挿話 イヴさんと発表会
「第一回、何でも発表会!!」
彼の声に対してパチパチと拍手を送る。こういうときにレンちゃんが乗ってあげると喜んでいたのを覚えていたので真似してみた。少々恥ずかしかったが彼の表情を見るにやってよかったと思う。
今回の手伝いの時間はいつもと異なりお互いが意見を出し合って高め合う発表会というものを行うらしい。説明を受けてからこの日が来るまでワクワクが収まらなかった。
「私の持ってきたテーマは……後ほど発表します。まず初めに魔法の威力を上げる方法は大きく分けて二つあります」
拍手を終えると早速、彼が話始める。
「一つ目は魔装具を使う方法」
彼の言葉に頷く。魔道具の一種に魔装具と呼ばれる物が存在する。魔法使いが携えている杖や指輪などがそれにあたる。杖や指輪に魔力を増幅する回路を刻み、魔法を放つ前の魔力をその杖や指輪に流すことで威力を上昇させることが可能となる。魔法使いと魔装具があれば確実、簡単に魔法の威力を上げれるため魔法の威力を上げる方法と聞かれた場合にはすぐに思いつく方法である。
ただし、欠点も多い。増幅するための回路を起動するにも魔法使いの魔力を必要とすること。魔力を増幅する回路にはいくつも種類があり火の増幅回路に水魔法を増幅することはできないこと。何より魔力を通す性質上、魔力に耐えうる素材を必要とし、魔力に耐えうる素材は得てして高価となる。また、どんな高価な素材を使おうとも使用回数に上限がある。つまるところ、お金がかかる。
結果として、私が知る限り魔装具を利用する冒険者は少ない。基本的には魔力が乏しい者が使うことや一つの魔法しか利用しない日常生活で利用する一般的な魔道具を補助するために魔道具の一部として内臓され、利用されることが多い。
「二つ目が増幅詠唱を利用する方法」
総副詠唱とは魔法を放つ前後に、その魔法に沿った定まった文言を定まった抑揚で唱えることにより効果や威力を上げる技術である。私も魔法を使う時は極力使うようにしている。
実際に冒険者が使っているかどうかは分からないが私が魔法の威力を上げる相談を受けたら増幅詠唱をおすすめする。習得してしまえば道具を必要とせず、お金もかからないからである。ちなみに、欠点は技術のなので技術の取得に時間がかかることと向き不向きがあること。
「今回はこの増幅詠唱に注目していろいろ考えて調べてきました!」
そういって、何枚かの紙をまとめて手渡される。書かれているの文字は彼から習っている古代語、平仮名と漢字である。
「一応、人に見られても読めないように古代語で書いているので、わからない所があれば聞いて下さい」
「はい」
どうやら彼の手書きらしい。書物に書かれているような整った文字ではないがきちんと読めるように丁寧に書かれている……気がする。最初の部分はさっきの発言と同じ内容が書かれていた。
「今回の話に沿って文章を書いてますのでそれを見ながら話を聞いて、気になったところや感じたことをイヴさん自身が書き込むといいですよ」
書物や書類に比べて余白が多いとは思ったが気になったことを書くならばこれぐらいの余白があった方がいいのだろう。
「それでは、次に進みますが増幅詠唱に関しては……」
その後、増幅詠唱についての基礎的なことが説明される。今更なことに私が増幅詠唱について知らないと思っているのかと悲しくなった。だが、お互いの知っている知識に違いがないことを確認するには必要であると説明されて納得した。
その後は、彼の説明を聞きつつ、思ったことを渡された紙に書き込んだり、疑問に思ったことを質問したりと進んでいった。すでに知っている増幅詠唱についての話であったが人によってこうも理解や解釈に違いがあったのかと驚きがあった。正直な感想、ここまでのやり取りで私はかなり満足していた。しかし、振り返ればここまではまさしく序盤であった。
「増幅詠唱に詠唱は必要ないのではないかと思います」
単語も文章も分からない部分は無かったのに、私には意味が理解できなかった。
「私の今回の研究テーマは増幅詠唱に詠唱は必要ないのではないか?です!」
先ほどとほとんど同じ言葉を彼が言う。その顔は笑顔で、成人男性が見せるには幼い、いたずらが成功した子供のような表情。からかわれているのだろうか。詠唱なのに詠唱がいらないというのはいささか突拍子がない。
「もちろん、冗談で言ってる訳じゃないです。その考えが浮かんだのが……」
切っ掛けとなったのはレンちゃんの『ファイア・アロー』なのだという。彼が言うには少しづつではあるが『ファイア・アロー』で放たれる火の矢の速度が速くなっているらしい。そこから、いろいろ調べたが火の矢の速度が速くなる原理は分からず仕舞い。
そして、逆転の発想でこの現象は増幅詠唱の結果と仮定したらしい。そして、増幅詠唱には詠唱は必要なのではないかと。
その次に説明されたのは古代語で書かれた増幅詠唱と現在唱えられている増幅詠唱に差異があること。ある時点から前には増幅詠唱の記載は一切なく、ある時点から爆発的に記述があふれ始めたこと。増幅詠唱の記載がないそれ以前にも同じ魔法でも威力に差があった可能性が高いということ。などなど、無理矢理ではないかと思う説明もあったがからかわれているかもしれないという意識は小さくなって本当なのかどうか知りたいという欲求が私の中で大きくなった。
「これまでの説が実際はどうなのか調べるため実験をしたいと思います」
「実験……?」
「はい。先ほど述べたように魔法の大小は意志や想像力などが鍵になっていると考えています」
これは先ほども彼が言っていた言葉である。その根拠が子供に聞かせるおとぎ話なのはどうかと思うし、先ほどからの説明も理解できているとは思えない。今日は彼の説明を否定せずに丸のみすることに決めている。
この発表会が終わったら渡された紙をもう一度読みなおそう。そのときに自分で書き込んだ文章は助かる。心配りを欠かさないのは流石、彼だと思った。
「そこでレンに内緒で協力してもらおうと思います。増幅詠唱のことは教えずに最初は魔法の威力を上げるようにだけ言う。それがダメなら魔法の威力を上がるような想像をしながら使うように助言します」
レンちゃんのことを考える。増幅詠唱を知っているのにそれを教えられずに一人で考えないといけないのは少し可哀そうな気がする。自分なら少し悲しくなると思う。
「イヴさんは優しいですね」
ぽつりと彼が呟く。こちらを柔らかな表情で見ている彼。言われた言葉にもそうだが考えを完全に読まれているのが無性に恥ずかしい。この年になるまで表情が乏しいと陰で言われ、何を考えているか分からないと評されている自分の思考を読まれたことが。顔が熱くて視線を外してしまう。彼の顔を見れない。
「増幅詠唱を使わないで魔法の威力、利便性を上げられれば大きな武器になります。そして、これはレンが増幅詠唱を知らない今しか挑戦できないことです」
増幅詠唱を知ってしまったら挑戦できないことだろうか。増幅詠唱を知っても彼の言うことならレンちゃんは信じて、指示に従うと思うのだが。……彼がそう思っているなら私がとやかく言うことでもない。
それに、知らない状況から知っている状況にはできるけど、知っている状況から知らない状況へは変化できない。増幅詠唱は一般に浸透してはいないが魔法を使うようになれば誰でも自然とたどり着くことになる知識である。魔法を使えるようになった以上、いつ増幅詠唱を知ってもおかしくはない。成功すればレンちゃんの力になるのなら挑戦できる回数は多い方がいい気はする。
「それに、いつも俺が傍に入れるとは限りません。自分で考えて、答えを探すこともきっと必要です」
その言葉は当然の言葉であり、レンちゃんが自分で考えて実行することはきっと将来的にも役に立つだろう。でも、私はその言葉に何故かちょっと嫌だなと思ってしまった。