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「ほら。夜なんだからあんまり騒ぐな。そろそろ、眠いんだからちゃっちゃっと話を進めるぞ」
「ユウジも悪いんだからな!」
ルーテアに体ごと詰め寄っていたレンが顔を真っ赤にしてこちらに抗議してくる。
「あと、ありがとうなレン」
「な、何だよそれ」
後頭部に念を送っただけでは足りない気がしたので声に出して伝えてみる。レンは赤い顔のまましぶしぶという態度をとりながら浮かしていた腰をベッドの上に落ちつけてくれる。
「とりあえず、ルーテアのクラスをどうするかだな」
「レンちゃんみたいに私もソルジャーのクラスを取得するってことですか?」
「それが一つ。もう一つは何か取得したいクラスはあるなら教えて欲しい。そのクラスを取得できるように協力する」
「……魔法を使えるようになるなりたいとかでもいいんですか?」
「そういう感じでも大丈夫だ。魔法が使えるようにって希望だと、マジシャンのクラスを取得できる条件みたいなのはあたりをつけている。ルーテアが希望したらその条件を実行してもらうのがクラス取得の協力ってことだ。ただ、その当たりが外れることもあるから絶対取得できるわけじゃないからあくまでも協力って言葉を使ってる」
ルーテアが珍しく考え込む。
「今すぐ教えて欲しいって訳じゃないから思いついたときでも言ってくれればいい。ただ、クラスを増やすにあたっていくつか注意して欲しい点がある」
ルーテアの思考がこちらに向いたのを確認してから話の続きを始める。
「一つ目は、クラスを増やすとレベルが上がりにくくなる可能性がある。二つ目はクラスを取得する数に上限がある可能性があること」
「……一つ一つ説明して貰っていいですか?」
「うーん。そうは言っても仮説に仮説を重ねた可能性だけどいいか?」
「はい。お願いします」
「一つ目は……レベルは魔物を倒さないと上がらないのは知ってるよな?」
二人が頷く。これは経験則を基にしたもので一般的に知れ渡っているいわゆる常識である。
「……例え話になるんだが、同じ大きさの器に水を入れる場合、二つの器に入れるより一つの器に入れる方が水の量は少なくてすむよな?」
「……器がクラスで水が魔物を倒すことってことですか?」
「そういうことだな。レンはいまいちって顔だな。……銅貨10枚をレンと俺で分けたら一人5枚だろ?でも、レン一人だったら銅貨10枚全部取れるよな?それで銅貨30枚を貯めるのはどっちが早いか?って話だな」
「うん。よくわかった」
「ユウジさんは僕たちにわかるように……例え話をしてくれるから助かります。師匠は全然でした」
「ありがとう。ただ、例え話はあくまでもたとえだからな。実際とは少しずれることもあるから注意してくれ。……だから、ルーテアの師匠も間違ってないと思う」
「はい」
「で、次だがクラスには取得できる数が決まってる可能性があると考えた方が結果的にはいい方向に動くと思う。レンはポーターのクラスを取得してたけど取得数に制限があってそのせいでマジシャンのクラスが取得できなかったら泣いちゃうだろ」
「泣くわけないだろ!……でも、凄くがっかりすると思う」
「だから、制限があると思って慎重にクラスを取得して欲しい。逆に制限がないと分かったときに取れるだけ取っても遅くはないと思うしな」
「そういう判断もあるんですね。もう少し考えてみます」
ルーテアがしきりに感心するのですこしむず痒い。
「それじゃあ、明日からの予定だがルーテアがソルジャーを取得したら6階層に挑戦する。その間は1階から5階の間でレベル上げとお金稼ぎ。お金が貯まったらルーテアの近接武器購入。ルーテアはレンと俺がやってる武器の訓練に参加すること。以上」
「おっけー」
「了解です」
二人が威勢よく肯定するのを聞き、態度からも不安や不満を感じないことを確認する。
「じゃあ、終了。解散。明日に備えて就寝」
いつもなら横になっている時間帯なのでレンはもそもそと自分のベッドに潜り込む。問題なのはルーテアまでがベッドに潜り込もうと動き出したことである。
「ちょっと、待っただルーテア」
「え?」
「そこで不思議そうな顔をされると俺が間違ってるんじゃないかと不安になるがそこは俺のベッドだ。ルーテアのベッドは隣の部屋だろ?」
「それなら僕はどこで寝たらいいですか?」
「隣の部屋の自分のベッドで寝るのが普通だと思うぞ」
「えー。僕も今日からちゃんとしたパーティーメンバーですよね?」
「そうだな。……何となく次の言葉は予想できたがルーテアの言い分を聞こうじゃないか」
「じゃあ、僕も二人と同じ部屋じゃないとおかしいじゃないですか」
最初に思いついたのはからかいや悪戯の類。ルーテアのくりくりとした大きめの瞳には真剣な思いと強い意志が見えるだけでふざけて言っていないことが一目で分かる。頭の回転の速い、いい子であまり手がかからないという評価だったのだが予想外のところから問題を叩きつけられた。
人見知り気味ではあるが寂しがり屋なのは短い期間でも割とすぐに気づくルーテアの性格の一端である。俺とレンが二人で一部屋なのに自分だけ一人の部屋で寝るのが嫌なのだろう。ただ、うら若き乙女がとうがたつとは言え、おっさんと同じ部屋で寝るというのはいかがなものなのか。
森の中で師匠と二人暮らしであることの弊害なのか、師匠の教育不足なのか、はたまた俺への信頼に基づくもののか……どちらにしても、後日時間をとってじっくりと説教、もとい教育を行わなくてはならない。男はいくつになっても狼であると。
ただ、その前に目の前の問題に取り掛からなくてはならない。予想通りではあるが予想が当たっても全然嬉しくない。説得できる可能性はあまりにも低く、それでも説得する努力を怠るわけにはいかない事案であるのが確定したからだ。
ルーテアの要望の根幹は寂しいのは嫌という感情だ。
「男と女が一緒の部屋に寝るのはまずいだろ?」
「レンちゃんは一緒の部屋じゃないですか!」
おおっと、一瞬でレンの視線にも圧力が発生したぞ。そして、予想通り常識は感情の前には無力である。状況があっさりと悪化する中、果敢に挑む俺を誰かに褒めて欲しいと現実逃避しながら次の言葉を考える。
……翌日の寝不足を代償に得た結果は、俺は自分のベッドでレンとルーテアはレンのベッドで眠ってもらい、朝になったらすぐに三人一部屋にすることだった。
どうにか一つのベッドで年若い少女と寝るという警察にしょっ引かれるような事案は回避できた。ただ、二人の少女と一つ屋根の下どころか一つ部屋の中という人様には言えない状況が出来上がった。必要なダメージだと信じたい。あと、不機嫌気味のレンに貸し一つと宣言されたのはかなり痛い。踏んだり蹴ったりである。