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階段を下りて最初に目に飛び込んでくるのは真っすぐに直立した巨木群と雲一つないのに薄暗い感じの空だった。寒々しい風景そのままに気温もかなり下がっている。
「これは凄いな」
思わず言葉がこぼれる。情報取集である程度は知っていたが実際に見るとやはり圧倒される景色である。いくらダンジョンが何でもありだと聞いていても地下に潜って空とそれに届かんとする巨木の森はスケールが大き過ぎる。
ただ、スケールは大きいものの風景そのものから受ける印象は動画で見た大陸にあるオオカミが出る森に近い。イメージ通りでべただと感じる。
そんなことを考えながら反応のない二人へと振り向くと両名とも口を大きく開けてぽかんとしている。これが素直に関心出来ない擦れているおっさんと純真無垢な少女の違いなのだろう。
ある意味、想像通りの二人から視線を戻して周囲の観察と警戒を行う。あの様子からして再起動には少々時間がかかりそうだ。感動に水を差すのも悪いので再起動までの時間を周りの観察へと回す。
階段を下りてすぐに森が広がっていて階段の左右は切り立った崖が大木以上の高さでそびえている。集めた情報が正しければこのフィールドは崖に囲まれた谷間の森であり、この階段の反対側に下りの階段があるらしい。左右どちらかの崖に沿って進めば迷わずに階下への階段にたどり着くらしい。
崖をよじ登った先に関しては情報は得られなかった。単純に誰も試したことが無いのか有用な情報のため伏せられているのかは分からないが少しだけ気にはなる……。
(うん。無理だな)
ここから見る限りでは崖と空の境目は見えるのだが距離感がまったく働かない。これは切れ目の先の平地までの距離が長いのに加えて崖の基本角度がこちらに覆いかぶさってくるような九十度以上なのが原因だろう。崖と空の境界線の先にも崖が続く可能性が高い。いくら身体能力が上がっていてもクライミングの知識も経験も道具も無い現状で挑むのは無謀以外のなにものでもない。
そもそも、現在の大目標は地下30階の癒しのポーションなのだからここを登るための努力より先に進むことにリソースを注ぐことが正解だろう。……正直に言えば先の見えない崖を自力で登るとか恐怖でしかない。
崖への思考を打ち切って、森の方へ振り返る。先ほどから警戒に引っかかる気配は無い。この森に生息しているのは角ウサギ、お化けガエル、ゴブリンに牙猪の今まで出た組とここから新しく出現する灰色狼である。
体長は俺の身長を超えることはないらしいく、魔法などの特殊な能力も持っていないらしい。俺の知識内のオオカミと大差はないと考えられる。ただし、イエンダンジョンにて最も多くの冒険者を殺しているのは灰色狼である。
イエンダンジョンの浅い階で出る魔物は装備を整えて、レベルの上昇も考えれば戦闘能力で負けることは無い。唯一の例外と言える牙猪に関しても突撃時の攻撃力とこちらの攻撃に耐える頑強性が高いだけで落ち着いて戦えば人の知恵や武器がそうそう負けるものではない。
(まぁ、一撃でも貰えば死ぬかもしれないとかなかなか死なないことへの恐怖ってのは間違いなくあるんだがな)
俺の知識の中でオオカミと言えば、皮膚を簡単に切り裂き、筋肉を突き破り、骨にまで届きうる牙。狙った獲物を何十キロも追跡する持久力。そして、チームで狩りをすることが思い浮かぶ。
猪の突進攻撃と灰色狼の牙での噛み付き攻撃とを単純に比較することは難しいが攻撃のモーションが大きく、愚直な攻撃は軽装の自分には対処しやすい。それに対して狼の噛みつき攻撃は攻撃頻度や小回りに加えて、簡単な防具では貫通して裂傷を与えてくる。急所に噛みつかれればそれで終わってしまう。
持久力に関しては具体的なことを知っているわけではないので俺と狼どちらが上かも分からない。ただ、相手のミスを待つ戦い方は使えないと考えた方がいいだろう。そして、逃げる必要が出てきたときのことが心配である。いくつか案を用意しているので余裕があるときに一つづつ確かめなくてはいけない。
肉食獣は食事という生きるために不可欠な行為を狩りで賄っている。狩りという戦いを遠い昔から続けて、延々と繋げてきた結果が現在に生きる個体には詰まっている。そんな中でチームで狩りをすることを続けてきたオオカミの持つチームワークはどれほどの水準なのだろう。目に見える身体的な脅威より、目に見えないからこそより脅威を感じる。
それでも、これは越えなくてはならない心情。これを超えられなくなった時、逆にダンジョンに脅威を感じなくなった時が来たら……。
体が小さく震える。一応、防寒装備をしてはいるが動かずに突っ立ってだけだと肌寒い。まだ、再起動していないが声をかけて、二人を現実に引き戻して先に進むことにする。
「ルーテア。少し森に近づこうと思うんだが気配はするか?」
「いえ。気配は無いです」
「俺も気配は感じない。少し森に近づくぞ」
「はい」「おーけー」
近づくことで圧迫される感じを受けるほどの巨木を観察する。太さは成人男性が5、6人がかりで両手を繋いで届くかどうか。高さに関しては確実に10メートルは越えている。これまた、大き過ぎて距離感が定まらない。葉の形から針葉樹と分類されている木ではないかと思われる。
木は太く、真っすぐに伸びていて、枝も木の真ん中あたりから上の部分にしかついていない。緊急時によじ登るのには向いていない形である。それと木々を伝ってオオカミの頭上を移動できないかと考えていたが一本一本が大きい分、一本一本の距離もこれまた広く飛び移れそうにない。距離が広い分、ある程度の暗さで済んでいるのは行幸かもしれない。
光量に関しては問題はなさそうだが木々が単純に邪魔で視界は悪い。迷子になる可能性や索敵が難しくなるのが安易に想像できる。迷子対策には縄や印などを道すがら付けていき、索敵にはスキルの警戒を磨くことや音やにおいなど目に頼らない部分を意識することなどが思い浮かぶ。
その他にも木の周囲は根が隆起していて足場が悪いなど今までとの違いを洗い出していき、レンとルーテアに告げていく。もっと詳細を詰めるために戻ったら話し合いをしよう。
「レン。話してた通り木にファイア・アローを頼む」
「おっけ。『ファイア・アロー』」
直立した巨木にレンのファイア・アローが直撃する。しばらく炎がへばりついていたが巨木が燃えることなく消えてしまう。近づいて観察するが着弾点には焦げ跡すらついていない。
「情報通り焼けたり、壊れたりしないらしいな」
槍の石突部分で巨木を突くが表面の皮がへこむ様子すらない。
「これならレンちゃんの魔法を撃っても大丈夫そうですね」
「盾にも出来そうだな。他に何か気づいた事や調べたいことはある?」
「ないよ」「大丈夫です」
「じゃあ、そろそろ中に入ってみるか」
両省の返事を聞き、巨木の間を抜けて森へと侵入を開始する。