17-1
隻眼狼との闘い翌日。予想通り筋肉痛でしんどいのだがやることはそこそこある。腕の傷もほとんど治って支障どころか違和感もない。出来ることなら明日にはダンジョン探索を再開したい。
という理由でレンとルーテアとは別行動をとっている。二人には嫌狼玉を作るための材料購入とポーションの補充をお願いしている。『傷有り』と連続して遭遇するこてはないとは思うが命をチップにしているのだから備えることは当然である。そして、俺は壊れた小手を購入するためにダンドンの店へと訪れている。
店内にいた客が出ていくのを見送ってダンドンに話しかける。
「ダンドンの店に客が来てるのは初めて見たな」
「うるさい。今日は何の用だ」
「小手が壊れたんでな」
「儂は武器屋だ。……で、どんな状態じゃ」
文句を言いつつも面倒見の良いダンドンにほっこりしながら一応、持ってきた小手をカウンターに置く。改めて見ると潰されたスチール缶を連想させる。もし、装備している小手がスチール缶程度だったら腕が千切られていただろうが。
「普通の狼じゃこうはならんじゃろ?」
「狼型の『傷有り』だと思う」
「……よく無事じゃったな。いや、小手がこうなっていると腕は無事じゃないか?」
「不吉なこと言うなよ。この通り無事だよ」
「小手がこの有様でお主の腕は一日でここまで治ってるのは何かおかしいとは思わないか?」
「小手の品質が上等でポーションは偉大だってことだよ。あと、作って貰ったナイフには助けて貰った」
「ほう」
ダンドンの片眉が上がる。嬉しそうだ。作り手としてはナイフがどうやって活躍したのかも聞きたいだろうから隻眼狼との戦闘を語る。
「と言うわけで、近接戦を想定して鋭さを優先させたのは大正解だったよ。あの切れ味の良さがあったから至近距離でも深くさせた。だからこそ腕も無事に済んだんだ」
「注文を付けたのはお主じゃ。まぁ、儂の技術があってこそではあるが鋭さを追求するのもやはり必要じゃな」
「で、本題に戻るが今回はダンドンが勧めてくれた店の小手で助かった。……だから、俺たちの装備は武器だけじゃなくて防具もダンドンに任せたい」
「目利きをせえってことか?何度も言うが儂は武器鍛冶師じゃぞ。目利きぐらいは出来るが武器鍛冶師の仕事じゃない」
想定通り断られた。だが、目利き以前に伝手のない俺達がきちんとした防具を用意できる自信は無い。スチール缶程度の小手を買わされる可能性もないわけではない。
「そこは分かっている。それでも、俺の命だけじゃなくてレンやルーテアの命がかかっているから引き受けてほしい。こちらの用意できる対価は三つだ」
「ふむ。続けろ」
「お金。情報。情報内容への協力だ」
「お金は分かるが何の情報じゃ」
「それを教える前に確認するがこの情報を知ると身の危険が発生する可能性がある。現状、そういうことはないがあってもおかしくないと考えている。それでも聞くか?」
「お主が頼む立場なんだろうが儂に危険を背負えと言うのか……で、何の情報じゃ?」
「鍛冶の腕前が上がるかもしれない情報だ」
「……鍛冶に関する情報で嘘は勘弁出来ないぞ」
「かもしれないって言ったぞ?推察の段階だが八割方大丈夫だ。それに三つ目と合わせれば無駄にはならないよ」
「……内容次第では勘弁してやろう。身の危険があるやもしれぬか……三つ目の協力とはなんじゃ?」
「……ダンジョンでレベル上げの手伝いだ」
「……」
鍛冶の腕を上げるためにダンジョンで魔物と戦えと言われたら呆れられるかふざけるなと怒鳴られるくらいの反応は覚悟していたがダンドンは無言で腕を組み、顎髭をなで始める。ダンドンが一考の余地があると感じているならダンドン側でも何かの情報を持っているのかも知れない。
「身の危険とは魔物との戦闘のことか?」
「それとはまた別だな」
「ふむ。……今日は店を閉める。お主は儂の家に来て全部話せ。儂の姉貴も同席させる」
「お姉さんか……こっちは大丈夫だが身の危険があるのはいいのか?」
「構わん。黙っていた方が機嫌が悪くなる」
「あと、昼飯はパーティーでとる約束なんだが」
「それならさっさとしろ」
「そういう回答が欲しかったわけじゃないのは分かってるよな?」
昼飯時までかかりそうなら一旦、中断する約束を引き出しダンドンの家と向かう。正直、ダンドンは店の裏側、作業場で生活していると思い込んでいたのは本人には内緒だ。歩くことしばし。工房の多い区画から家々が建ち並ぶ区画に入る。なかなかな大きさの家が多くなり始めてるとダンドンがふいに立ち止まる。
「ここじゃ」
ダンドンの住む家は想像していたより普通の家屋だった。ドワーフの背丈に合わせて天井が低いということもなく、庭らしい場所はないが周りの家々と同じくそれなりの広さがありそうだ。鍛冶以外には頓着しない性格と思っていたのだが俺のイメージは少し間違っていたようだ。
こっちを振り向きもしないでダンドンが家の中へとずかずかと進んで行く。
「姉貴!客を連れて来た!話をするから応接間まで来い!」
玄関に入るや否や大声で吠える。お姉さんにも容赦ないのがダンドンらしい。そのまま後ろをついて行くとテーブルを中心にソファーが向かい合わせに並べられた部屋へと着く。ダンドンの言葉も併せて考えるとここが応接間なのだろう。落ち着いた感じの家具が配置された小奇麗な部屋に密かに感嘆する。
ダンドンの座ったソファーの対面に座る。お姉さんにも話すことになっているのでお姉さんが来るまで待たないといけない。いきなりの訪問なので時間もかかるだろう。
「客に対して水もでないのか?」
「お主が客?」
ダンドンが鼻で笑うが席を立ち、部屋から出ていく。ああは言ったがお茶でも入れてきてくれるのだろう。とんだツンデレだ。ダンドンとの会話は傍から見たら暴言の応酬に見えるだろうが遠慮のいらない言葉のドッチボールとしてお互いに楽しんでいると思う。ダンドンは不機嫌になったら黙るタイプだ。黙らずに付き合っているということはダンドン自身も楽しんでくれているのだろう。社会人としての俺ではそういうこととは遠いところにいたのから俺はもちろん楽しんでいる。
そんなことをつらつらと思いながら扉の方に視線を向けているとひょっこりと顔が出てくる。意表をつかれたホラー演出にびくっとなる。こちらから見えるのは目から上だけだが長い髪で女性だとすぐに判断できる。ドアの傍に立って頭を傾けて覗いているのだろう。元の世界でもいるとかいないとか言われている例のオカルト的存在かと戦慄するがその覗いている瞳だけでそれではないと分かる。瞳は生命の輝きと言うか知的好奇心の煌めきに溢れている。例のオカルト的存在とは真反対の属性だ。
「ダンドンのお姉さんですか?」
声をかけると一瞬で瞳の輝きが失われ、視線が泳ぎ始める。思い当たる人物はダンドンのお姉さんだけだったのだが何か不味い発言だったのだろうかと焦る。もしくは、ダンドンのお姉さん以外の人物なのだろうか?それはそれで非常に怖い。
動くに動けず気まずい空気に居たたまれないまましばらくの時間が流れる。
「何しとるんじゃ?」
扉の向こうからダンドンの声が聞こえ、女性の顔が引っ込む。しばし会話の声が聞こえてきてダンドンが部屋に入って来る。後ろには女性が一人。ダンドンの背後で隠れるようについて来ている。ただ、身長がダンドンよりかなり大きいので体を曲げていても大部分がはみ出している。
「儂の姉貴じゃ。ほれ、名前ぐらいは自分で言え」
「……シャールです」
促らされて名前だけを告げるシャールさん。ダンドンの姉ならドワーフだと思うのだが身長が高い。縮こまっているのではっきりとはしないがイヴさんの身長に近いかも知れない。そして、華奢な体つき。髪の毛はあっちこっちに跳ねているロング。白髪と言うには黒味がある髪色。黒の明度を高くした感じ。肌の白さがそれを際立たせている。受ける印象は病弱な深窓の令嬢である。ドワーフっぽさは全くない。
「冒険者をしているユウジと言います。ダンドンさんにはお世話になっています」
立ち上がり自己紹介を返して、三人とも席に座る。でんっと泰然とした感じで座るダンドンに比べて、落ち着かない様子で対面に座るシャールさん。長身ではあるがどこか幼さを感じさせる。口には出せないが頑固親父と気弱な娘だと紹介されても違和感はない。
まぁ、ダンドンが姉と紹介したらなら姉なのだろう。これ以上、気にすることでは無い。今、気にしないといけないのは何故、危険だと警告した話にシャールさんを同席させるかだ。
「ダンドン。シャールさんを同席させる理由を教えてくれ」
「姉貴は細工師をやっとる。今はまだそこそこの細工師だが姉貴には才能がある。……それと、姉貴自身がダンジョンで戦おうと考えとった。そうじゃの姉貴?」
「あ、うん。そうだよ」
おどおどしながらシャールさんが答える。おそらく、人見知りの彼女に初対面の男と何の説明もなく会話をするのは難易度が高いと思うが頑張って欲しい。
「シャールさん。何故、ダンジョンで戦おうと思ったのですか?」
「えーっと、細工をもっと上手にできるようになりたいんだけど今のままじゃあ何かが足りないんだよ」
「それでダンジョンで戦ってみようと?」
シャールさんがこくんと頷く。ダンドンに視線を向けるとダンドンも頷く。ダンドンが才能があると言い、俺との話を聞かせようと考えたのは納得がいった。どういう経緯でその考えに至ったのかは不明だがレベルを上げると細工をするのに有利になると彼女は導き出したのだ。
彼女が足りないと言っているのが細工に関連するクラスか魔力そのものかは不明だが一人でそこにたどり着いたのならその事だけで才能があるのかもしれないと思ってしまう。物造りの腕を高めるためにダンジョンで魔物相手に戦おうと考えるのは普通ではない。俺もダンドンにそう言ってはいるがそれは棚に上げる。
ダンドンが才能を感じる姉が細工の腕を上げるという頓珍漢なことを言い出したところに俺が鍛冶の腕を上げるなら魔物と戦えと頓珍漢なことを言ってきた。
ダンドンとしては姉の言動の真偽はともかく手助けはしたかったのかも知れない。そこに俺の先ほどの提案を聞けば渡りに船と感じるだろう。もし俺がダンドンの立場ならちょっとした運命染みた物を感じるかもしれない。
「俺たちの装備を世話してもらえる対価としてダンドンにダンジョンでのレベル上げを手伝うと提案しました。そしたら、ダンドンがシャールさんにも同席して話を聞くと言ったのでこちらに伺いました」
「お、お、おっ」
少し遅れたたがここに来た理由を説明する。するとおどおどした態度が消え、シャールさんの目に好奇心の光が輝き始める。レンより幼い感じが微笑ましい。
「いろいろ話をする前にシャールさんに確認したいことが一つ」
「何かな?何かな?」
先程の人見知りしていた人物と同一人物か怪しいぐらい前のめりでこちらににじり寄る様に答えは聞くまでもないが念のために聞いておかなくてはならない。
「ダンジョンでのレベル上げのお手伝いでの危険とは別に、私の話を聞いたら危険があるかもしれませんがそれでも私の話を聞きますか?」