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この世界でいきていこう  作者: 三文茶筆
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挿話 レンと休みの日

パチっと目を開けると、見慣れた天井が映る。


速やかに上半身を起こすと、薄暗い天井から部屋の中に視線が変わる。レンのベッドから右側のベッドはユウジ。左側のベッドはルーテア。レンのベッドは真ん中。


早く起きる順に扉側からベッドを置いていて、一番扉に近いベッドはユウジが使っている。ただし、ダンジョン探索が休みの日はユウジよりレンが先に起きることが多い。


今日は休みであり、右側のベッドにはまだユウジがいる。いつもは自分が起きる時にはすでに起きていて、ユウジのベッドはもぬけの殻になっている。いつも動き回っていていつ休んでいるか分からないユウジがしっかり寝ているのを見るのは何となく嬉しくなる。なので、起こさないように出来るだけ音を出さないようにベッドから抜け出し、部屋を出る準備を始める。


ベッドの下から普段着を引っ張り出し着替える。着替えながら見えるのは壁際のベッドに寝るルーテア。寝相が非常に悪く、色っぽいより、残念な感じの寝姿になっている。あんまりにもあんまりなので着替えを一時中断してルーテアの服の裾を正して、毛布をかける。


乱れた衣服と残念な寝姿が隠れるとルーテアの寝顔はレンから見ても可愛らしいものにうつる。髪は黒く、短いが癖がない。真っすぐなので少しの光でも反射してキラキラして見える。今は閉じて見えない瞳もネコ科獣人の特徴なのか大きく、丸みを帯びていて可愛らしい。


可愛いと言われたいわけではないが、くせ毛で眠たそうな目と言われることもある自分との違いにため息が出そうになる。


背丈はそれほど変わらないが体つきはしっかりと女性である。外に出るときの服装では分かりずらいが寝る前の薄着になるとはっきりわかる。同性にも関わらず、初めて一緒の部屋で着替えをしているのを見たときは思わず二度見してしまったぐらいだ。


着替えが終わり、ドア側、ユウジのベッドに体の向きを変える。


そんなルーテアが一緒の部屋に居ても問題を起こさないユウジもユウジでどこかおかしい気がする。自分に対して手を出さないのは分かるがルーテアに手を出さないのはレンの常識とは食い違う。


確かに、ルーテアがパーティーに参加した当初にルーテアも一緒の部屋になることを応援した。一人で街に出てきたばかりで寂しい思いをしていることが分かったし、自分が同室なることには抵抗しなかったのに、ルーテアが同室になることには抵抗したユウジにちょっと怒ったのが理由だ。


そして、すぐに後悔した。具体的にはルーテアの同室が決まったあと、ユウジを追い出して二人で寝巻に着替えたときに。自分も後押ししてしまったからにはユウジが血迷ったら、ルーテアとユウジのためにも自分が殴ってでも止めよう決意したものだ。


その決意も空しくユウジはベッドに入るとすぐに寝入ってしまった。それでも、いつ魔が差すかはわからない。警戒するためその日からしばらくの間は寝不足になってしまった。そして、ルーテアに夜這いするどころか口説くこともなく現在に至る。今でも、男の性欲は危険なものであるとの認識は変わっていないが、例外もいるんだと思うようにしている。


(ユウジはやっぱり変な奴なんだよな)


それが何となく嬉しくて声を出さずに笑ったあと、音を出さないように部屋から抜け出した。少し暗い階段を注意して一階へと移動する。




「おじさん、おばさんおはよう!」


食堂の仕込みを行っている宿屋の主人と夫人に朝の挨拶をしながら厨房へ入る。二人ともいつもと同じように笑顔で返事を返してくれる。


「今日はお昼まで魔法の練習やるからから水汲み行ってくるよ。……いや、俺だってダンジョン冒険者で剣の稽古もやってるんだぜ?これぐらいどってことないよ!」


ダンジョン探索の日、休みの日と関係なく食堂が始まるまでの間を二人の手伝いをして過ごしている。手伝いの理由は何となくとみんなには言っている。そして、着々と仕込みは進んでいき最初の客はレン達になる。


食卓に料理を並べているところにユウジが朝の身支度をすませて降りてくる。ダンジョン探索の日ならルーテアも朝食をとりにくるのだが休みの日は用事がない限り昼食まで寝ている。それが最近のルーテアの休みの日の過ごし方である。


だらだら昼頃まで眠る素晴らしさを力説されて興味本位で真似しようとしたのだが眠くも無いのにベッドでごろごろするのは苦痛でしかなかった。それ以来は早寝早起きが日課になっている。


朝の挨拶といただきますをして、二人で食事を始める。食事中は会話はほとんどない。朝からご飯をおなか一杯まで食べられるのは以前では考えられないぐらい恵まれている。ユウジによれば食べることは鍛えることと同じぐらい大事なことだから一食一食をきちんと食べるのは当たり前であり、強くならなければいけに冒険者にとっては必要なことなのだから気にせず、遠慮せずたくさん食べろとのことだ。レンにとっては望むところであり、今日も今日とて朝から心行くまで食事を楽しんだ。


食事が終わってから飲み物を飲みながら会話が始まる。朝食でこれが美味しかったとか剣の振り方とか昨日の話や今日の予定やらとにかく何でもしゃべる。食べることも好きだがこのおしゃべりの時間も好きである。


「今日は魔法の練習でいいんだよな?」

「うん。ユウジが言ってたファイア・アローの威力を上げるってやつの練習したいからダンジョンの一階でお願い」

「了解だ。そろそろ準備して出発しよう」

「おっけ~」


朝食目当ての客がぽつぽつやってきたので食堂をあとにする。




イエンのダンジョン地下一階。エレベーターを降りてすぐの通路を進んだ袋小路。壁に向かって魔法の言葉を放つ。


「『ファイア・アロー』!」


火の矢がレンの指先から形を表し、成長し、放たれ、狙いをつけていた場所に命中する。壁にぶつかった火の矢はあっけなく消えてなくなる。何度も何度も見た光景である。


「あーーーーー!ユウジ!足掛かりって言うか取っ掛かりって言うか分かんないけどそういうの教えて!!」


あまりの進展の無さに叫ぶ。ダンジョン探索の後に魔法を撃つ回数が残っていたら使い切るまで練習しているがこの有様である。


後ろで警戒をしつつ、素振りをしていたユウジが振り返り、地べたに座り込んだレンに近づいてくる。


「レン。ファイア・アローの威力を上げるってどうなれば威力が上がったって言えると思う?」


ユウジは屈みこんでレンの視線と高さを合わせ、目を見ながら問いかけてくる。


「え?えっと……」


ユウジの真剣な表情に慌てて考え始めるが答えを返すことが出来ない。そういえば、威力を上げるとどうなるか深くは考えていなかった。


「……レン。増幅詠唱って言う言葉を知ってるか?」

「う、うん」

「どこで聞いた?」

「えっと……冒組で、話してるのを聞いた」

「ふむ」


腕を組んで何かを考え始めるユウジを見て何かまずいことをやってしまったのかとソワソワしてしまう。居心地の悪い沈黙を無言で耐え続け、ついにユウジが口を開く。


「あ、すまん。別に怒ってる訳じゃないんだ。これからどう説明しようかと思ってな……」


心の底から安堵する。叱られたことは何度もあるし、怒られたことは無いが怒られても我慢出来る。ただ、ユウジに迷惑をかけること。そして、そのせいで見捨てられるかもしれないことは絶対に耐えられない。今回は幸いに失敗はしていないらしい。


「レン。冒険者組合にいたよく分からん奴の言葉と俺の言葉どっちを信じる?」

「もちろん、ユウジに決まってるだろ!」


何故そんなことを聞くのかは分からないが、答えは決まっている。決まり切っている答えなのにわざわざ質問することに少し腹が立つくらいだ。


「よし。じゃあ、今から俺が言う言葉を繰り返して行ってくれ」


首を何度も縦に振る。これぐらいお安い御用だ。


「増幅詠唱なんて私は忘れました」

「増幅詠唱なんて私は忘れました」

「増幅詠唱なんて私は知りません」

「増幅詠唱なんて私は知りません」

「よっし。いい子だ」


強めの力で頭を撫でられる。いつもは子ども扱いされると嫌だが、今日はそれが凄く嬉しく感じてしまう。


「とりあえず、今言ったように増幅詠唱はいったん脇に置いておいて、」


撫で終えると、両手を脇の下に通して自分も立ち上がりながら立たせてくれる。そのまま、体を反転させられ、壁を向く形になる。ユウジの手が両肩に乗せられ、後ろに倒れないように支えてくれているようだ。


「レン。まずは、目をつぶるんだ」


言われたとおりに目をつぶる。ダンジョンの中ではあるがユウジがいるので怖くはない。


「鼻からゆっくり息を吸って、少しづつ口から吐き出す。無理はしないでいい」


言われたとおりに呼吸をする。何度も繰り返していると色々な事を考えてざわついていた気持ちが落ち着いて、両肩に置かれたユウジの手の熱さまでが分かる気がした。


「レン。ファイア・アローという言葉には火の矢という意味があるんだ」

「火の矢……」

「そうだ。火は燃える火で、矢はルーテアが使っている弓で飛ばす矢だ。ルーテアが弓を撃つ姿を思い浮かべるんだ」


ルーテアが弓を使って矢を飛ばす場面を思い出す。


「レンの矢とルーテアの矢で違う所は矢が飛ぶ速さだ」


ユウジの言う通り、思い浮かんだルーテアの矢は自分の矢の速度より断然早い。


「レンの矢を早くするならルーテアのように弦を力いっぱい引いて、撃てばいい」


小さく頷く。確かに、自分は魔法を撃つとき何もせず何も考えずにただただ撃っていたが……。


「でも、レンは弓を持っていないから出来なかった」


小さく頷く。


「持っていないなら想像するんだ。目をつぶったままルーテアの様に弓を構えるんだ」


ルーテアが弓を構える姿を思い出す。その姿は格好良く、印象深い。それを真似るように、脳裏に浮かべ構える。


「矢を弦にひっかけてゆっくり引っ張る」


想像の弓を引き絞る。


「十分に引っ張ったらそのまま動かない。鼻から息を吸って口から吐く。……ゆっくり目を開ける」


目を開けると想像の弓を持った左手の先に火の玉浮いていた。いつもとは違うその光景を不思議とは思わない。レンはこの火の玉が矢じりだと感覚的に理解している。


「放て」

「『ファイア・アロー』」


呟きと同時に放たれた火の矢は今までのファイア・アローとは一線を画する速度で中空を飛び、壁に叩きつけられた。

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