挿話 レンの初めて魔法を使った日
とっさにレンはここがどこで、どうしてこうなっているのか分からなかった。
視界は薄暗く、映るのは木の板。
(天井……。宿屋かな)
ぼんやりとした頭で考え、そのまま寝返りを打つと視線の先には空っぽのベッドが一つ。部屋に一つだけある窓は雨戸が閉められているので薄暗い。
(ユウジ……いないのか……)
少しがっかりしてそのままボーっとしているとドアを開けたときの少し軋む音。そして、木の床を踏んだときの小さな軋む音。
「レン。起きてるのか?」
頷く。
「お前まだ寝ぼけてるな」
足音が再開して、視界の先のベッドにユウジが座る。
「顔色は良くなってるけど……どっか痛いとこはないか?」
(魔法を何回使えるか試してて……痛くないけど眠い)
とりあえず、頷く。すると、ユウジが安心したように笑う。
「イヴさんから聞いてはいたけどな。……ほれ。良いもの持ってきたからベッドの上でいいから座れ。長い時間、水も飲んでないから飲み終わったら夕飯まで寝てていいから」
「うん」
両腕をバンザイの形で上げる。
「お前さん。たまにびっくりするぐらい甘えるな」
意図が通じたのか困りながら笑いながら手に持っていたコップと皿をベッドの横に備えられている小さな机に置く。そのまま、こちらに近づいて両手を脇の下に入れて持ち上げ、座る形にしてくれる。
コップを渡されて酷く喉が渇いていることを知る。
「慌てて飲むとベッドにこぼすぞ。……で、これがいい物……前話した手作り甘い物第一弾だな」
「なにこれ?」
空のコップと交換するようにユウジから渡されたものは銅貨を二回りぐらい大きくしたような楕円形の物体。硝子の様に透明だが薄く黄色がかっている。そして、その中に薄い赤色の何か。
「べっこう飴。もうちょい凝ったの作りたかったんだが今回は急ぎだったからな」
「飴なんだ……」
口に入れると甘さが広がる。今よりも小さかった時、母親が生きていた時に食べた飴もこんな感じだった気がする。
(病気になったときはお母さんが食べさせてくれたな……)
そのまま、ボーっと昔のことを思い出しながら口の中の甘さを楽しむ。
「なんか味が変わった。すっぱい?しょっぱい?」
「飴の中に何を入れたでしょうか?」
「梅干し?」
「正解。疲れた時はすっぱい物がいいって言うからな。砂糖を気軽に買えるようになったらダンジョン探索のときに持って行ってもいいかもな」
「どれくらい頑張ったら持って行けるの?」
「……地下何階まで行ったらってこと?」
頷く。
「装備の維持とか、いざって時に使えるアイテムの購入。出来たら貯金もしておきたいし……15階より下で安定したらかな?」
あと、10回降りられれば飴をいつでも食べられる。最初の5階はびっくりするぐらいあっさりと降りることが出来た。いまいち役に立ってなかったけどこれからは魔法を使えるようになるのだ。ユウジと一緒ならきっと15階まで進むことが出来る。
「気に入ったのか?」
「まえ、ダンジョンで食べたのよりこっちがいい」
「そっか。……それなら、あれの代わりにたまにならべっこう飴を持って行こうか?」
「うん」
「了解。……まだまだ、眠いみたいだな。夕飯になったらまた来るからもう一回寝とけ」
「約束だからな」
そう言って毛布へともぞもぞと潜って行く。
「仰せの通りにお嬢様」
「何だよそれ……バカ」
目を閉じると木の床が軋む音。どんなに気を付けて歩いても音はする。扉が軋む音。どんなにゆっくり開けても音が出てしまう扉。
そんなことを思いながら扉をゆっくり閉める音を聞きながらレンは眠りに落ちっていった。