15-4
「お疲れ様でした~」
「おつかれ~」「お疲れ様です」
労いの言葉にレンとルーテアも労いの言葉を返してくれる。地下11階の初探索を終えて、宿屋に帰還。恒例な反省会のため食事は一階の食堂で済ませ、いつも通りの個室で行う。今回は夕食後のため甘いものだけ揃えてみた。
「いつも通り、食べながら飲みながらでいいからな」
「待て」状態の二人にそう声をかけるとさっと手を伸ばし思い思いに甘味を手に取る。いつもの事だがこの瞬間が一番ほっとする。初めての階層での探索で疲れているだろうから、さっさと進めてさっさと終わらせて早めに寝かせてあげたいとは思うのだが……少しだけ話をせずに二人が甘味を楽しむ姿を眺める。
「最初に今回も大きな怪我なく、無事に探索できたこと嬉しく思う。二人ともありがとう。で、まずは収集品を買い取ってもらった結果だが……」
そう言ってテーブルの空きスペースに革袋を置いて、結び目を解き中身が見えるように広げる。硬貨で出来た小さな山は銅色だけではなく、それに負けないぐらい銀色も混じっている。
「うわぁ」
喜びでも驚きでもなく若干引く感じのレン。貨幣経済初心者のルーテアもぽかんと口を開けて驚いている。個人的には4、5人のパーティが七日に一、二度の探索で生活できる金額と聞いていたので思っていたよりは多いな、で済んだのだが……。つい最近まで銅貨7枚で荷物持ちをやっていたレンには衝撃が大きく、ルーテアは単純にこの量の硬貨を見たことがないのかもしれない。
「この稼ぎはルーテアの知識と採取の腕が良かったのが大きい。イヴさんがここまでの量はイエンの冒険者でも中位以上で品質は上位に含まれると褒めていた。ルーテアに拍手!」
パチパチパチとレンと二人で拍手すると困ったようにそれでも嬉しそうにほほ笑む。
「見たら分かると思うが収入がかなり増えた。武器や防具、道具にかかるお金は増えるけどそれを踏まえても余裕がかなり出来たからお金のことであんまり遠慮しなくていいからな?レンもだぞ?」
「いえいえいえ!きちんとご飯も食べさせてもらってますし、寝るところも素敵ですし!」
「装備もちゃんとしたのだし、お小遣いまで貰っちゃってるしな」
「それはダンジョン探索に必要な事だから当たり前だ。ルーテアは調合に使う素材とか道具とか欲しいだろ?俺じゃあ、分からんから言ってくれないと逆に困る。あと、二人ともお小遣い増やすから」
「増えるの!?」
「パーティーで稼いだお金だからな。それだけ二人とも稼いでるってことだ。自分でお金を使うことの訓練だと思って受け取ること。お小遣いを貯めてこの前、欲しそうに見てたハンカチ買ってもいいんだぞ?」
「ルーテア!?」
顔を真っ赤にしてルーテアへと即座に顔を向けるレン。慌てて顔をそらすルーテア。俺が二人でウィンドーショッピングを楽しんだ時のことを知っているのはルーテアが嬉しそうに俺に話したのが原因だ。可愛らしいよりかっこいいを好むレンは可愛らしいハンカチに心奪われたことを知られたのが恥ずかしいのだろう。
「ほれほれ。レンもそこまで怒るな。ルーテアに悪気は無くて初めて友達と買い物に出かけられたことが嬉しかったんだよ。ルーテアも悪気がないのは分かるが誰かの話をするときは少し考えてから話すようにな。……レンの可愛いところは内緒なら俺に教えていいからな?」
「ユウジ!?」
レンの照れと怒りがこちらに向いて、ルーテアが笑ったのを見てお小遣いアップの件が蒸し返されない前に話を進める。お金を貯めるのは無計画に散財するよりは良いがレンは必要以上に我慢しすぎている。お金は使ってこそお金であり、我慢し続けるのは色々と不味いと思う。お金そのものを必要以上に価値があると思い込んでしまったら最悪だ。拝金主義にまで進行すればお金に振り回される人生が待っている。人生の中心は自分であるべきだと俺は思っている。
お金を使うのを我慢できるので次はお金を使うことを覚える。そして、必要な時に必要な分だけお金を使えるようになってもらいたい。ルーテアはお金になれることからだが最終目標はレンと同様だ。
「それじゃあ、話を続ける。ダンジョン探索、まずは灰色狼との戦闘に関してだが上手くやれたと思う。レンのファイア・アローなら当たれば倒せなくても戦闘を続けることは出来ない感じだったな。だから、当てることと魔法を撃った後、近距離での戦闘に備えて武器を使って戦うための訓練を中心にしよう」
「おっけ。今までとあんまり変わらないな」
「で、ルーテアに関してだが精密射撃がかなり強力だから弓を灰色狼との戦闘はそのまま継続して使って欲しい」
「近距離での訓練はどうするのですか?」
「訓練はそのままやって貰う。基本的には俺が前で戦って、ルーテアの守備をレンにやる形は継続するけどいざという時にしのげる技量は維持して欲しい」
「了解です」
「弓の訓練だが正確な射撃と素早く撃つ練習を中心で頼む。動きながら撃つ練習は後回しだ」
「オオカミと戦うならレンちゃんに守って貰っている間に素早く、確実にオオカミの数を減らすことがパーティーのためになるってことですね」
「正解。そういことだからレンも狼を倒すことよりルーテアを守ることを考えて訓練して欲しい」
「うん。分かった。……で、ユウジは初めてのはずのオオカミを一撃で倒してたけどあれってユウジが覚えて喜んでたスキル?」
「高速思考だな。世界がゆっくりになるスキル。それを使ってオオカミの動きをじっくり見て確実に当てれる隙に攻撃を叩き込んだ感じだ。……二人とも使えるようになりたいか?」
迷いに迷った上、迷ったまま二人に聞いてしまう。
先頭能力の向上にはイメージが重要なのかもしれないと当たりを付けたのはいいのだがその危険性に思い至ったからだ。強い体をイメージすると体そのものが変化する可能性があるのではないのかと。
例えば、刃物が通らない体をイメージして体が鉄になってしまったら。例えば、強い体のイメージにモンスターの要素が混じってしまったら。
しないとは思う。現在、自分の体に不調や変質などは感じない。しかし、身体能力は人間の枠からはみ出し始めている。俺より高レベルで身体能力が更に上の人間も多数いるだろうが鉄の塊になった人間や魔物になった人間の情報は調べた限りはなかった。
……ただ、なってしまえば人生を失う。
……だが、イメージで戦闘能力が上昇するのならこれを見過ごすのは惜しいと思ってしまう。
そこで俺はいくつかの対策を考える。
問題は体が人から外れるのがいけないのだから常に今の自分をベースにしてより強い自分をイメージすることでこの問題をクリア出来ないかと考えた。明日の俺は今日より強いを維持するのだ。ただ、これでは漠然とし過ぎていてどれくらいの上昇が見込めるか分からないし、他の何かに引っ張られず自分のイメージを維持し続けることは可能なのだろうか。自分というものを想像してみたのだが普通に難しい。
その代替案として身体能力を直接上げるようなイメージ強化はせず、イメージでスキルを取得していく方向を考えた。理由を言語化しにくいがこれなら体を変化させずに戦闘能力を上げることが出来るのではないだろうか。
俺の高速思考がまさにその実験結果だ。発動中は思考が加速する結果、世界がスロー再生された感じになるが発動していない状態ではいつも通りの感覚で生活できている。ただ、使用し続けた結果どうなるかはまだまだ分からない。体の変質は抑えられても負荷が大きすぎて体を壊す可能背もあるのではないだろうか。
そもそも、考察自体も穴だらけで魔法回路や魔法そのものとの関連性でどうなるかも分からない。そもそも、クラスやスキルって何だ?と言う根本的な問題も絡んでくる
結局、実験の回数と経過観察などが全然足りなくてイメージを使っての戦闘能力向上がどの程度の危険性があるのかが全然分からない。
「ユウジが凄いって言ってるなら間違いなく凄いだろうし、使えるようになりたい!」
「僕もそれが考える時間が増えるならもう少し近接戦闘も上手くなれると思います!」
乗り気な二人を見ても迷いは晴れなかった。