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小さな音を立てて、扉が閉まる。イヴさんが魔法書を取りに行くため退出したのだ。部屋に残ったのは自分とレンの二人。扉越しに聞こえた足音が遠ざかり、しばしの静寂。
魔法の説明が始まったあたりからレンの気分が沈み始めたのを感じていた。レンは弱みを隠す傾向があり、今回はなかなか巧妙に隠していたのでイヴさんは気づいていないと思う。
レンの気分が沈んでいる大体の当たりは付けているがまずは確認しないといけない。
「レン何かあったか?」
「……ううん。何もないよ」
椅子を動かし、横にいたレンを真正面から向かい合えるような形にする。
「ほれ。レンもこっち見れるように椅子動かして」
のろのろとではあるがレンは言われたように椅子を動かし、向かい合う形になる。
「で、何が怖いんだ?」
再度の静寂。声には出さないがこっちは引く気がないと伝わったのか小さな声でぽつぽつと話だす。
「……お金結構かかるんだなって思って。……それなら、風の魔法はいらないと思って」
俯いたレンはそのまま無言になる。確かに、お金は結構かかる。前もってそれとなくイヴさんに値段を聞いていたので明日の宿代も心もとないという事態にはならないが貯金はそこそこ削れる。
風の初級魔法は一見いらない子に見えるが、それでも使い方次第だと思う。加えて、今後のことを考えるとその他の魔法やスキルを覚えるのに必要な条件になる可能性も無きにしも非ずだ。
ただ、この二つについてはレンとも話し合った。そもそも、返答そのものがずれている。
「それについては事前に話し合っただろ?そもそも、俺は何が不安なのか聞いたんだ」
思ったままをそのまま伝える。
椅子を引いてレンとの距離を縮める。膝と膝がくっつく距離。体が強張ったのを感じたがレンのそれぞれの膝に置かれていた握っていた手を覆うように上から握る。
「お金のことは気にするな……って、言ってもレンは気にするよな。お金が大切なのをレンはよく知ってると思う」
言葉にして、伝えないと普通は伝わらない。
「今日、契約した魔法が使えなくても構わない。使えるようになるまで頑張ればいい。……って、言うのは俺が嫌だ。レンが俺とパーティーを組んでから頑張っていることは俺が一番知ってる。頑張ってる奴に頑張れなんて言うのは流石にな……」
レンが少しだけ顔を上げる。
例え、伝えたとしても言葉が一度だけでは風が吹けば飛んでしまう藁の家のような軽くて、儚い物でしかないだろう。それなら、何度も何度も言葉にして伝えよう。
「俺を信じて欲しい」
レンとようやく目が合う。
「魔法が使えなくてもレンを嫌いにならないし、ましてや見捨てたりしない。そもそも、レンとパーティーを組むと決めたときレンは魔法なんて使えなかっただろ?」
レンが頷くのを確認して、続きを話始める。レンの根っこにある不安は俺に愛想を尽かされて一人に戻ってしまうことだと思う。
「ちなみにだが、レンとパーティーを組んだ理由とか話したことなかったよな?」
「……うん」
「そもそもだが、適当に選んだ訳じゃない。誰でも良かった訳でもない。そこはレンとパーティーを組むまでソロだったことを踏まえて本当の事だと思って欲しい」
「うん。それはちょっと思ってた。ユウジならすぐにパーティーぐらい組めるはずなのに俺をパーティーに入れてくれまで一人だったから……選んでるのかなって」
「そうだな。かなり選好みしてる。パーティーを組む大前提は信頼関係を築けるかどうかだ。そこだけは絶対に譲る気はない」
「信頼関係を築く?」
「そうだ。一緒に冒険に出るってことは命を預けて、預かることそのものだ。信頼されるだけでなく、信頼することが必要だろ?」
「ユウジは俺を信頼してるってこと?」
「そうだな。我ながらちょっと、ちょろいと思うが戦うとき背中を預けても不安を感じないぐらい信頼している」
「……そっか」
「だから、上手くいかないとき、苦しいときそれでも二人で乗り越えれるだろ?」
「うん。……ユウジ。ありがとう」
「こちらこそありがとうだ」
今更に少し気恥ずかしくなり、レンの頭をガシガシと撫でる。