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振り返るとレンが走り寄ってくる。レンの嬉しそうな顔を見てようやく牙猪を倒した実感が沸き、安堵が広がる。同時に緊張の糸も切れ、尻餅をつくように座り込んでしまう。
「ユウジーーー!?」
レンの笑顔が一瞬で驚きの顔になり、心持ち走り寄るスピードが上がった気がする。突然、座り込んだ自分を心配しての変化だと思うとうれしく感じる。
(まだまだ、短い付き合いだが心配してくれる程度には懐いてくれてるってことだしな)
「どっか痛いのかユウジ?」
「あー、だいじょう……」
「ユウジ!」
「痛いと言えば痛いんだがイノシシにぶつかって怪我したとかじゃなくて、力いっぱい踏ん張ったから筋肉痛みたいな感じで痛いだけだから」
「嘘じゃないよな?無理してないよな?」
「大丈夫、大丈夫。ただ、がっつり疲れたから動く元気が出るまで休ませてくれ」
泣きそうな顔になってしまったレンに軽い感じで返す。思い返せばレンの前で痛がった様子を見せたことは無かった。全力を出したための筋肉の痛みに加えて突進に対して行った槍での突きの衝撃で指の先から肩までが非常に痛い。原因から考えると打撲に類する負傷だろうがここまでダメージを負ったのも冒険者を開始してから初めてではある。なので、レンに痛がってるのを見られるのも初めてなのは当たり前ではある。
「わかった。それなら、片付けと俺が飲み物と食べ物の準備するよ」
レンはそう言うと牙猪に刺さっていた槍と魔石を拾って手渡してくる。その後、担いでいたバッグを下ろして中を漁り始める。
「何でニヤニヤしてんだよ」
「いや、レンに軽食の用意して貰うの初めてだなぁーと思ってな」
「いつもは俺がへばって休憩する感じだしな」
「責めてるわけじゃなくて、こう頼られたり頼ったり出来るのっていいなぁーって思っただけだよ」
「……腕、痛いんだろ。これぐらいはやるよ」
「よく見てるな。打撲に効くって薬草買っただろ?宿屋に戻ったらどれくらい効くか使ってみよう」
「……潰して使うやつだから俺が潰してやるよ」
「ああ、頼んだ。あと、牙猪に対して突進してくるところに真正面から槍で刺すのは無しだな」
「後ろから見てる分には一発で倒したから楽勝っぽかったけどきつかったの?」
「槍を当てたときの衝撃が結構、強くてな。それだけでも怪我しかねないけど衝撃で態勢崩してそのままイノシシの体に当たったり、武器も壊れそうだからな」
レンが拾ってきてくれた槍を眺める。今回は柄の部分は大丈夫だったが角度が悪ければ折れていても不思議ではなかった。穂先の部分は骨などのかたい部分に当たって刃が潰れており自分の研ぎでは元には戻らないだろう。
「これって先っぽがダメってこと?」
「そうだな。刃が潰れた状態だな。これだと、突き刺すには前の状態より力が必要になる。俺じゃあ直せないからダンドンに要相談。直すにしろ、新しく買うにしろお金がかかりそうだ……こいつが高く売れるといいんだけどなぁ……」
「牙猪は戦う人少ないっていってたし、高く買ってくれるんじゃない?」
イエンのダンジョンは5階層ごとにいる階層主を倒すと次回からは倒した階層へと直接エレベーターで降りられる仕組みになっている。なので、牙猪を討伐した冒険者パーティーは直通エレベーターを使ってさっさと次の階層に挑戦する。階層主は単純に強いので稼ぎを目的にする場合は数をこなせる雑魚モンスター狙いが正解だろう。そのため、階層主とはエレベーターを開通するための一回しか戦わない冒険者パーティーは非常に多い。
「そこに期待だな。出ただけでも運が良かったわけだし。とりあえず、話を戻すけど牙猪とどう戦うかだな。突進を避けながら剣で切るってのはどうだ?」
「それって槍で突くのと変わらなくない?」
「そこは完全に真横から切るとか、しんどかったら剣から手を放すとか?」
「それで体とか武器とかは大丈夫だったとしても、牙猪を倒せなくない?」
レンが水筒を渡してくれる。今日はもうエレベーターを使って帰るだけなので量を気にせず飲む。一息つくとレンが棒状の携帯食料を渡してくれる。受け取ったそれを真ん中から割り、一つを自分に一つをレンに渡す。
「確かに、牙猪を倒せないと意味ないな」
携帯食料を一口。
「あまい」
「そりゃあ、わざわざ甘いの買ったんだから甘いに決まってるだろ。それに美味しいじゃないか」
硬く水分が完全にとんだ小麦粉の塊が口内の水分を奪っていくので濃すぎる甘みが口の中でいつまでも消えない。携帯食料としては保存の面でもエネルギー補給の意味でも正解ではあると思うのだがかなり楽しみにしていた分かなりがっかりしてしまう。
「美味しくないなら残りは俺にくれよ」
冗談半分、本気半分な感じでレンが言ってきたので慌てて残りを全て口に入れる。砂糖はそこまで高級品というわけではないのだが駆け出し冒険者が口にできる程お安くもない。こっちだって甘味には飢えているのだ。
「ユウジのそういうとこ本当にダメだなぁーって思うよ」
ジト目のレン。下がった株を上げるため口を開かないといけないがあいにく口の中は甘味で一杯である。急いでいるからと水で流し込むのもあれなので十分に堪能して飲み込む。
「本当にダメだなぁー」
「しみじみ言うなよ。もうちょっとお金に余裕が出来たら俺が甘い物作ってやるから今回は半分で我慢しろ」
「ユウジってお菓子作れるの!?」
「そこそこな。ってか、驚きすぎだろ」
「だって、ユウジって洗濯も掃除も大雑把で適当だし」
「……了解。俺が悪かった」
それからも、明日の予定やとりとめのない雑談などをしてそろそろ帰ろうかとなった。立ち上がると違和感が凄い。少し休んだので筋肉の疲労が表面化したのだろうか。
「ん」
「どうした?」
レンが背中を向けた状態で自分の一歩前に立つ。
「担いで帰ったりは無理だけど肩ぐらいはかすよ」
「ありがとう。レン」
(肩を貸すっていうと肩と肩を組む感じだと思うんだが身長差的にはきついよな?)
若干、迷ってレンの肩に左手を置く。右手は槍を杖代わりにつく。もともと、歩けないほどでは無かったが心持ち歩くのが楽になった。
いつもよりゆっくりと歩いてくれるレンを先導に降りてきた階段の正反対へと進む。しばらくすると壁にぽっかりと空いた空間、こちらからはまだ見えないが下へと降りる階段と見慣れ始めたエレベーターが見える。
気恥ずかしいではあるが言うならここで言っておくべきだろう。
「あー。レン。怪我した時は絶対、隠したり無理はしない。レンは仲間でそういう時は今みたいにレンが助けてくれるだろ?」
「うん!」
少しあっけにとられた表情をした顔をこちらに向けていたが、レンは力強く肯定の返事をしてくれた。