表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界でいきていこう  作者: 三文茶筆
55/60

16-2

「ルーテアは絶対に当たると思った時だけ弓矢で攻撃。レンはルーテアを守りながら、ルーテアの矢が当たったときにファイア・アローで止めをさすこと」


恐怖で動きが鈍いことを考慮して、二人には遠距離での戦闘に専念してもらう。最初にやるべきことを終え、改めて推定灰色狼を観察する。


姿、形は遠目で見た時と同じで灰色狼。体躯は灰色狼より一回り大きい。そして、右目があるはずの部分には広く、深い傷跡があり目玉が無い。隻眼の狼。


収集した情報がつらつらと脳裏に浮かぶ。


時折、ダンジョン内でその階層ではありえない強さを持つ魔物が現れる。姿形は最弱と呼ばれるゴブリンから討伐難易度が高い魔獣までもが確認されており見た目での分類は不可能。共通点は2つ。


1つ目は戦闘能力。これは体格や敏捷性などの身体能力ではとどまらず近似種が持っていない何かしらのスキルや魔法を使ってくることもあるらしい。そして、戦闘種として一定以上の知性があること。


極端な例だと、討伐に来た冒険者を自分の有利になる地形まで誘き寄せた個体もいるらしい。少なくても目の前の隻眼狼はこちらが警戒して、陣形を整えるていることを察知して様子見に入っている。


一定の距離を保ちながら反時計回りに移動しながらこちらを観察している。反時計回りなのは右目がつぶれているため常に視界に収めるための行動だろう。隙を見つければ一気に襲い掛かってくると確信できるほどのプレッシャーを放っている。


2つ目は体のどこかに傷があること。これにより、通常では考えられない強さを持つ個体を『傷有り』と呼称していた。


その資料には『傷有り』は、幾多もの戦闘を生き抜き力をつけた個体である。多数の倒された魔物の怨念が肉を纏った存在であるとか仰々しく書かれていたが遭遇する可能性があることは想定していた。その上で逃げることが出来ない最悪の事態で戦闘をすることになったら。


距離が離れているが魔法やスキルでの遠距離攻撃が有り得るのでそれを念頭に身構える。戦闘を行うための知能があるならやたらめったら魔法やスキルを撃ってこないと思いたいが様子見や牽制なら普通に撃ってくるに違いない。こちらは槍一本で盾は外した状態だ。可能な限り避けれるように踵を浮かす。


次は、身体能力を知るためにも距離を詰め、近接戦闘に持ち込む。


まさしく、言うは易く行うは難しだ。このプレッシャーを放つ存在に自分から近づくのはハードルが高すぎる。それでも、俺に遠距離からの攻撃手段が無い限り近接戦闘に持ち込むより他にない。


呼吸が乱れないように意識しながら少しずつ隻眼狼に近づいていく。幸いなことに魔法やスキルを撃つ素振りはない。悠然とこちらを迎え撃つかのように移動を止め、左目でこちらを見つめるのみ。


その左目に宿るのは飢えだろう。こちらを餌としてしか見てないことをひしひしと感じる。生物的な恐怖を感じるが呼吸が荒れないことに意識を向け、どうにか戦闘意欲を保つ。


じりじり、じりじりと進み、通常の灰色狼が二息ほどで詰めてくる距離までたどり着く。思わず、一息つきかけるがただ距離を詰めただけだ。一旦、前進を止めて様子をする。


余裕なのか罠なのか相も変わらず、動きを止めたままこちらを見続けている。


意識を少し緩め……その瞬間に前進し、槍を突き出す。威力は考えずに距離を詰め、できる限り早く穂先が出るように。


あっさりと隻眼狼は飛び退り、槍を回避する。


意識を緩める振りをするフェイントを入れたのだが何の効果もなかったようだ。そして、威力を捨てた速さだけの攻撃も避けられた。このままやっても槍を当てる未来が想像出来ない。


「ルーテア。俺から見て左方向に追い払う。レンは当たったのを確認してから撃て」


一人で無理なら三人がかりだ。右目が潰れているので移動先の誘導は難しくはないはずだ。大振りにはならないように、スピードが出るようにコンパクトに槍で薙ぎ払う。


狙い通り、反時計回りを維持するために隻眼狼は俺から見て左手方向に跳躍する。やはり俺の攻撃はかすりもしないが本命はルーテアの矢による攻撃だ。


隻眼狼は着地直後にさらに俺から離れるように後ろに跳躍する。隻眼狼と入れ替わるように地面に矢が突き刺さる。二人掛かりの攻撃にも完璧に対処される。隻眼狼の表情や雰囲気に変化はない。この程度では慌てさせることも出来ないのだろう。


グローブの下、槍を握る手の平が汗でぬめって気持ち悪い。身体能力の高さもだが闇雲に飛び掛かってくるのではなく冷静に戦う敵がここまで厄介だとは想像の上をいっていた。


初めての難敵。今までの戦いが油断したら怪我をする程度の作業でしかなかったのだと思い知る。


身近ににじり寄って来た命の危険。間違えれば死ぬことが明確に分かる。


いつものように口角を上げる。


おっけ~。まだまだ、大丈夫だ。戦う意思に欠ける部分はない。


正直に言えば不安だった。本当に命に危険が迫ったときに動けるか自分でもわからなかった。それなりには生きてきたが命の危機にさらされたことなど今までなかった。


想像上の自分はいつでも都合のいい理想だと嫌という程、知っている。普段は命の危機に直面しても戦えると思っていても実際には分からない。逃げ出すどころか、蹲って、泣きわめいて、失禁脱糞してもおかしくは無かった。


だから、これは朗報だ。


まだ、戦える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ