5-3
お化けカエルは全長1メートル前後。敵を見つけると四足歩行から後ろ足で立って上体を起こした戦闘態勢になる。そこから放たれる舌での攻撃は目視が難しい程の速度で、そのスピードも相まって下手な当たり方をするとあっさりと骨折する程の威力になる。
……まぁ、カモなんだがな。
盾を構えて、戦闘態勢のカエルに向かってゆっくりと近づく。カエルが大きく口を開ける。舌の攻撃範囲に入ったのだろう。次の瞬間、左腕がしびれる程の衝撃が盾から伝わる。舌での攻撃は視認自体は出来ても避けたり、切り払ったりできるスピードではない。
それでも同時に全力でカエルに向かって走る。
両手でもたもたと舌を口内に戻すような動作を行っているカエルの頭部めがけて、走る勢いを殺さずに頭部に剣を叩き込む。
振り下ろした剣は頭部を完全に断ち切り、胴体部分にまで剣が食い込む。
即座に姿が薄れるので、簡単に剣が引き抜ける。
カエルのカモな理由。
攻撃方法が舌のみ。カエルの最大の攻撃方法だと言うのは分かるのだが、範囲が4メートルから5メートル程度で一度攻撃すると5、6秒間が空く。なので、盾で防ぐことさえ出来ればその後の攻撃を気にすることなく全力の一撃を頭部に加えることが出来る。
カエルなので防御力が低く現在の自分でも一撃で倒すことが出来る。
おまけに幾匹か戦うことで気づいたのだが動くものを優先して攻撃するようで盾を前面に出して揺らし、体はあまり揺れないように近づくと確実に盾を攻撃してくれる。
一角ウサギより安全に安定して狩れる。加えてカエルの魔石は銅貨50枚で買い取ってもらえるらしい。街の外で討伐した場合、解体して持って行ったとしても銅貨20枚に届かないので倍近く違う。解体では手に入らない冒険者組合固有の『加工』のみで手に入る重要な素材があるのだろう。
カエルが完全に消えると同時に地面に落ちる銅色。4匹目にして初の魔石。それでも、4、5匹に一個の情報はそこそこ正しいかもしれない。ただ、ダンジョンは街の外より稼げないという評価はカエルが安定して狩れるなら変わるかもしれない。外でウサギを5羽狩れて、銅貨30で売れた場合は銅貨150枚。カエルを15匹を狩って魔石が3個出れば同じ銅貨150枚になる。
皮算用をしながら魔石を拾おうと屈みかけると、
「ユウジ!!」
慌てて声の主であるレンに振り返る。
槍を両手で握りしめ、キラキラが幻視できそうな程の満面の笑顔。どうやら、危険を知らせる叫びではなかったようだ。全身の力を抜く。
「ダンジョンの中でびっくりさせるのは流石に勘弁してくれ」
「ごめん!でも、俺、レベルが上がった気がする!!」
全力で駆けて来て、目の前で急停止。左手の甲、冒険者組合の刻印を差し出してくる。
「確認してくれ!!」
「了解。ステータス、オープン」
危険のあるダンジョン内での軽率な行動にきつめに注意しようかと思ったが子犬の様なレンの行動についつい頬が緩む。初めてのレベルアップなのだ。水を差すのも悪い。今回は大目に見て次回も同じようなら注意しよう。
「おお!!何か変わってる!!ユウジ、読んでくれ!!」
「おお!レベルのところが0から3になってるな!」
「レベル3……」
レンは笑顔から一転、顔から表情が抜け落ちる。
「いきなり3つも上がってるな!俺も頑張らないとな」
表情の変化に見当が付かず、ビビりながらもどうにか言葉を繋ぐ。
レンの瞳から涙が一筋こぼれ落ちる。
「……これで、冒険者になれるんだよな?」
絞り出すような、小さな声でレンがどうにかそれだけを絞り出す。
「ああ、そうだ。レンは冒険者だ」
懸命に声を出さないように堪えているが涙はあとからあとから溢れ、顔をくしゃくしゃに歪めていた。
不安でいっぱいだったろう。孤児院にいたということはすでに両親は無く、一人で生きていくために冒険者を選んだ。聡明であるが故に臆病でもある少女が、危険の代名詞ともいえる冒険者を選んだのだ。その境遇は察するにあまりある。
そんな状況でレベルが上がったのだ。やっていけるかどうか分からない暗闇のような中でようやく灯った光。がむしゃらに、悪い考えに足が止まらないように進んできた結果、ようやく見えた希望。
レンを正面から抱きしめる。抵抗なく胸のうちに収まった彼女の頭を優しく撫でていると押し殺しきれなかった声が漏れだす。とりあえずは、彼女の声が治まるまではこのままでいようと思う。