その1
東京。
俺の新しい日常はここで始まる。
親の都合で転校なんて、少しわくわくしたけれど、面倒な編入試験と、しょうもない都会の喧騒しかないんだろうと思っていた。
地元、地方の大都市とそう変わらないだろうと。
いや、全然違ったね。
ナニコレ。
人多くない?
電車多くない?
駅とか迷路すぎんだろ。
そんで、ここ。
今日から通う学校。
デカ。広。キレイ。
多分、敷地面積じゃ負けてないだろうが、なんていうの?
オーラが違う。
私立ってすげえ。
地元は公立ばかりだもの。
中高一貫とか聞いたことないもの。
まあ、中高一貫共学と謳っていても、内情は普通の高校となんら変わらないよと、東京にいる唯一の友人が言ってたけれど。
絶対変わるわ、コレ。
周りの高校生みんなキラキラだもの。
顔、大人じゃない?
中学生あがりの顔いないじゃん。
女の子も男の子も垢抜けてる感じがするっていうの?
これは……気を引き締めないといけない。
改めて、俺は誓いを立てた。
「胸の高鳴りは、緊張と恐怖からしか訪れない。全ての好意は勘違い。絶対に恋をせず、いい人として過ごすのだ!」
心の中でそう叫んで、いざ、校内に出陣した。
私立森山学園は、そこそこの進学校で、東京の中高生の認知度もそこそこ高い学校である。(友人調べ)
親の異動がたまたま年度終わりだったために、4月のクラス開きから転校生として入れるのはありがたいことこの上ない。
リセットされた人間関係に、入り込むチャンスがあるからな。
担任と一緒に入る教室は、2年7組。
爽やかな笑顔を向けてくる担任は、若くてイケメンの先生だ。
杉本先生というらしい。
前の学校では、年配の先生か、熱血漢の先生しかいなかったから、新鮮な気分だ。
「とりあえず、入ってから紹介するから、好きに自己紹介してな。この学校、人数多いから初対面同士も多いし、注目される分、馴染むのも早いかもな」
「ありがとうございます」
「いやいや、クラスで動いて、楽しくなってから感謝してくれよ。僕のクラスでよかったと思えるように頑張るつもりだからさ。高校生が、クラスに期待してないのは知ってるけどね」
俺は、この教室前までのやりとりで、この先生は好きなタイプだなと確信した。
楽しい高校生活を送るには、充分な環境である。
教室に入り、先生の一言があって、俺の自己紹介があった。
特別なことも言わずに終わり、その後のクラスメイトの自己紹介もすんなりと進んだ。
そこまで聞いていて思ったことは、垢抜けているように見えた東京の高校生も、中身は普通だなということだった。
「よし、じゃあ、ちょうどいい時間だし、この辺で1時間目は終わりにするか。校内放送で、全校集会の移動合図が出るから、それまで自由に休憩で! うちのクラスだけ、廊下出て騒がしくしてると僕が怒られるから、トイレとか以外は、教室内で、良識の範囲内で、頼むぞ」
「はーい!」
ほらね。
高校生も、子どもだから、こういうときは素直なんだよな。
俺もだけど。
降って湧いた休み時間に、クラスメイトは思い思いの行動を取る。
旧交をあたためる人たち。
新しい友達を作ろうとする人たち。
先生と会話を始める女の子。(やっぱりイケメンだからか?)
スマホやら本やら寝るやらで、自分の時間を過ごす人たち。
そして、俺は、新しい友達を作ろうとする人たちに囲まれる転校生。
「ね、はじめまして、高山くん。私、三雲雪花っていいます。よろしくね」
「はじめまして。俺は滝沢涼太。名前、一緒だよね! よろしく!」
明るい。
強い。
この2人は凄まじい“陽”のオーラをもっている……。
三雲さんは、完全にスポーツ系美少女。色白だから室内競技か? ショートヘアのよく似合う子だ。俺が覚悟してなかったら、惚れかけてたぜ。
滝沢くんは、少し髪が立つ程度に短く切りそろえたスポーツマン。多分、サッカーだな。一目でわかる。いい奴だが、恋愛とか、不器用なタイプだ。似たような友達が向こうにもいた。
初日に知り合うにはハードルの高い人種だが、俺は“いい人”になるのが目標だ。
これくらいの試練、乗り越えないとな。
「よ、よろしく! さ、さっきも言ったけど、高山諒太、です! もうなんか、東京に圧倒されちゃってさ。話しかけてくれて嬉しいよ」
よ、よし!
とりあえず、どもったが、なんとか爽やか風味になった、気がする。
ほんのりだけど。
ど、どうだ?
彼らの表情が明るくなったのを確認!
おーし、掴みはバッチリだな。
と、そこへ後ろから声がかかる。
「もう、雪ちゃん、そんな勢いで話しかけたらびっくりするよ?」
三雲さんの後ろから現れたのは、長い黒髪と知的な雰囲気が印象的な女の子だった。
かわいいというより、キレイ系。
覚悟なく仲良くすると惚れてしまう。気をつけるぞ。
その後の会話で、彼女が宮本優香だということ。
三雲さんと宮本さんが去年からの付き合いだということ。
三雲さんが、冬や雪が大好きで、俺のいた札幌に興味があって話しかけたということ。
滝沢くんは全く2人とは関係なく、前の席の転校生と名前が一緒で、テンションが上がっただけで話しかけてきたということ。
宮本さんは転校生が気になったから、という素直な理由だということ。
などがわかった。
なぜか、宮本さんが理由を話しているときに二人が微妙な顔をしていたのが気になったけれど。
俺的には、滝沢くんが話しかけてくれた理由がかわいいなと思ってしまい、新しい扉を開かないようにするという覚悟まで打ち立てることになった。
なんというコミュ力。
ほんの数分でなんとなく打ち解けてしまった。
「にしても、2人とも同じ名前だから呼びにくいなあ。あだ名つけようよ」
「いいけど、そんなに特徴ないよ、俺は。滝沢くんは、爽やかオーラが漂ってるけどさ」
「なに? 爽やかオーラ? そんなもん出した覚えはないけど、分けて呼べればいいなら、タカリョーって呼び方はどうかな?」
「いいじゃない。滝沢くんは、タキリョーね」
「なんか語感が悪い! んーと、タッキーは?」
「まぁ、三雲さんがそれでいいならいいんじゃないかな」
「じゃ、きまり! これからよろしくね!」
「じゃーそろそろ移動するから、出席番号で並んでー」
杉本先生の声がかかる。
あっという間に、この休み時間が終わったことを実感する。
何という陽キャパワーだろうか。
そして、同時に見えてきた。
楽しく、この高校生という時間を過ごす道が!
このクラスで、陽キャグループに紛れながら、陰キャとも仲の良い、神出鬼没のふわっとしたやつになればいいのだ。
陽の者は、はじめに仲良くなってしまえば、後から拒まれることはない。だが、はじめに失敗するとハードルが高い。
陰の者は、逆に後からでも仲良くなる方法がいくらでもある。親しくできれば勝ちだ。
俺は今までの人生でそんな風に学んだ。
偏見だらけだが。
まあ、とりあえず平和に過ごすことができる気がしてきた。
チャンスはこの4月。
陰陽の境が薄い今、どちらにもコネクションをもっておくのだ!
そういう意味では、ハードルの高かった陽の友人ができたのはいい誤算だった。
転校生という肩書きは素晴らしい。
諸先生方のありがたくもながーいお話を聞きながら、俺はこんなことを考えていた。
「タカリョー、ここの購買、惣菜パンが少ないんだ。美味いは美味いんだけど、買えるかわからないから、昼は持ってくることをオススメするよ」
「ありがとう、タッキー。そうか、確かにそんなことも考えないとなあ」
教室に戻る途中で、こんな話ができるのは1時間目の成功者か、もともと知り合いがいた人間だけだ。
転校生の俺としては、大成功だろう。
他愛ない雑談をしながら教室に戻る俺は、考えてもいなかった。
3時間目の委員会決めで、自ら面倒ごとに飛び込むなんてことは。
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「……面倒ごと? 私とペアになったのに?」
「だからこそ、面倒ごとだろ?」
「あなたの回想は納得いかないわ」
「お前がどうしてこうなったのかの方が納得いかないよ」