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この世界でいきていこう  作者: 三文茶筆
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イヴさんと同僚さん

少し遅い昼食の後、片づけられた卓の上に私は綺麗な紙の箱を置く。


「綺麗な箱ですねぇ~」

「おお、それがオジサマの差し入れっすね!」


同じ冒険者組合の職員であるサーシャさんと商業組合から冒険者組合の買い取り部門に派遣されているリーネさんが期待の籠った声を上げる。


リーネさん発言のオジサマとは私の唯一の担当であるユウジさんのことだ。そして、彼女の言う通りこの紙箱はユウジさんから「仲のいい職員さんと一緒に食べて下さい」と渡された物だ。


「イヴさんのだけじゃなくてある程度の数を持ってくるのは分かってますねぇ~」

「流石オジサマ!紳士っすよ!紳士!!」


何を分かってるのかは私には分からないが、冒険者の方から頻繁に差し入れをされているサーシャさんが分かっていると言っているのだからユウジさんの差し入れの仕方は正解なのだろう。


「オジサマがもう少し若くて、もう少しがっしりしていて、もう少し顔が良かったら完璧なんですけどねぇ~」


頬に左手を当てて、ほほ笑みながらいつもと同じような事を言うサーシャさん。彼女は素敵な旦那様に見初められるために冒険者組合で働いていると公言している変わり者だ。その容姿と穏やかな性格で冒険者からの人気も高く、担当者になって欲しいとの声や贈り物なども多い。ただ、本人はお金や出世などに興味が無く、担当している冒険者は一人もいない。そのため、他の職員からは妬まれながらも遠巻きにされるだけですんでいる。腫物扱いの私はそのおかげで遠慮なく彼女と仲良くさせて貰っている。


「サー姉の高すぎる理想は十分しってますから。そんなことより差し入れを配って欲しいっす!イヴ姉さん!」


色気より食い気なリーネさんが椅子から腰を浮かせながら要求してくる。彼女は冒険者組合の職員ではなく、商業組合から派遣されている職員である。そのため、冒険者組合の職員は優れていると思っている職員たちから軽視されている。表には出さないが肩身の狭い思いをしている彼女は結果として私やリーネさんなどの変わり者と過ごすことが多い。変わり者の友人が多い中、貴重な真っ当な感性をした貴重な友人である。


「綺麗ですねぇ~」「可愛いっす!」


紙箱から取り出した小さなビンを卓の上に置くと二人から感嘆の声が漏れる。紙箱にも負けていない。色紙で蓋をして、模様の綺麗な紙紐で縛った小さな透明なビンは私から見ても可愛らしく感じる。そして、透明なビンの中身は大部分を占める黄色と底の方に小さな黒い部分の二色の層。待ちわびる二人の前に匙とともに配膳する。


ビンの感想もそこそこにそそくさと紙の蓋を開封する二人。せかされるように中身が気になる私も蓋を開ける。特に匂いはしない。綺麗な黄色の中身は濡れたように光を反射している。やはり、見たことのないお菓子である。ただ、直感がこれは美味しいものであると告げている。


「もしかして、プリン?」


サーシャさんのつぶやきに頷く。ユウジさんが言っていたお菓子の名前、プリンと一致する。恐る恐る、木の匙をそのお菓子へと差し込む。匙は水に差し込んだように抵抗無く沈み、慎重にすくい上げるとこぼれることなく匙に乗って切り離される。匙の上のお菓子がわずかな動きで揺れる様はプリンプリンと聞こえるようで確かにプリンと名付けられるだけのことはあると納得する。


すくい上げたとき以上に慎重にお菓子の乗った匙を口に入れる。最初に感じたのは保冷棚でしっかりと冷やされた冷たさにつるりとした触感。それが口の中を流れるように移動して、塊のまま飲み込むのは駄目だと慌てて、噛もうとするがその前にするりとほどけて口中に甘さと一緒に広がる。強烈な甘さではないが何故かうっとりとしてしまう柔らかいと表現できるような甘さ。


余韻に浸っていると口の中から甘さが消え、それが無性に寂しくてもう一度お菓子を口に入れる。しばしの間、無心でお菓子を救って口に入れるを繰り返していると匙がビンの底に当たる固い感触。そして、じわじわと黄色の塊に黒い液体が絡まり始める。固い物はビンの底で黒い液体は底に溜まっていた何かだろう。お菓子のほとんどを食べ終わってしまったという悲しさはあるが黒い液体に濡れてしまった黄色い部分を口に入れることへの期待が沸き上がる。


期待とともに黒く濡れた黄色の塊を口に入れる。先ほどの優しい甘さとは正反対の強烈な甘み。そして、苦み。ただ、不思議なことに黄色い塊の優しい甘さがそれに消されることはない。むしろ、単体で食べていた時にはなかった甘さを感じる。


気付くとお菓子はすでになく、口の中には黒い液体の甘みと苦み、こうばしい香りが残っていた。美味しかった。


自然と二人に視線を向ける。二人とも食べ終わり、こちらを向いていた。


「凄かったっす」

「これってプリンですよね?」

「そうですね。ユウジさんもプリンといってました」

「サーシャ姉はこのお菓子、知ってるんっすか?」

「ええ。一度だけど王都のお店で食べたのと同じだと思うわ」

「……それって結構いいお店ですよね?かなりお高いんじゃないっすか?」

「コース料理の一品で出たのではっきりとした値段は分からないですが……」


サーシャさんが小さく頷きそう言う。値段はユウジさんにこっそりと教えて貰ってその時もちょっと高いと思ったのだが、サーシャさんの言い方だともっとお高い可能性が浮上してしまう。


「あのユウジさんが教えてくれたんですが……」

「それだと私でも頑張れば買えるっすね……」

「その値段でいいの……えっと、それはこのビンとか箱を除いてってことよね?」

「いえ、箱は分からないですがビンはそのまま貰っても大丈夫です。もちろん、お店に返せばその分は安くなるらしいです」


サーシャさんが王都のお店にしてやられたかもしれない疑惑が出てしまい、空気が重くなる。具体的な金額は分からないが


「でも、オジサマが言う通りのお値段で、この美味しさならお得じゃないっすか?」


流石、リーネさん。良い感じで空気を変えるための話題を提供する。


「確かにそうね。このお値段ならたまに奮発して買うのは十分あり!イヴさん。これはどこで買ったか分かります?」

「大樹の根本亭。ユウジさんが宿泊している宿ですね」


叔父の営んでいる宿屋を思い浮かべる。宿屋よりも食事に力を入れているのは分かるが帝都の店で出すようなお菓子を作れるとは思わなかった。ユウジさんがわざわざ嘘をついているとは思わないが一度、顔を出そうかと思う。


「それでも、このお値段のお菓子を差し入れ出来るってオジサマ凄いっすね。お金大丈夫なんっすかね?」

「そうですねぇ~オジサマのパーティーは三人でオジサマ以外は女の子でしたよね?」

「レンちゃんとルーテアちゃんですね」

「三人とも装備もきちんとして、身綺麗にして、血色もいいからお金を切り詰めてるってことは無いわよね」

「ユウジさんのパーティーは11階まで降りてますから」

「あー、もしかして最近、イヴ姉さんが持ってきた薬草とかオジサマのパーティーのっすか?質がかなり良かったから分からなかったっす」

「11階ってオジサマが登録したの春の初月くらいでしたよね?かなり早くない?頻繁に組合に顔出すし、無理して潜ってない?」

「前例が無いわけじゃないですけどかなり早いですね。あと、無理はしてないようです。私が見ている限りでは装備や食事などの健康にしっかりお金をかけてるのが良いみたいですね。それで、怪我をせずに疲れを残さず潜る回数を増やせる。潜れば稼ぎとレベルも上がってそれでより良い装備を衣食住を用意して。という、良い流れが出来ているんでしょうね」

「そんなことで冒険者が強くなるならこの話を他の職員が聞いたら騒ぎそうね」

「いやいやいや。サーシャ姉。簡単そうに聞こえるけど出来る冒険者はほとんどいないっすよ!普通はお酒も飲むし、女も買うし、基本アホばっかだし。命かけてるから金使いは荒いっす。女の冒険者だろうがそこは似たり寄ったりっす」

「……確かにそうね。やっぱり、オジサマは素敵な旦那様候補?」

「旦那様もいいっすけどお父様としてもいいっすよねぇ~レンちゃんがオジサマに拾われて最初は大丈夫か?みたいな空気だったのに段々、可愛くなって大切にされてるなぁ~って感じますし。オジサマがレンちゃんを見るときのあの優しい眼差し!!私も大切に甘やかされてみてぇ~!」


二人のおしゃべりは続くが意識が先ほどの会話に向かう。


確かに、ユウジさんのパーティーが強くなっているのはユウジさんの戦闘以外の能力の高さや人柄の部分が大きい。レンちゃんやルーテアちゃん、武器屋のつてなど幸運な部分もあるがそれを掴んで、大きく育てたのは間違いなくユウジさんの能力や人柄だ。


それでも、私はそれ以外にも何かあるのでは無いかと思っている。


二人には前例があると言ったがその前例は装備やパーティーメンバーが初期から揃っていたり、後ろ盾があったりと恵まれた人達を含んだ前提だ。彼と初めて会った時を思い浮かべると前例の人たちとは比較にならない。


ユウジさんは何も無い状態からの出発だ。ただ一人でふらりと現れ、装備もそこそこの剣を持っているだけで太い後ろ盾があるとは思えなかった。そして、最底辺であるレベル。


いくら低レベル時はレベルが上がるのが速いといってもこの短時間で地下11階にたどり着く実力がつくとは考えにくい。そもそも、彼のパーティーは三人で同じようなレベル帯しかいないのだ。


時折、彼の言動、行動に引っかかるときもある。彼自身が私に何かを言うのを躊躇い、結局言わないままな時もある。職務規定で彼に伝えることが出来ない事柄を伝えてしまいそうな時の私と一緒だ。


いつか、彼が内緒にしているそれ以外の何かを私に話してくれる日がくるのだろうか。組合の設定している情報制限を超えた実力を持ったとき、私が彼に全ての話を伝えることができるように。彼が秘密を打ち明けてもいいと思えるようなラインを超えることが出来るのだろうか。


その日が来てくれたら私はどこまで嬉しく思えるだろうか。

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