前から部活のない日は図書室で勉強して帰る習慣をつけ始めたのだが、騒がしくなった俺の日常は、それを簡単に許してはくれなかった。
まず、部活のない日は基本的に、宮本か大野さんが待ち構えていて、一緒に駅までは歩く羽目になっていたという前提があった。
いや、毎回流れでそうなるから、タッキーが暇そうな日はタッキーを加えたりなどしている。
本当に、ただ一緒に帰るだけだ。
しかし、高校生の噂の伝播はとんでもなく早い。
いつのまにか、俺と宮本と大野さんの間に何か関係があるのだというのが通説になっていた。
そう、外堀を埋められて作られたのが、この前提条件である。
だからこそ、こんな宣言をしなきゃいけない。
「俺、今日からオフの日は勉強して帰るから、先帰っていいよ」
前提が無かったら痛いセリフ。
だが、前提があると言わないと2人から離れられないセリフである。
それに対して、2人の反応がこうだ。
「あー、試験近づいてきたもんね。私も勉強していこうかな」
「あ、私も。優香ちゃんは頭いいし、一緒にできるなら捗りそう!」
なるほどね。
ちょっとはわかってきたけどね。
割と本気で好意を寄せられているらしいことは。
でもさ、俺は知ってるんだ。
恋愛は、片思いしている時が一番楽しいんだってことを。
「……一緒に勉強イベントは王道だし、逃せない」
「……私が教える役になりそうで、甘えられないのはポイント低いかしら?」
2人の呟きは、俺の耳には入らなかった。
入らなかったものとする。
こうやって、おもちゃみたいに消費されるのも、“いい人”の在り方なのかな、なんて、ろくでもないことを考えてみたりする。
最近は開き直るのが上手くなってきたみたいだ。
かくして、俺の勉強会イベントが始まった訳だが、これがなんか、ちょっと大事になり始めた。
最初は、加賀美さんが吉岡くんを連れてきたのがきっかけだった。
勉強会という名目だからこそ、普通に俺たちは5人で勉強した。
そう、俺は解放されたのだ。
難しい空気感から。
だから、俺はタッキーや三雲さんも誘ってみた。
タッキーは快諾だったし、三雲さんは、他にも何人か誘っていい?というお言葉をくれた。
もちろん俺は、誘ってくれと頼んだ。
人が多いと俺が助かる。
だが、そうやって調子良く人を増やしたのがいけなかった。
クラストップとの呼び声高い宮本が教えてくれる環境だし、クラスの人が多くいるとなんとなく楽しく勉強出来そうな気がするという思考からクラスの参加率が上がった。
最終的には、クラスの半分くらいで、放課後の図書室を占拠するようになってしまった。
そして今、さすがに調整しないと迷惑になるということで、杉本先生に相談しにきた。
もちろん、学級委員としてなので宮本も一緒である。
「なんで結局お前と2人なのか」
「運命ってやつよ」
「どうしてだ……」
「自業自得でしょう?」
まぁ、自業自得は間違ってないので、反論できない。
杉本先生に頼むのは、放課後の教室開放である。
うちの学校は、防犯の観点から放課後の教室は基本的に施錠される。
だから、図書室とか部室とか、鍵を借りて何かの活動で使う部屋しか居られないのである。
だからこそ図書室でやってたんだけども。
図書室は他の人もいるし、談話スペースは狭めだからな。
規模が大きくなって、みんなの興が乗ってきた今は、別の場所で開催しようって流れにする方がいいだろう。
なんて、考えてることを先生に伝えたら、驚くほどあっさりとOKが出た。
「生徒が主体的に勉強したいって言ってるのを否定する教師はいないと思うよ」
杉本先生は、教室の鍵をプラプラさせながら俺たちに言う。
「ただね、なんか、教室開ける時は僕がいないといけないから、みんなの横で仕事させてもらってもいいかな? 基本、居ればいいだけだからさ」
悪戯な笑みを浮かべる先生に、俺はかなり親近感を感じた。
それに、大人の目が入るのは、空気感的にも丁度いい。
一応、その交渉をした次の日には、クラスで周知して、勉強会を進めることになった。
先生主導じゃない自主企画ってことになってるから、クラス間の差異みたいなのもごまかせたらしい。
先生有能だわ、やっぱ。
こうして、勉強会中の困惑はなくなった。
だが……。
「んーと? 2人とも、こっちが帰り道だっけ?」
「違うわよ? 少なくとも私は」
「私は途中まで一緒だから不自然じゃないんじゃない?」
宮本と大野さんが一緒に帰り道を歩いている。
タッキーは今日参加してなかったから、こんな並びだ。
三雲さんに助けてほしいな、なんて思ってたら、彼女も何人かの男女で先に帰ってしまった。
くそぅ、物理的な距離をうまく保つ戦略が台無しだ。
「ねぇ、勉強会でしっかり勉強してるから、カフェでも寄って行かない?」
宮本が唐突にそんな提案をする。
「お、いいね。私も優香ちゃんの案に賛成!」
大野さんが同意してしまった。
つか、いつのまにか、2人の距離近づいてないか?
いや、まずはこれを止めることだ。
というか、俺は帰るって言えばいいよな?
「じゃあ、決定ね。駅前のカフェ、新しいデザートが美味しいらしいのよ」
「ちょっちょ、俺の意見は?」
「来るでしょ?」
「来るよね?」
「いや、帰ろうかなって」
強気で来るから少し弱気になってしまった。
それがいけなかったのだろうか。
「あら? “いい人”は女の子を送っていくものじゃない?」
「そんなに遅くなるのか?」
「あなたが来ないならそういうことにして、罪悪感を強めてあげるわ」
「なるほど、そういう攻め方が……」
宮本怖いよ。
なんなんだよ。
なんか、行かなきゃいけない感じになるじゃないか。
“いい人”は空気感に弱いんだよ……。
あと、大野さんは、何に「なるほど」してるんだ。
女の子はわからん。
そうやってなんやかんや、カフェに来てしまうところが意志の弱い俺である。
そして、この選択が体育祭までの俺の生活をまた変化させたんだ。
*****
「あなたがわかりやすいのがいけないと思うけどね」
「そんなにわかりやすいつもりはないけど」
「結構わかりやすいと思うよ」
「うわ、大野さん」
「ちっ、真里が来たら詰められないじゃない」
「阻止したいから私としては正解だね」
「なんで2人は分かり合ってるんだよ……」
「「恋のライバルだからよ(ね)」」
今日から、最後のやりとりが無くなります。
続きは秋編につながるのです。




