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イエンの街について45日目。
今日はイヴさんとの約束である資料室の整頓作業の手伝い日である。
初めて資料室に連れてこられたときに取り決めたのはイヴさんが一日中資料室で業務をする日に2、3時間手伝い1、2時間自分の調べ物をさせて貰うこと。手伝いは10日に1度は最低でも手伝い、暇があるなら出来る限り手伝って欲しいとのこと。
そして、分類作業が一段落して自分の調べ物をしていた。
「イヴさん。魔法を覚えるには魔道具を使うか契約するかの二択であってます?」
本をめくり、何事かをノートに書き込んでいるイヴさんに話しかける。仕事中に話しかけるのはマナーに欠ける気がするが現状の作業にうんざりしていたので話しかけてしまう。ただ、何か疑問に思ったら質問する許可は貰っているので今回は見逃して欲しい。
「……基本はその二択ですね」
魔道具。道具自体に魔力回路を組み込みこむことで、使用者が魔力を流すと魔法が発動する。宿屋にあった照明も魔道具であり生活の中にも深く根ざしている。ただ、戦闘用になると事情が変わってくる。攻撃系魔法だとその威力に魔道具自体がもたなかったり、魔法を発動するために魔力回路に傷や歪みが出来ると暴発の危険性が発生するなどなかなか難しいらしい。結果として戦闘用の魔道具は希少性が高く、駆け出しの冒険者が用意できるものではない。
魔法の契約。魔法を使うために魔力回路を使用者に刻むことを契約と表現する。魔力回路を刻むと言っても入れ墨などのように体に直接模様を書き込むとかではなく精神や魂に刻むらしい。
(体に刻むのも精神やら魂やらに刻むのも個人的にはハードルが高いと思うんだが……)
そして、魔法の契約に関しては資料室の資料で初めて知った事実であった。
「魔法の契約に関しては他人に話すのはダメですよね」
「はい。各ギルド支部で条件は異なりますが一定以上のランクの冒険者にのみ伝えることになっています。この情報を漏らした場合、漏らした本人だけではなく漏らされた人物にも重い刑罰が科せられますので気を付けて下さい」
(国の支配者層が力を付けないようにコントロールしているのは確定かな。いっそう気を付けないと)
「この情報はレンに伝えても大丈夫ですか?」
「極端にレベルが異なる場合など例外はありますが、パーティー間での情報共有は大丈夫です。あと、魔法を覚えるための条件ですが自然に覚える人もいるようです」
イヴさんはそう伝えた後、しばらくためらいの雰囲気を出しながらも言葉を重ねる。
「……噂話ではありますが魔法を作る人もいるらしいと」
「魔法を作る人……」
魔法を自然に覚える人がいることはそういうモノなんだと受け入れることが出来たが作る人がいるとは即座には受け入れがたい。
(いや。ゲームの魔法もゲーム開発者が作ったと言えるならこの世界で魔法を作った人がいてもおかしくないのか?でも、台風や地震みたいな自然現象なら存在していても作った人はいないと言えるし……)
思考の渦に沈み込みそうになる前にイヴさんの姿が目に留まる。いつもと変わらないような表情だが瞳の輝きが違う。古語を教えるとき、イヴさんの質問に答えるとき、その時の瞳と似た輝き。
「この場合の魔法を作るって言うのは、魔道具を作るって意味ではないですよね?」
「はい。多くの人はそう思って話をしているようなのですが私は魔法そのものを作る人がいるのではないかと予想しています」
「そう考えた理由とかはあるんですか?」
「最初に気づいたのは言い回しですね。大勢の人は魔道具を作ることを魔法を作ると表現しているので
違和感がないのですが、一部の人たちでは違和感を感じるのです。言葉を濁しているというか、明言を避けていると言うか。そういう人物を選別していくと組合の上層部などでした。冒険者の方に情報が規制されているように組合職員にも情報規制がされているのではないかと仮定しました。更に、その人物の言動などを注意して聞いていると魔道具を作る人がいるように、魔法自体を作ることができる人がいるのではないかと」
ああ、彼女は古語が好きなのではなく、知ることそれこそが好きで好きで抑えが効かないほどで、好奇心と知識欲の塊なのだと気付いた。過去に似たような人間を幾人か見てきたが、この知識が制限された世界ではどれほどまでに抑圧されていたのか。
彼女がこちらに情報を分け与え便宜を図ってくれていたのは彼女の世話焼きな部分以外にも知識を教え、教えてもらい、お互いに話して存分に知識欲を満たしたいと彼女自身は気づいていなくても心を奥底で思っていたのかもしれない。
「あ……ごめんなさい」
怒涛の如くしゃべっている自分に気づいたのかイヴさんが顔どころか首筋まで真っ赤にして謝る。
「イヴさん。本来はこんなことは褒められたことでは無いと思うんですが、よければ今後もいろいろ教えて貰えませんか?お返しというにはあれですがこちらもイヴさんが知りたいと思ったことには出来る限り答えていきますので」
もともと肌の色が白いのでこちらが心配になるほど真っ赤なイヴさんは一瞬というには長い時間を迷い口を開く。
「はい。よろしくお願いします」