5-2
ひと際大きくエレベーターが動き、若干の静止の後、扉が開く。
イエンのダンジョン地下一階だ。
エレベーターの外を警戒しながら降りる。即座にエレベーター横のスイッチを確認する。問題なくある。次いで、ダンジョン内を見渡す。
左右と目の前の三本の道が広がっている。ごつごつした岩とも硬い岩盤にも見える壁には上の方の手の届かない場所にカンテラが等間隔に引っかかっていて暗くて困ることはなさそうだ。石炭の坑道を巨大化したような場所だ。
「レン。降りて大丈夫だ」
視界の範囲内に魔物がいないことを確認してレンを呼ぶ。
恐る恐る降りてくるレンの後ろで扉が閉まりかけるのでボタンを押す。しかし、扉は開くことなくそのまま閉まって、上昇して行く。普通のエレベーターならボタンを押せば開くはずだが……挟まれると危険かもしれない。
「レン。来る前に話したように一旦戻れるか試すぞ」
「うん。分かった」
事前に話したので、レンは即座に納得してくれる。一旦、戻れるかどうか確認することにレンは最初は不満顔だったが聞いた話が間違いでダンジョンを探索後疲れて戻ってきたときに帰れなかったらいかに大変化を説明したら納得してくれた。
もし、戻れない場合でも探索後の疲れた体で脱出を試みるのと探索する前の気力体力ともに問題がない状態だと天と地ほどの差がある。
もう一度、ボタンを押すと今度は淡く光る。しばらくするとエレベーターが下りてきて扉が開く。
先ほどの扉の閉まり方を考慮してレンを先に乗せ、素早く乗り込む。
エレベーターは先ほどと同じく、扉が閉まり上昇していく。扉が開くと問題なく乗り込んだ場所だ。すでに兵士も順番待ちの冒険者もいなかったのでそのまま地下へと降りる。
本日二度目のイエンのダンジョン地下一階に降り立つ。
先ほどと違い左右の道は無く、前方に一本の道が伸びている。イエンのダンジョンは入るたびに通路が変わるらしい。ただ、通路が変わるだけで採掘場の様な作りに変化はない。
「レン。作戦の確認をするぞ」
「分かった」
「今回の目標は?」
「地下三階まで降りること」
「地下一階で出る魔物と戦い方は?」
「地下一階は一角ウサギが一匹で行動してる。ユウジが盾で転がして、俺が槍でつく」
「地下二階は大ガエルが一匹で行動してる。ユウジが一人で戦う。俺は他から魔物が近づかないか注意して何かあったらユウジに知らせる」
「地下三階はお化けクモが一匹で行動してる。戦い方は大ガエルと同じ」
「ばっちり覚えてるな。何か少しでも変な感じがしたらお互いに話すことも忘れずにな」
レンが頷くのを確認して俺を先頭に通路の奥へと進む。通路はかなり広く、横幅8メートル、天井までは4メートル近くありそうだ。これなら、槍を振り回しても大丈夫だ。
武器は俺もレンも両方、槍にした。防具は籠手、すねあて、頑丈な革製の靴、小さな木製の盾を新規に購入してレンに渡してる。胴体を守るための防具も考はしたのだが通常の金属製ではレンには重すぎて、レンでも装備出来そうな物でウサギの突進に耐えられるような物は値段的に手が出せなかった。
一応、盾の扱い方も一緒に練習したが不安は大きい。戦闘の矢面には立たせないことと地下三階までは魔物が単体出現しかしないと記載されていたので今回、連れて来た。この世界では過保護が理由で殺してしまう可能性もある。
自分の分の防具は更新無しだ。鎖帷子などの比較的安い物を装備しようとも思ったが、敵のラインナップ的に無くても大丈夫と判断していつもの服にした。一応、この段階で盾での防御を身に着けたいという思惑もあったりもした。
しばらくすると前方に一角ウサギがいるのを見つける。事前に調べた通りその一匹以外に敵の影は無い。手でレンに立ち止まるように合図をする。
「ウサギが気づいて、突っ込んでくるまでゆっくり近づく。レンはいつも通り狙われないように俺の影に隠れてついて来てくれ」
そのまま、レンの方を確認することなくウサギに視点を固定したまま近づく。残り10メートルを切ったぐらいでこちらに気づき、駆け出す。
「来るぞ。右に転がす」
声量を抑えてレンに伝える。同時に突っ込んでくるウサギを右手の盾で打ち落とせるように位置取りをする。何十回も繰り返してきたウサギ狩りだがウサギを待ち構えるこの時間だけは未だに緊張してしまう。
ウサギの大きく跳びかかるためのタメを見切る。集中して軌道を予想。若干低いので腰を落とす。盾の範囲内に飛び込んできたウサギを盾で迎え撃つように叩きつける。遠くに飛ばないように、尚且つ少しでも体制を立て直す時間が遅れるように地面に叩きつけるように。
「レン!」
かなり上手くいった。素早くレンに声をかけるとレンが素早く叩きつけられた一角ウサギに槍を突き刺す。こちらも上手く行って首の真ん中に槍が突き刺さっている。
「問題なしだな!」
動かないのを確認してそう言うと同時に魔物の姿が薄れ始める。
「何か凄いな」
「確かに。これが噂の『消化』みたいだな」
「……剥ぎ取りできないと損したみたいで気持ち悪いな」
ものの30秒程度で魔物は完全に消えて無くなる。この速度で消えるなら止めを刺せたかどうかの判断にも使えそうだ。
「レンが文句言ったから魔石が出たな」
魔物のが消えた場所に金属の輝きがあったので近寄ると銅貨に似た輝きを放つ石が一つ落ちていた。これも話に聞いていた魔石なのだろう。
「ウサギは5、6匹倒して魔石1個出るかどうかって聞いてたんだが幸先がいいな」
手に取るが特に何か感じるものは無いし、角度を変えて見ても変わった所は見当たらない。ただの銅の石だ。興味津々にのぞき込んでいたレンに渡す。
「ウサギの石だからレンが持っといてくれ」
「あいよ。それにしても本当にただの石みたいだな。こんなのがウサギの肉になるんだから面白いよな」
魔石は見た目では変わらないそうなので、魔物毎に袋を用意してきた。ウサギとクモの袋をレンが持ち、カエルの袋を自分が持っている。で、この魔石だが冒険者組合に持って行くと魔石を買い取ってくれる。そして、組合は『加工』することにてよっていろいろな素材を得ることが出来るらしい。レンの発言通りウサギの魔石はウサギの肉へと加工することが出来るらしい。
その技術は組合の独占でこれを持って現在の地位を保っているそうだ。
「俺には面白いというか意味不明な技術過ぎて若干、怖いな」
「ユウジはびびりだな!」
「ビビりはビビりらしく慎重に進むぞ」
「あいよ」
レンが魔石をきちんとしまうのを確認して先に進む。
分岐がある道を進むときは元来た道に持ち込んだ枝を地面にさして帰り道だけは見失わないようにする。そして、分岐する道は常に左を選択。こうすれば最悪でも入り口には辿り着けるはずだ。
そうやって進むこと1時間弱。地下へと降りる階段を発見する。
「レン。下に降りる前に一旦、休憩をとろう。念のため装備も大丈夫か確認しよう」
「分かった」
戦闘によってレンの顔は上気していた。戦闘後には軽く休息を入れてはいたがいつもとは違う環境でいつもより早いペースで戦闘を繰り返していたのだから仕方ない。冒険者組合印のリュックから布を取り出し、座り込んでいるレンの傍に近寄る。
「ちょっと、何すんだよ!」
「汗かいたままだと風邪ひくぞ。息を整えて、大人しく水でも飲んでろ」
「うぅー」
動くのが億劫なのは分かるが雫になって滴り落ちる汗をそのままにするのは良くない。屈みこんでレンの顔を拭いてやる。観念したのか唸ったままだが大人しく汗を拭かせてくれる。
ここまで、倒した一角ウサギは7羽。魔石は最初に出た一個だけ。街の外で狩りをした場合は4,5時間で5羽。レベルを上げるなら断然、ダンジョンの方が効率がいい。お金に関してはまだ試行回数不足だが聞いていたよりは稼げる可能性もある。
レンの背負っているリュックから水筒と乾パンを取り出し、手渡す。
自分の調子は悪くない。予想していたより体力的にも気力的にも余裕がある。この分なら街の外と同じ4、5時間活動もいけそうである。今回の一角ウサギ戦はレンが全てとどめを刺していたので、止めを刺す回数を減らし、自分も止めを刺すようにすればレンの活動時間を延ばせるはずだ。そうなれば、ダンジョンをメインとしてやっていけるかもしれない。
レンの汗を拭いた布を肩にかけ、自分の水筒を取り出す。
水筒は金属製で頑丈さはもちろんネジ式の蓋を締めれば水漏れも完全にない。こういう基礎的な部品や仕組みは結構しっかりあるので元の世界では一般人だった自分では知識でお金を儲けるのは難しい。
水筒の水を少し飲み、流れ落ちそうな汗を拭く。
レンの顔が赤くほてっていたのでもう少し休むことにする。